建設物価調査会

【建設時評】解   呪

【建設時評】解   呪

東北大学 災害科学国際研究所
准教授 平野 勝也

 オリンピックや万国博覧会を時代錯誤のイベントだとまで言い切るつもりはないのだが、それで「国威発揚・景気浮揚!」まで言われると、あまりの時代感覚のなさに辟易とするしかない。この「失われた30年」からの脱却のために「昭和よ、もう一度」と回顧的な発案がなされていると考えると、もはやそれは、身の毛もよだつホラーでしかない。いまさら「昭和」にしがみついても、何も良くならないことは自明である。

とはいえ、そういった政策が罷り通っていると言うことは、そうした「昭和への憧憬」が社会の一定層には支持されているのだろう。戦争で全国が焼け野原にされ、そこから繁栄をもたらした昭和時代の日本の発展は、日本社会に強烈な成功体験として刻み込まれていると言うことなのかもしれない。(こうした「成功体験」の持つ「慣性力」について、小欄2019年9月号にも「復興まちづくり」の文脈で書いたが、本稿では、業界全体の話として展開しておきたい。)
 
 結局、社会全体に刻み込まれた昭和の成功体験による阻害で、平成の30年間で革命的に進化したICT 技術を取り込むことなく、日本は世界的に珍しい経済成長しない国となってしまった。昭和のやり方を続ける経営者たちを支援するために、消費増税と法人減税を行い、日本経済の原動力である国内消費に冷水を浴びせ続け昭和のやり方を温存しようとしたのが、いわゆる「失われた30年」の実像ではないだろうか。

その結果、会社が危なくなって外国人社長を招かざるを得なくなったり(その後、しゃぶり尽くされて逃亡までされたが)、倒産して他国に買われた企業があっと言う間に黒字になったり、会社が傾いたので切り売りした部門が大企業からの束縛を解かれた途端に絶好調になったり、ただ同然で切り売りした子会社がものすごい値段で転売されたり、日本を代表する大企業が、世界的視点から見ると滑稽(笑うに笑えないが)でさえあるニュースを量産してくれている。

こうしたニュースに触れる度に、日本の経営陣が現代的経営をすることができていない、つまりは昭和の成功体験から抜け出せていないことを想像してしまう。経団連の会長が会長室から自分でメールするとニュースになる国である。若い社員がICT を用いたあれこれ新しいことを提言しても「自分の時代にはFAX さえなかったが、これだけ業績を伸ばした!」と言う昭和の自慢話の前に、企業風土の改革が立ち消えて行く姿を思い浮かべてしまうのは筆者の先入観や妄想によるものだろうか?ここまでくると、「刻み込まれた成功体験」は、もはや「昭和の呪縛」でしかない。「失われた30年」は、昭和の呪縛によって失うべくして失われてしまった日本社会全体の問題なのである。



 昭和の呪縛はあまりに強い。バブル崩壊後20年も経ち、流石にそろそろ切り替えると思っていたのだが、ここ10年は、デフレ脱却の名の下にゼロ金利政策を継続し市中に円をばら撒き続けた期間となった。経済成長しない、つまりは生産性が上がらない企業にとって金利は低い方がありがたい。これもある意味、「昭和のやり方」を無理に継続しようとする政策とも言える。当然ながら、最終的には昨今の円安(米国内のインフレによるドルの高騰を差引いても)を招き、今後の日本経済にさらなる暗雲が立ち込めている。

「安く良質な労働者を雇用し、規格大量生産を行うことで競争に勝つ」「日本人が作るのだから品質は良い」と言った「昭和の呪縛」のままに、安い労働力を求めて多くの企業が海外展開を実施済みである。そのため、日本は既に貿易赤字国であるにもかかわらず、「貿易立国日本にとって有利だ」と円安歓迎発言をする有力政治家までおり、強烈に刻み込まれた成功体験による慣性力の強さを改めて痛感する状況である。

 さらには、国内に残っている生産性の上がらない業種に対しても、「外国人技能実習生制度」をどんどん拡大し、事実上の移民政策を拡大し、「昭和の延命」を図っている。しかし、生産性が上がらない業種は当然ながら給料も上がるはずがない。多くの実習生は母国で働いた方がすでに給料が高いかもしれないと言う状況にまで日本経済は疲弊している。

エリート層で比較すると、すでに日本の30代のエリート層の平均給与は、マレーシアのそれよりも低いというニュース記事を見たことがある。エリート層の定義によって大きく変わる種類のデータなので、慎重に受け取る必要があるが、少なくとも海外の大企業の給与は日本の倍では済まない額になっていることは事実のようだ。筆者が国家公務員として30年ほど前にいただいた初任給と、今の国家公務員の初任給がさほど変わらないのも悲しい現実の一つである。





 

 こうした状況から、昨今の若者は優秀であればあるほど、大企業や霞ヶ関に就職を希望しない。当たり前である。給料も安く、「昭和」にしがみついたままで将来性も見えない企業や組織に就職を希望するはずがない。そもそも日本の若年人口は相当な勢いで減少している。それにも関わらず、昭和のままに大学を増設・拡大した結果、基礎的な研究費は激減し、競争的資金の名の下に無駄な申請書類作成に研究者の時間が奪われたことで、大学は完全に崩壊した。そうした状況下で、優秀な若者というのは国内では極めて貴重な存在なのである。

直感的にはプロ野球のようにドラフト会議を行うほどまでは希少ではないものの、学生のポテンシャルに対して、企業がどういった給与、労働環境、キャリアパスなどを用意できるのか企業毎に提示して、学生が複数から選んでいく方式(欧米では新卒一括採用方式は採られていないのでこれに近いとも言える)に変わって行くべき時代なのであるが、そうしたエリート層に対しても、昭和のままに「採用してやる方式」で上から目線の就職面接が行われている。労働市場は完全に売り手市場であるのだから、選ぶ主導権がどちらにあるかよく理解した方が良い。

 そして、採用した後も、昭和の呪縛から逃れていない劣悪な労働環境や、やりがいのない仕事、低い給与などさまざまな理由から優秀な若者ほど離職は早い。優秀な若者は能力を買われて他の企業や業界へ簡単に転職できるからである。しかし、企業は企業側の本質的な問題に目を向けることなく、「最近の若者は堪え性がない」などと簡単に転職できるほど優秀な若者を悪者にして溜飲を下げる声をよく聞く。国土交通省では、キャリアの中途退職が多いために(自分もその一人ではあるが)、重要なポストを埋められず空席になっている部署もあると聞く。

そういう危機的状況にも関わらず、やりがいをPR できてないために人気がないので、大学の授業でPR をさせてほしいといった話になる(もちろん大学の授業は専門家として必要となる専門的内容を修得させるためにあるのであり、業界のPR の場ではない)。そのやりがいが簡単に政治家の思いつきに潰される状況や、省益や局益に拘泥するあまり、人口減少時代の国益に反する政策などが学生にもよく知れ渡っている上に、給料が安いから人気がないと言う本質から目を背けたままの行動である。どこもかしこも末期症状である。





 令和時代の建設業界の仕事は、国内では持続可能で魅力的な地域・まちづくりに尽きる。それに向けて革命的な改革が必要なのである。コンサルタント業界においては、図面一枚いくらといった積算体系では、良質な地域づくりに貢献する設計は生まれるはずがない。よりコンピューターに依存し、人件費も削ることにしか、積算体系に縛られた世界において生産性向上は見込めないからだ。そうであれば給料も上がるはずがない。クオリティの高い設計、さらには分野横断的なマネジメントによる地域・まちづくりへの貢献こそ、主戦場にならなければならない。

施工についても同様だ。積算体系によって、施工品質が違っても収入が変わらないのであるから、検収基準ギリギリの手抜き施工を狙うことでしか生産性は向上しない。それはロボット施工を展開しても、さほど効果はないのではないか?より長持ちする施工、新しい材料、新しい施工技術、より丁寧なディテールの施工、そうしたものづくりにおけるマネジメントを含めた品質そのもので稼げる業界へと転換しない限り、本質的な生産性の向上はない。

 つまり、このままでは優秀な若者からは魅力的には全く見えず、建設業界そのものの持続可能性が危機に瀕しているのではないだろうか。実際、当方の土木の学生もかなりの数が非建設業界へ就職を希望するようになってきた。そもそも建設業界に興味があって入学し、自分が最も高く売れるはずの建設業界を蹴ってでも、他分野にそして海外に魅力を感じていると言う事態の深刻さに、建設業界全体で冷静に受け止め、革命的に業界を変えていかなければ、魅力的な地域・まちづくりそのものに持続可能性がなくなってしまうのだ。

 昭和の呪縛から脱却せず逃げ切れるのは高齢者だけである。もちろん、こうやって筆者も微力は尽くすつもりではあるが、高齢者の逃げ切りのために、この国の未来を捨てるほど、この国がそして建設業界が愚かでないことを願っている。既に30年もの長きにわたり、昭和の呪縛によって未来を唾棄してしまった。とはいえ、今ならまだ間に合う余力がこの国にはある。時間はかかるかもしれないが、ラストチャンスである。



建設物価2022年12月号

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