建設物価調査会

【建築雑感】マンションのゆくえ4

【建築雑感】マンションのゆくえ4

KANA  都市建築計画 灰谷香奈子

 第1次マンションブームの1964(昭和39)年生まれのマンションの大規模修繕。着工から1年がすぎ、ようやく終盤にかかってきましたが、手をつければ手をつけただけ難問が発生する状況で、毎日打合せが続いています。

 前回、「マンションのゆくえ3」(2022年7月号)では、ほぼ配管の更新ができて、設備工事の終わりが見えたと思っていました。給水、給湯、冷暖房がいわゆる「セントラル」集中設備となっているのですが、給水、給湯配管が通る既存のパイプスペースが狭すぎたりアクセスできない場所に埋設されていたりしたため、新規ルートで全て引き換えることになりました。

建物全体が8の字形の平面をしているため、屋上のタンクより屋上で横引き、引き回して中庭の各所で竪管を下ろし、玄関脇の壁から室内に飛び込ませるという大工事です。室内でも各水栓金物直近まで、すべての配管を更新することができました。

 給水管も給湯の往き管・帰り管も無事に切り替えることができ、安堵したのも束の間、「台所の水がお湯です!」とあちこちの部屋からSOS が。すわ接続を間違えたのか、と慌てて確認したところ、盛夏前にもかかわらず気温が非常に高い日で、保温材を巻く前の屋上横引き管が直射日光で温められて、水が図らずもお湯になってしまっていたのでした。

 昨年の異常気象、というよりも日本の気候の温暖化、熱帯化が著しくなっている影響は他にも出てきて、気温と湿度が異様に高くなった時期に、いくつもの居室と、賃貸している倉庫の一群で、冷温水管からの結露での漏水事故が同時に発生。

問題の冷温水管は、室内からは梁型に阻まれてアクセスできず、外壁の一部を壊さないと調査も保温材の巻き直しもできないため、足場がある機会のうちにと、危なそうなところは全て調査を行い、開口が容易で室内からアクセスしやすい冷温水管は保温材を巻き直す、という工事が追加になりました。

 同時に、1戸ずつ、内装の復旧が始まります。スラブ下配管を排水管のみにして、給水・給湯管を各室の天井内に新設したため、全ての部屋の天井が開口されています。

どの大規模修繕でも、専有部内の工事があった場合には、復旧のために、壁紙などの標準仕様をいくつか決め、事前のアンケートなどで各部屋の仕様を決定していくことになると思いますが、今回はマンション自体が古く、各部屋でのリフォームの形態も多岐にわたっていたため、内装復旧の詳細を決めていくにも時間がかかりました。

 良かったのは、何度も室内に入っての工事があるなか、工事会社が丁寧に対応して住民からの信頼を得ていたため、住人が不在でも工事を実施でき、100戸弱ではありますが、全部屋の工事を日程通りに進めることができたことでした。

修繕専業のゼネコンで、大規模修繕を数多く手掛けているそうですが、規模の大小はあれど、全部屋スムーズに工事できたのは初めてだ、とのこと。問題は山積みで、各戸からの要望はたくさんあった一方、マンションが組合の自主管理で、事務局やフロントスタッフを直接雇用しており、日頃からマンション内のコミュニケーションがとれていたことも大きな助けになりました。



 しかし、外部に足場がかかり始め、今度は外壁補修や防水工事などの建築工事となった途端、大ブレーキがかかりました。

 小口タイル張りとコンクリート打ち放しの外壁や、バルコニーなどの補修や防水工事を予定していますが、足場設置後に調査を始めたところ、事前の部分調査よりも劣化状況が悪いだろうことは想定していたにもかかわらず、さらに劣化範囲が広かったということのほか、建設時の施工方法が現在ではされていない方法のため、「そもそも、どうなっているのかがわからない」という状況があちらこちらで発現してしまいました。

 外壁のタイルの下地が多重の層状になっていて、昔はよく漆喰壁に使われていた海藻から作った糊の層もあり、劣化している部分を剥がそうとしたり、刺激を与えると、周辺も広く下地から剥がれてしまうことがわかりました。そこで、一つの穴から同時に複数の層へ接着剤を注入できる特許工法へ変更したり、誘導目地がないため、挙動が方向によって異なる出角では弾性接着剤での補修に変更したりと、施工計画の立て直しから始まることになってしまいました。

さらに、タイルは小口タイルで現在ではほぼ外装では使われないサイズで、色もないことから特注で焼いていたのですが、大部分が注入補修となったにもかかわらず足りなくなり、1釡焼成を追加依頼するなど、実数精算費用の増加の波が何度もやってきました。

 また、バルコニーは、床に素焼き風タイルが敷かれていた上に、ウレタン防水の予定だったのですが、サッシュの靴摺りとの高低差が数ミリしかなかったことから、試しにタイルをはつってみたところ、バルコニーと居室のスラブとの縁が切れていないことがわかり、防水層をしっかりと立ち上げるためにも、タイルをはつり、複合防水とすることにしました。

また、バルコニーに続く花台や、セントラル冷暖房のファンコイルからのドレン水もバルコニーに開放されており、バルコニーの排水管が背負っているのですが、排水口まで配管でつなぐことが可能か、穴の高さや位置が異なっていたり、勾配が取れていないものをどうするかなど、細かいことですが、モデル住戸で試工してもわからないことが次々とおこり、毎日勉強させてもらうことばかりでした。

 同時に、過去に起こってきた漏水被害の原因究明ができずにいた案件を、順に調べて対応していく必要もあり、足場を利用して、躯体を壊して壁面内のパイプスペースにアクセスしたところ、各階継手部で破損がある系統があったり、排水管の掃除口にキャップがなかったり、単純に結露がひどくなりすぎての漏水であったりと、さまざまな原因がありました。

その中で、補修不可能なことがわかり、貯湯槽と膨張タンクの更新も発生するなど、目を瞑っていたかったところも多数発見してしまいました。

 スラブ下配管、防水の立ち上がりがないこと、パイプスペースにアクセス路がなく外壁を壊さないといけないところや埋設管が多いこと、8の字形でさらに雁行している平面なのに、エキスパンションジョイントがないことなど、竣工当時には、長期修繕やメンテナンスへの準備や検討すべきであることが計画の射程に入っていなかったことが明らかです。

せめて竣工図面があればよかったのですが、計画図しかなく、詳細も計画仕様でしかないことが、今回の修繕では大きな障害になりました。当時の標準的な施工方法も、職人の先輩たちにもお聞きしたのですが、すでにわからなくなっているため、試行錯誤の繰り返しでした。

それでも、当時としては多分、最先端の丁寧な設計と、お金をかけたしっかりした施工だったため、今まで大規模修繕もしないで保ってきたのでしょう。これこそメンテナンスフリーだったよね、と管理組合の方々と笑っていますが、ここまでよくぞ保ってきたと褒められるべきでもあります。



 残念ながら、建物としては既存不適格になってしまっている部分もあり、今は建て替えても、現在の高さ、容積率以下にせざるをえない状況ですので、建て替えも難しいものがあります。ふた昔位前の、建て替えで容積率を上げることができるマンションならば、建て替えの実現も図っていけると思いますが、今後はこのような、修繕も難しいけれど、建て替えもできないというマンションの危機が次々と起こってくることでしょう。

国の制度として、建て替えを促進する制度は進化したり、組合を解散して売却する道筋もできてきましたが、売却したお金で、近隣で同じような広さの住居を買うことができるかというと難しいのが現状です。そうすると、住人は「住むところがなくなる」ことに直面するわけですから、事態は硬直したままになります。「区分所有」という仕組みの難しさ、でもあります。

 このマンションは、今回の大規模修繕で少し寿命を延ばすことができたと思いますが、耐震改修や次の修繕、あるいは建て替えを含めた将来をこのわずかな猶予の間に決めていかなくてはなりません。

2030年には、全国にある780万戸の分譲マンションのうち、半数以上が築30年以上になるともいわれています。現在築50年を超える21万戸のみならず、これらのマンションのゆくえがどうなるのか、実行可能な方策の具体化が求められています。


建設物価2023年4月号

おすすめ書籍・サービス

JBCI
JBCI
日本で唯一のインターネット建物価格統計情報サービス