建設物価調査会

公共事業の働き方改革を推進するための環境整備

公共事業の働き方改革を推進するための環境整備

株式会社日刊建設通信新聞社 柿元 瞬



 平成30年に成立し、平成31年4月から順次施行となった改正労働基準法に基づき、時間外労働の罰則付き上限規制が建設業に適用される令和6年4月1日まで1年を切った。

時間外労働に制限が掛けられていなかった建設業が、この規制をクリアするためには、抜本的に働き方を変え、長時間労働を是正することが不可欠となる。

建設業法など建設業に関係する法律を所管し、公共工事をリードする直轄工事の発注も担う国土交通省の施策を中心に、長時間労働の是正に向けた働き方改革と生産性向上の現在地を整理する。



週休2日が未定着

 まず、建設業の現状に触れておきたい。総務省の労働力調査によると、建設業の就業者数は平成9年の685万人をピークに減少が続き、直近の令和4年では479万人となり、ピーク時に比べて3割減っている(図1)。全体の5割程度を占める技能者数が3割減っており、この影響が大きい。

 技能者数減少の背景にあるのは、高齢化の進展だ(図2)。労働力調査の結果から建設業就業者の年齢別を見ると、55歳以上の割合は令和4年に35.9%で、29歳以下は11.7%。全産業平均では、55歳以上が31.5%、29歳以下が16.4%となっていることから、全産業に比べて建設業就業者の高齢化が著しく進んでいることが分かる。これからの建設業を支える若年者数の少なさも目立つ。若年者の入職促進と定着、引退する技能者から若年技能者への技術承継が、担い手確保の大きな課題となっている。

こうした中、建設業の就労環境は厳しい。厚生労働省が実施している毎月勤労統計調査の令和3年度結果によると、パートタイムを除く建設業の一般労働者は、年間出勤日数が全産業より16日多く、年間実労働時間も90時間長い状況にある。年間実労働時間数については、約20年前に比べて全産業が約90時間減少している一方、建設業は約50時間減と、減少幅が小さい。

 建設現場の計画的な休日取得も道半ばだ。国交省の「適正な工期設定等による働き方改革の推進に関する調査」によると、建設業の平均的な休日の取得状況は、「4週6休程度」が最も多く、44.1%を占める。週休2日に相当する「4週8休以上」は1割に満たない8.6%。他産業で当たり前となっている週休2日が定着していなく、週休2日制で義務教育を受けた若者にとって魅力的な就職先になり得ていない状況だ。

 

図1 建設業における職業別就業者数の推移
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図2 就業者の年齢推移
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青天井の時間外労働を制限

 建設業に週休2日が根付かなかった理由として、労働基準法の適用を一部除外されていたことが挙げられる。労働基準法は、どの産業であっても守るべき法定労働時間を1日8時間、1週間40時間と定めている。さらに、改正前の労働基準法における一般則は、労働者と使用者が「36協定」を結ぶことにより、月45時間かつ年360時間まで時間外労働を可能としていた。

臨時的で特別な事情があって労使が合意する場合(特別条項)は、年6カ月まで36協定を超える時間外労働も認めていた。36協定と特別条項における時間外労働の上限規制は建設業を適用除外としていたため、建設業の時間外労働時間は青天井となり、週40時間(1日8時間×5日)を原則とする法定労働時間が守られず、他産業では約30年前に導入された週休2日が定着しなかったとされる。

 日本は、少子高齢化に伴って生産年齢人口が減少している。育児・介護との両立など働く人のニーズも多様化してきた。こうした状況を踏まえ、政府は働き方改革の推進へとかじを切り、その結果、誕生したのが平成30年成立の改正労働基準法だ(図3)。

 改正法のポイントは3つ。一つ目は、36協定で定める時間外労働の上限(月45時間かつ年360時間)を厚生労働大臣告示から労働基準法に格上げし、法定化したこと。二つ目は、特別条項でも上回ることができない時間外労働時間を設定したこと。三つ目は、違反した使用者に罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)を科すこととし、強制力を持たせたことだ。

 これらは平成31年4月から大企業、令和2年4月から中小企業に適用された。建設業は、業務の特性や取引慣行に課題があるとして、企業規模を問わず一律に適用が5年間猶予され、猶予期間を終える令和6年4月1日から他産業と同様に一般則の適用が始まる(事前に予測できない災害の復旧・復興事業は除く)。長時間労働の是正が待ったなしの状況だ。

図3 労働基準法における建設業の時間外労働規制
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著しく短い工期を禁止

 建設業が働き方改革や生産性向上などに取り組むことができる環境を整備するため、改正労働基準法が成立した翌年の令和元年、新・担い手3法が成立した。議員立法の公共工事品質確保促進法(品確法)と、政府提出の建設業法、公共工事入札契約適正化法(入契法)の法律3本を一体的に改正している。

 働き方改革の観点で特筆すべきは、週休2日を確保できる適正な工期の設定を徹底するため、長時間労働を前提とした「著しく短い工期の禁止」を建設業法に追加したことだ(図4)。これに違反する請負契約と認められた場合、国土交通大臣らが発注者や元請負人を含む「注文者」に勧告などを実施できることにしている。

また、適正な工期設定の考え方として、学識経験者、発注者、受注者の3者で構成する公正・中立な立場の中央建設業審議会が「工期に関する基準」を作成し、その実施を勧告することになった。

 改正建設業法に基づき、中央建設業審議会は令和2年7月に「工期に関する基準」を作成・勧告した。公共・民間や元請け・下請けを問わず、全ての建設工事を対象とし、適正な工期設定や見積もりに当たって発注者と受注者(下請負人を含む)が考慮すべき項目、受発注者の双方に求められる責務を規定している。受注者の責務は「建設工事に従事する者が長時間労働や週休2日の確保が難しいような工事を行うことを前提とする、著しく短い工期となることのないよう、受発注者間及び元下間で適正な工期で請負契約を締結する」と明記。

発注者の責務では「受注者の長時間労働の是正や建設業の担い手一人ひとりの週休2日の確保など、建設業への時間外労働の上限規制の適用に向けた環境整備に対し協力する」と定め、受注者の週休2日確保や時間外労働の罰則付き上限規制を踏まえた適正な工期の設定を発注者の責務に位置付けた。受注産業である建設業の長時間労働是正は、受注者の自助努力だけでは不可能で、発注者の理解と協力が欠かせないためだ。

 国交省は、「工期に関する基準」などに照らして、総合的な観点から個別の請負契約ごとに、「著しく短い工期の禁止」に当てはまるかどうかを判断することにしている。ただし、時間外労働の罰則付き上限規制を上回る違法な時間外労働時間を前提として設定される工期については、契約当事者間で合意していたとしても、「著しく短い工期」に該当すると判断する考え方を建設業法令遵守ガイドラインで示している。

 令和5年4月には、「著しく短い工期の禁止」に違反の恐れがある工事を確認したとして、その工事の元請負人に注意喚起の文書を通知したことを国交省が明らかにしている。改正建設業法の施行後、行政指導を実施した初の事例。この工事では、元請負人が4週0休と超過勤務による対応を下請負人に求めており、下請負人に工期のしわ寄せを行っていると認定した。元請負人に加え、必要に応じて発注者にも注意喚起する方針だ。

 著しく短い工期の禁止と時間外労働の罰則付き上限規制はリンクしていると指摘する国交省は、上限規制の適用まで1年を切ったことを踏まえ、厚労省との連携を令和5年度に強化する。国交省が建設現場を訪問して行う元請負人のモニタリング調査に、厚労省の労働基準監督署が同行して上限規制を周知するなど、公共工事に比べて工期が厳しいとされる民間工事を念頭に、新たな取り組みを行う。


図4 建設業の長時間労働是正に向けた改正建設業法の措置
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けん引役の公共工事

 公共工事は、民間工事を含む建設工事全体の適正化をけん引する役割を担っていることから、品確法と入契法の改正で、より踏み込んだ措置が設けられた。改正品確法は、「休日、準備期間、天候などを考慮した適正な工期の設定」や施工時期の平準化に向けた「債務負担行為・繰越明許費の活用による翌年度にわたる工期設定」などを公共工事発注者の責務、「適正な請負代金・工期での下請契約締結」を受注者(下請負人を含む)の責務に定めた。

 改正入契法は、必要な工期の確保と施工時期の平準化のための措置を講じることを発注者の努力義務とした。入契法に基づく適正化指針では、発注者が工期設定に当たって考慮する事項の一つに「公共工事に従事する者の休日(週休2日に加え、祝日、年末年始及び夏季休暇)」と位置付けている。

 両法を所管する国交省は、地方自治体に対して入契法に基づく要請などをこれまでも実施しており、都道府県の入札契約担当課長が参加するブロック別監理課長等会議や、市区町村が参加する都道府県公共工事契約業務連絡協議会(公契連)の場を通じて、公共工事に求められる適切な対応を公共発注者に引き続き働き掛けていく姿勢だ。



月単位で週休2日

 直轄土木工事の取り組みに目を移すと、国交省は改正品確法などに基づいて受注者が計画的に週休2日を確保できるよう、適正な工期を設定するとともに、工期が伸びることで増大する経費を増額補正する週休2日モデル工事を平成28年度から推進し、取り組み件数を順次拡大してきた。だが、週休2日モデル工事は工期全体の中で週休2日を確保する取り組みであり、時間外労働の罰則付き上限規制をクリアするためには月単位での週休2日達成が必要となる。

 そのため、国交省は「休日の質の向上」を令和5年2月に打ち出し、猛暑日をより適正に工期へ反映することを柱とした「工期設定のさらなる適正化」など、5つの施策パッケージをまとめた(図5)。一部を除き、令和5年度から実施している。経費補正も月単位に対応した内容に見直す考えで、調査を通じて新たな補正措置を令和5年度に検討する。

 週休2日モデル工事の発注の在り方も見直し、全ての直轄土木工事で令和5年度から発注者指定方式に一本化した(図6)。発注者指定方式は、受注者から提出された工程表が週休2日の取得を前提としていないなど、週休2日に取り組む姿勢が明らかに見られない場合、必要に応じて工事成績評定を減点することができるため、受注者の自主性に委ねる受注者希望方式に比べて、週休2日確保の強制力がある。

 これらの取り組みにより、国交省は直轄土木工事で令和6年度から、月単位の週休2日達成を目指す。直轄土木工事における先駆的な取り組みを地方自治体発注工事に広げることで、公共工事全体のレベルアップも図る構えだ。


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図6 直轄土木の週休2日モデル工事発注方針
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生産性向上へ各種施策

 生産性向上も長時間労働の是正に向けた重要な取り組みに挙げられる。国交省は、「2025年度(令和7年度)までに建設現場の生産性2割向上を目指す」とした目標の下、調査・測量から設計、施工、維持管理・更新までの全建設生産プロセスでICT などを活用し、少ない人数・工事日数で従来と同じ工事量を実施するi-Constuction を平成28年度から進めてきた。

 令和2年の新型コロナウイルス感染症拡大を契機に、デジタル技術を活用したテレワークやオンライン会議が急速に浸透するなど、社会全体のデジタル化が進展したことを受け、 国交省はi-Construction を中核に据えた新たな概念「インフラ分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)」を同年に打ち出した。

データとデジタル技術を活用して生産性向上を図るとともに、業務、組織、プロセス、建設業や国交省の文化・風土・働き方を変革する考え方で、令和4年3月にはアクションプランを発表。具体策として、行政手続きのデジタル化・スマート化、建設施工の自動化・自律化、5G(第5世代移動通信システム)を活用した無人化施工、AI(人工知能)やロボットといった革新的技術のインフラ分野への導入、工事書類のデジタル化、BIM/CIM の活用による建設生産システムの効率化・高度化などを展開している。

 インフラ分野のDX のさらなる深化に向け、令和4年8月からアクションプランの改定作業に着手し、令和5年4月にはアクションプランの第2版骨子を公表した(図7)。「インフラの作り方の変革」「インフラの使い方の変革」「データの活かし方の変革」の三つの変革を方向性に定め、分野網羅的・組織横断的な取り組みを展開する基本的な考え方を整理。今後、三つの変革に沿った個別施策を省内で調整し、8月までにまとめるアクションプランの第2版に位置付ける。

 i-Constuction の代表格であるICT 施工は、進化に取り組む。「現場全体(同一現場内の複数工事)の効率化」を将来像に定め、実現までの過程を三つのステージに分類。「ICT で土工など工種単位の作業効率化」を図る現在の取り組みはステージ1と位置付け、「ICT で得られる施工データを活用した工事全体の効率化」を行うステージ2への移行に向けた取り組みを令和5年度に始める。

 BIM/CIM は、直轄土木業務・工事で令和5年度から原則適用を始めた。業務や工事ごとに発注者が明確化した活用内容に沿って受注者が3次元モデルを作成・活用することとし、活用内容は義務項目と推奨項目の中から発注者が選択する。今後は、より高度なデータ活用へと適用範囲を順次拡大する方針で、令和5年度から検討を進める。


図7 「インフラ分野のDX」の全体像
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若者に魅力的な産業へ

 時間外労働の罰則付き上限規制は、建設業にとって高い壁だが、避けては通れない。さらに、これは新3K(給与・休暇・希望)の実現に向けた一つの通過点に過ぎず、担い手の持続的な確保がゴールであるということを忘れてはならない。発注者の協力を得て、若者に魅力的な産業へと変貌を遂げることが、建設業にいま求められている。





建設物価2023年6月号

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