建設物価調査会

【建設時評】建設ストック活用の担い手

【建設時評】建設ストック活用の担い手

明海大学 不動産学部 教授
中城 康彦

 持続可能な開発目標(SDGs)が地球規模の課題である。国内を見れば地域再生,中心市街地活性化や空き家の利活用が大きな課題となっている。限りある資源,すでにある資産を効果的に利用することがグローバルにもローカルにも求められる世相が到来している。

 不動産・建設の分野でもフロービジネスからストックビジネスへという潮流がある。特に,地域密着型の事業者においてはそれに取り組む重要性が確実,かつ,急速に高まっている。

 このような背景を踏まえ,国土交通省は地域価値を共創する不動産業アワード(不動産・建設経済局長賞)を創設した。地方公共団体や住民,他業種などと共に地域づくりやコミュニティづくりに取り組み,新たな地域価値を共創する事業者等を表彰して取り組みの更なる発展を後押しする。併せて,地域価値共創のモデルとして知見を蓄積し,ノウハウを共有して横展開することを目指す。アワードのタイトルは不動産業と表記するものの,取り扱う対象は建築ストックにほかならない。実質的な主役は既存建築ストックであり,その再生と活用である。さらに言えば,建築にかかる専門家が主体である。

 遊休・低未利用の建築ストックを再生し,有効需要とマッチングさせて活用するためには,建築物単体の改変に留まる限り持続性を欠く懸念が大きい。ひと,こと,情報などを連動させ,建築物を取り巻く地域価値を押し上げることがより本質的な重要事である。アワードはこの観点に立ち,広い視点で評価して顕彰する。第1回の2022年度は97件の応募があり,10件を表彰した。

 同様の趣旨で公益財団法人不動産流通推進センターは,2018年に建物エバリュエーション事例コンテストを創設している。優れた事例を顕彰するとともにその取り組みを共有することを通じて,ストック活用型の新たなビジネスモデルとしての不動産エバリュエーションの普及と進展の環境づくりを進めるものである。コンテストはコロナ禍による中断を経て2022年に3年ぶりに開催した。新築後の長い時間を経ている特性を生かして稀少な空間を創出した建築ストック活用事例3件を表彰した。

 バリュエーション(valuation)には,性能評価,影響評価,耐久性評価,市場性評価など,様々なものがあり,多くの局面で用いられる。これに対して,エバリュエーション(evaluation)には,経済価値を評価する意味合いを含んでいる。一般的な表記に倣えば,不動産バリュエーションとするところ,不動産エバリュエーションとネーミングしているのは,不動産の経済価値を測定してそれを向上させる狙いを反映したものある。経済価値の背景には時間を伝える空間の神々しさがあることはいうまでもない。

 建物が土地と一体化した法制度をとる英国では建物は土地の一部として何世紀にもわたって利用する。需要と合致しなくなった建物(法的には土地の一部)はコンバージョンによって再生し,継続利用する。本格的なコンバージョンを検討する際はもとより,通常の売買でも事前に建築・設備の性能劣化や改善の必要性を調査して意思決定や価格に反映する。その際に活躍するサーベイヤーは多能工ならぬ“多能家”として社会の負託に応える。建物にかかる,費用,性能,価値,価格を見積り,評価するマルチタレントには学ぶべき点が多い。

 追加投資によって建物の性能,価値と価格が上昇することが期待される。この3要素に費用を加えた4要素の関係は輻輳し,容易に説明できないことが建築ストック活用推進上の隘路となる。

 

 建物の性能や価格は新築時が最も高く,時間の経過とともに低減すると考えられている(図中C1,以下「図中」省略)。T0時点で新築した建物についてT3時点でコンバージョンや売買の意思決定をするために,専門家に求められる説明力は,1)T3時点の性能(P2性能),2)T3時点の市場価格(P2価格),3)劣化した性能をどの程度まで改善すべきか(P2-P4性能),4)そのために必要な工事費用(P2-P4費用),5)改修後の市場価格(P4価格),と多岐である。いずれも関係
しつつ,細かくみれば専門性が異なる。多様な評価力を求めるニーズは高い。

 追加投資の効果について,日本では主に建物の経済的残存耐用年数を延長することが議論される(②)。米国では,追加投資が経過年数をもとに戻す効果がある(③)ことを注視して評価する。しかし,どのように古い建物であってもなお100年以上は使えることにコンセンサスがあり,経過年数が少ないことが必ずしも経済価値の高さを意味するとは考えない英国では,もっぱら①について“多能家”のサーベイヤーがマルチに検証する。

 上記ふたつの顕彰制度に応募する事例に共通する課題は,既存の金融機関から融資が受けられないことだ。対応する方法は,事業者が借り上げて転貸するサブリース方式と共感者から出資を仰ぐファンド方式に大別できる。サブリースについては収益用不動産を新築するために投資を呼び掛けた事業者が破綻して社会問題化し,賃貸住宅管理業法(2020(令和2)年)によって規制強化されたこともあって,必ずしも肯定的とは言えない実態がある。これに対して,低未利用既存ストックの再生活用にみるサブリースは,所有者等の力量が不十分で低未利用となり,放置すれば外部不経済をもたらし地域全体が負の循環に陥る建築ストックに対して,事業者がリスクを負って事業化して正の循環をもたらすもので,いわば“社会貢献型のサブリース” である。改修費用はサブリース事業者が出捐するケースのほか,転借人がDIY などの方法で負担するケースもある。

 ファンド方式は既存の金融機関の融資に代えて,空き家や遊休不動産を収益不動産にするという“イベント”に関心のある人を巻き込み,事業に対する共感を背景として出資を仰ぐ。必ずしもハイリターンではない建築ストックの再生活用に対し,知恵を出し,汗をかき,お金も出し,体験やコミュニティを共有しながら収益を得る“共感投資家”の仕組みがアワードの大賞を受賞した。

 建築設計事務所や建設会社は元来,新しい価値を生み出すオーガナイザーの側面を持つ。空間にかかる固有の職能を背景に,建築再生の担い手として活動する余地は大きい。

(参考)

https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001590798.pdf


 


建設物価2023年8月号

文芸のなかの建設と住民

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