建設物価調査会

TOKYO強靭化プロジェクト「100年先も安心」を目指して

TOKYO強靭化プロジェクト「100年先も安心」を目指して

東京都都市整備局総務部企画技術課






1.はじめに

 今年は、関東大震災の発生から100年の節目の年です。

 これまでも東京は、自然災害にたびたび見舞われてきました。今後も大規模な風水害や地震、火山噴火、新たな感染症の流行などが、いつ起きてもおかしくありません。これらが複合的に発生する事態(複合災害)も想定されます。

 このような災害から、都民の命と暮らしを守り、首都東京の機能や経済活動を維持することは、都政の重要課題です。そのためには、将来を見据えて都の施策をレベルアップするとともに、中長期にわたり安定的・継続的に災害対策に取り組んでいく必要があります。

 そのため、都では、全庁一丸となって検討に取組み、昨年12月にTOKYO 強靭化プロジェクトを策定しました。

 本プロジェクトを推進し、先人たちの努力の結晶とも言える安全・安心な都市を、更にレベルアップして未来に引き継ぐことで、「100年先も安心」を目指します。




2.TOKYO 強靭化プロジェクトについて

 本プロジェクトは、5つの危機(「風水害」、「地震」、「火山噴火」、「電力・通信等の途絶」及び「感染症」)と複合災害を対象としています。

 気候変動の影響により頻発化、激甚化する風水害、人口構造や住環境等の変化に伴い新たな課題が浮き彫りとなった首都直下地震など、都を取り巻く状況は厳しさを増しています(図1)。

 こうした直面する危機を克服するためには、従来の前提条件にこだわらず施策をレベルアップする必要があります。

 本プロジェクトでは、少子高齢化の更なる進展や水素社会への転換、DX の進展など、社会経済情勢が大きく変化する2040年代を目指すべき姿と想定し、その実現のために必要な施策と事業規模を明確に提示しました。

 2040年代までの総事業規模は15兆円にのぼります。





3.プロジェクト策定の考え方

 東京が、将来の社会経済情勢の大きな変化にも適切に対応し、持続的に発展してくためには、長期的な視点を持ち、施策を進めていく必要があります。

 本プロジェクトでは、2040年代に目指す東京の姿を想定し、現在からそこに至る道筋を求めるバックキャストの視点を取り入れ、取組をまとめています(図2)。


図2 プロジェクトの考え方



3-1.本プロジェクトが目指す2040年代の姿
 プロジェクト全体を貫く基本的な考え方として、2040年代に目指す強靭化された東京の姿を、「都民の生命を最大限守り、都市の被害を最小限に抑え、都市の機能を早期に回復する都市」、「多様な危機への万全な備えが評価され、様々な投資を呼び込むとともに、国内外から人々が集う都市」としました。

 この基本的な考え方を踏まえ、それぞれの危機に対し強靭化された東京の姿、目指す到達点(政策目標)等を設定しました(図3)。

 風水害に対しては、目指す到達点として、例えば、浸水対策では、気候変動に伴う1.1倍の降雨量に対応することを、高潮対策では、2100年には海面が最大約60㎝上昇することへの対応などを掲げました。掲載しているパース(図4)は、激甚化する風水害から都民を守るまちの将来イメージです。それぞれの課題に対応できている姿をわかりやすく描いています。

 地震については、目指す到達点として、緊急輸送道路沿道の閉塞要因解消、総合到達率100%、不燃領域率70%以上、住宅の耐震化率100%などと整理しています。

 火山噴火については、目指す到達点として、官民連携による除灰の24時間体制の確保、富士山の全体降灰量4.9億㎥に対応した仮置場を国や首都圏の自治体等と連携して、確保することなどを示しています。

 電力・通信等の途絶に対する、目指す到達点として、電力確保では、2030年までに太陽光発電設備200万kW 以上の導入、通信では、都内の通信困難地域の100%解消を挙げています。

 感染症に対しては、目指す到達点として、ゆとりある公共空間づくりや、1,800㎞の自転車通行空間の確保をはじめ、多様化した交通手段の定着を掲げています。


図3 強靱化に向けて2040年代に目指す東京の姿


図4 将来イメージ(激甚化する風水害から都民を守る)



3-2.ハード・ソフト施策の組合せ
 本プロジェクトでは、各危機に対し、インフラ整備などハードを中心とした取組に、多様な主体との連携やデジタル技術の活用などのソフト対策を掛け合わせた「各危機に対するプロジェクト」を位置付けています(図5

 例えば、「豪雨や高潮等による浸水を最大限防ぐ」プロジェクトでは、調節地等の整備推進や防潮堤の嵩上げといったハード施策とAI による水位予測等のデジタル技術を活用したソフト施策を示しています。インフラの強化に加え、その操作の的確性・迅速性を向上させる取組を併せて講じることにより、気候変動後においても大型台風時の長雨やゲリラ豪雨等に伴う浸水の発生を、最大限防ぐ効果を見込んでいます。

 このように、ハード施策とソフト施策の組合せにより、相乗効果を高めています。


図5 各危機に対するプロジェクト(風水害)





4.本プロジェクトで展開する主な事業

 本プロジェクトは、5つの危機ごとに設定した目指す到達点に向け、22の「各危機に対するプロジェクト」を柱立てしています。「各危機に対するプロジェクト」には、目指す東京の姿を実現するための延べ約190の事業が紐づけられています。

 新たに取り組むものを中心に先導的かつ特徴的な33事業をリーディング事業として掲げています。

 本稿では、「各危機に対するプロジェクト」を示した上で、リーディング事業を中心に各危機に対する主な取組内容を紹介します。


4-1.激甚化する風水害から都民を守る

 風水害に対するプロジェクトでは、豪雨や高潮等から浸水を最大限防ぐ、万が一の浸水に対しても都民の生活や生命を守る、土砂災害の防止、強風被害の回避、島しょの風水害対応強化の5つを挙げています。

 豪雨による浸水を最大限防ぐ取組として、河川整備(護岸や調節池等)の更なる推進を位置付けています。短中期的には、2030年までに約150万㎥を新規事業化する現行計画をさらに前倒しします。加えて中長期的には、地下河川を含めた新たな整備手法の検討結果等を踏まえ、気候変動に対応した施設整備を推進します(図6)。

 また、高潮による浸水を最大限防ぐ取組では、防潮堤を将来見込まれる最大60㎝の海面上昇に対応できる水準へとレベルアップすることとし、整備にあたっては、経年的に上昇していく海面水位にあわせ、段階的に嵩上げする方策を立てていきます(図7)。

 起こり得る全ての水害から都民の生命や生活を守る取組では、荒川・江戸川・多摩川の破堤を想定した高台まちづくりや高規格堤防の整備促進に取組んでいます。短中期的には、垂直避難先や浸水区域外への避難経路を確保するとともに、公園などの公共施設の高台化を進めます。加えて、中長期を見据えた取組として、国と連携して高規格堤防を都市計画決定するなど、新たな仕組みをつくることで整備の加速を図っていきます(図8)。


図6 環七地下広域調節池の延伸
(目黒川流域調節池(仮称))


図7 防潮堤嵩上げのイメージ


図8 救援救助等の拠点的機能を担う高台確保
(荒川・江戸川・多摩川)
(出典)  国土交通省高台まちづくり推進方策検討ワーキンググ
ループ資料「高台まちづくりのイメージ」より



4-2.大地震があっても「倒れない・燃えない・助かる」まちをつくる
 地震に対するプロジェクトでは、緊急輸送網の確保、木造住宅密集地域の改善、耐震化、都民生活の持続性確保、島しょでの対策の5つを挙げています。

 大地震時の緊急輸送網を確実に確保する取組では、都内に2つある広域防災拠点へのアクセスルートとなる道路整備等を推進していきます。大規模災害時に広域医療搬送拠点等に活用される東京湾臨海部基幹的広域防災拠点の周辺については、内陸部へのアクセスが脆弱なことから、晴海線Ⅱ期の早期事業化に向けた、国等との連携の推進や環状3号線の早期整備などを掲げています(図9)。

また、大規模災害時に国の災害対策本部予備施設となる立川広域防災基地においては、アクセスルートとなる周辺の都市計画道路が未整備で、緊急車両が市街地を通行せざるを得ない状況であることから、周辺道路の整備を進めるとともに、JR との立体交差化の推進を図ります。

 木造住宅密集地域の不燃化を更に加速するため、重点整備地域における不燃化特区制度に建築工事費を追加し、取組を強化するほか、重点整備地域外の整備地域にも、除却費及び建替を行うための設計・監理費の助成を創設する等、新たな支援を開始します(図10)。

 地震があっても倒れないまちにするため、これまで行ってきた旧耐震基準の住宅に対する耐震化の支援に加え、平成12年以前に建築された比較的耐震性の低い約20万戸の木造住宅を対象に、強度を増す改修を後押しします。この取組により、首都直下地震等での建物倒壊による死者数の約8割減少を目指します。

図9 東京湾臨海部基幹的広域防災拠点施設
(有明の丘地区周辺)

図10 整備地域・重点整備地域の指定状況


4-3.噴火が起きても都市活動を維持する
 火山噴火に対しては、富士山噴火時の降灰に対する道路啓開体制の構築や処分先の検討の他、島しょ部の火山噴火対策等に取組みます。

 富士山噴火時の降灰量は、東日本大震災の災害廃棄物量の約10倍の約4.9億㎥と想定されており、降灰除去体制の確立が急務です。こうしたことから、降灰の仮置き場の確保や処分先の検討を開始しました(図11)。

図11 火山灰の除去から最終的な処分までの流れ


4-4.災害時の電力・通信・データ不安を解消する

 電力・通信・データ不安の解消に向けては、太陽光や水素を活用した電力に関する取組、衛星通信を取り入れた通信困難地域の解消を図る通信分野の取組のほか、災害時の業務を継続するためのデータの保全に関する取組等を挙げています。

 データに関しては、都庁全体でシステムやサーバのクラウド化、いわゆる電子都庁化などを行い、災害時に庁舎にダメージが発生した場合でも業務を継続できるデジタル基盤を整備します(図12)。


図12 業務システムやサーバのクラウド化推進



4-5.感染症にも強いまちをつくる

 感染症にも強いまちづくりに向けては、屋外のゆとりある空間の創出や、交通手段の多様化、徒歩圏内で働く環境の充実に向けた取組等を実施します。

 働く環境の充実に向けた取組では、既存ビルのリノベーションによるまちづくりを促進します。中小ビルが多く残る神田地区などをイメージし、既存ビルをリノベーションし、都市全体でストックを有効活用することで、街の魅力の向上や働きやすい環境を整えていく検討を始めます(図13)。

図13 リノベーションのイメージ


4-6.首都圏全体で複合災害を乗り切る

 それぞれの災害のリスクが高まる中、個々の災害による被害から回復する前に新たな災害が発生するなど、複合的・連続的に発生する災害に見舞われるリスクも高まっています。こうした状況を踏まえ、複合災害に対しても検討を行っています。

 複合災害は、被害を激甚化・長期化させうるため、発災前後のタイムラインごとに様々な事象を想定し、対応に当たる必要があることを踏まえ、プロジェクトの方向性を整理しました。例えば、大規模地震が発生して復興に数年かかる中で風水害が発生する状況を想定し、被害情報の迅速な把握、適切な情報発信、広域的な避難の検討に取組みます(図14)。

図14 複合災害時の取組例(大規模地震➡大型台風)




5.関東大震災100年を契機とした取組

5-1.ムーブメントの展開

 本プロジェクトの一環として、関東大震災の発生から100年を契機とした、自らを守る取組等を積極的に促すための、ムーブメントを展開していきます。

 特に関東大震災の発生から100年となる本年は、防災に対する関心が高まる年となります。この機会を捉え、100年前の経験を再認識するシンポジウムや、震災の教訓等をテーマによる出前講座等、様々な取組を実施します(図15

図15 関東大震災100年を契機としたムーブメントの展開


5-2.復興小公園の再生

 ムーブメントの展開事例の1つに復興小公園の再生を掲げています。

 関東大震災(1923年9月1日)では、火災が鎮火した要因の一つに公園緑地や広場が焼け止まりとして機能したことがわかり、公園設置の重要性が高まりました。

 東京市はこれを踏まえ、震災の焼失区域において、震災復興公園として52か所の小公園を整備しました。小公園は、小学校に隣接して整備され、近隣住民の憩いの場や地域コミュニティの中心、地域における防災拠点のほか、校庭の延長や教材園などとしての役割を担ってきました。

 また、震災復興のシンボルとなるとともに、後の都市公園や児童公園のモデルとなりました。

 都は関東大震災100年を契機に小公園を管理する関係区による復興小公園の再生を後押しします(図16、写真1)。

図16 復興大小公園
(出典)東京市役所編纂「帝都復興事業圖表」(部分)東京都立中央図書館所蔵


写真1 震災復興小公園―元加賀公園
(出典)東京都復興記念館所蔵





6.プロジェクトの推進に向けて

 本プロジェクトの推進に必要な概算事業規模は、2040年代までの全体額として15兆円、2023年度からの10年間では、6兆円を見込んでいます。これは、過去10年間の約1.5倍の事業規模です(図17


※ 総事業規模について、本プロジェクトの推進に必要な、2040年代までの事業規模を示しています。また、一部の事業は完了が2040年代を越えるものがあります。
※ 事業規模について、複数の危機に対する事業があるため、合計は総事業規模と一致しません。また、現時点での事業規模であり、今後変更が生じる可能性があります。


6-1.プロジェクトの推進に向けた取組

 この大規模なプロジェクトを推進し、2040年代の目指す東京の姿を確実に実現するためには、これまで述べてきた本プロジェクトを、将来にわたり着実かつ効果的に展開することが重要となります。都では、東京強靭化推進基金3,000億円を創設し、財源として戦略的に活用していきます。

 また、プロジェクト推進に向けた執行力の強化に関しては、これまで以上に、事業執行の迅速化や執行体制の強化を図る必要があります。そのため、今後、民間が有する技術力やノウハウをより活用できる発注方法の導入や技術職員の確保と育成等、発注手続きや執行体制の構築において具体的な取組を進めていきます(図18)。

図18 プロジェクトを着実に推進していくための取組


6-2.プロジェクトの積極的な発信

 取組の推進には、都民や事業者等、より多くの人々の理解が不可欠です。都では、強靭化プロジェクトに関して、こども向け、海外向けのパンフレット作成、イベントでの動画配信など、国内外に「安全安心な都市・東京」の実現に向けた取組を積極的に発信していきます(図19、20)。

図19 こども向けパンフレット



図20 海外向けパンフレット




7.おわりに

  都は、様々な取組を通じて、自助、共助、公助に取り組む気運醸成することで、本プロジェクトを強力に推進し、これから100年先も都民が安心できる首都東京を実現してまいります。






建設物価2023年9月号

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