建設物価調査会

能登半島での地震・大雨を教訓とした複合災害等への備えの強化

能登半島での地震・大雨を教訓とした複合災害等への備えの強化

国土交通省 水管理・国土保全局 河川計画課 河川計画調整室
計画調整係長 仲野 健太郎


1.はじめに

 能登地方では、令和6年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」(以下、「能登半島地震」という。)により、石川県輪島市、志賀町で震度7、能登半島の広い範囲で震度6強や震度6弱の非常に強い揺れが観測されました。地震に伴い、多数の土砂崩れや地すべりが発生するとともに、崩壊した土砂や流木が渓流や河道に大量に堆積し、一部の河川では河道閉塞も発生しました(写真-1)。

 国土交通省では、能登半島地震の発災直後より、現地対策本部や被災市町に緊急災害対策派遣隊「TEC-FORCE」を派遣するとともに、砂防分野を中心に衛星画像等も活用した被災地全体の被害状況の調査や、土砂災害防止法に基づく緊急調査に準じた対応、調査等を踏まえた関係機関が連携した警戒避難体制の強化、権限代行等による本格的な災害復旧の代行等を実施してまいりました。

 このように、能登地方は能登半島地震からの復旧・復興途上にありましたが、同年9月21日から22日にかけて、線状降水帯を伴う猛烈な大雨が発生し、最大1時間降水量では輪島で121㎜、珠洲で84.5㎜、最大24時間降水量では輪島で412㎜、珠洲で315㎜と統計開始以来1位を観測しました。

この大雨により、地震時に緩んだ土砂、流木が流出し、土砂・洪水氾濫が発生するなど、能登地方では再び甚大な被害が発生しました(写真-2)。

 我が国では、南海トラフ地震等の大規模地震の発生が切迫していること、気候変動の影響により全国的に水害・土砂災害の発生頻度が高まっていることを踏まえると、今回の能登地方での事例のように、先発の自然災害の影響が残っている状態で、後発の自然災害が発生することで、単発の災害に比べて被害が拡大する「複合災害※1」の発生頻度が高まることが想定されます。

 そのため、「複合災害」等による被害を効率的・効果的に減少させるため、先発の自然災害発生後の対応や、能登半島地震後の大雨によって発生し、大きな被害をもたらした土砂・洪水氾濫など土砂、流木への備えについて検討することを目的として、水管理・国土保全局に「能登半島での地震・大雨を踏まえた水害・土砂災害対策検討会」(以下、「検討会」という。)を設置し、複合災害の発生に備えるための先発の自然災害発生後の応急対応の強化や土砂、流木への備えの強化について検討を行い、「能登半島での地震・大雨を踏まえた水害・土砂災害対策のあり方について 提言」(以下、「提言」という。)をとりまとめ、本年6月末に公表しました。

本稿では、検討会の開催状況及び提言の概要を紹介します。


2.検討会の開催状況

 「複合災害」等への備えを強化する方策を検討するにあたり、河川工学、砂防工学、避難行動、水文気象、環境などに関する知見を有する有識者からご意見、ご助言をいただくため、令和7年1月に検討会を設置しました。

 検討の背景や論点、並びに能登半島での地震・大雨による被害とこれまでの対応として、能登半島に位置する河川の流域特性、能登半島地震による主な被害と土砂災害や河川被害への対応状況、9月の大雨による主な被害について説明するとともに、中小河川対策、土砂・流木対策、砂防分野において先行的に取り組まれているリモートセンシング技術等を活用した山地部の河道閉塞等への対応などこれまでに国土交通省が取り組んできた施策を紹介しました。

 委員からは、

 ・ 今回の事例にとらわれず、想像力を働かせて多様な複合災害シナリオを想定しておくことが重要では無いか。

 ・ シナリオ想定にあたり、先発災害から後発災害まで時間的猶予のある場合と無い場合や地域ごとの特徴を踏まえる必要があるのではないか。といった複合災害シナリオの整理方法に関するご意見、ご助言や、

 ・ 専門知識を持たない一般の方にも広く分かりやすい情報提供がなされるべきではないか。

 ・ 地形的には災害の起こり得る場所がハザードマップに示されていないことがあり、災害の危険性がないと誤解されるおそれがある。といったリスク情報の提供に関するご意見、ご助言をいただきました。

 地震によって山地部に河道閉塞が生じ、その後の大雨によって土砂、流木が流出するシナリオ、地震によって堤防が沈下・損傷し、その後の大雨によって水位が上昇し、氾濫するシナリオなど具体的なシナリオを念頭に、先発災害の発生後の対応を時系列で整理した「複合災害に備えるタイムライン」など、第1回検討会でのご意見を踏まえた補足説明を行うとともに、提言(案)をお示しし、対応すべき課題や、速やかに検討に着手し、早期に実現を図るべき対策について、ご意見、ご助言をいただきました。

 委員からは、

 ・ 地域ごとの特徴に応じた複合災害による被災シナリオを想定し、先発災害後の対応タイムラインを検討する机上訓練に取り組むことが重要ではないか。

 ・ 先発災害後のリスク周知にあたってはハザードマップ等の既存の災害リスク情報を活用することも有効ではないか。といったご意見、ご助言をいただきました。

 単発の災害による被害の防止と複合災害による被害の防止の対応におけるリスク情報の違いなどに留意しつつ整理した「複合災害による被害の防止・軽減の考え方」など、第2回検討会でのご意見を踏まえた補足説明及びいただいたご意見を踏まえて修正した提言(案)について、ご意見、ご助言をいただきました。

 委員からは、

 ・ 技術開発や研究開発が必要な項目をまとめて記載することで、大学や民間等の研究機関の技術開発と研究開発が促進されるのではないか。

 ・ 複合災害への対応においても東日本大震災後の教訓「備えていたことしか、役には立たなかった。備えていただけでは、十分ではなかった。」は非常に重要な視点になるので、提言に記載した方がいいのではないか。といったご意見、ご助言をいただきました。


3 .能登半島での地震・大雨を踏まえた水害・土砂災害対策のあり方について 提言

 検討会でいただいたご意見、ご助言を踏まえ、「対応すべき課題」として、先発災害による被災エリア全体のリスク把握や地域の安全度評価ができず、後発災害による被害の拡大が懸念される他、応急対応箇所のスクリーニングができずに限りある人員・資機材を適切に配置できないことが懸念されること、流出した土砂・流木が横断工作物で捕捉されることにより河道が閉塞し、氾濫の発生・拡大が懸念されることや水位の上昇速度が速い山地河川や中小河川において避難に使えるリードタイムが短く逃げ遅れの発生が懸念されることなどを整理するととともに、「速やかに検討に着手し、早期に実現を図るべき対策」として「複合災害に備えるための先発の自然災害発生後の応急対応の強化」及び「土砂・洪水氾濫など土砂、流木の流出等への備えの強化」を後述のとおり、とりまとめました(図-1)。

 また、それらの対策のうち、研究や技術開発が途上のものについては「速やかに研究開発に着手し、早期に実現を図るべき対策」としてまとめました。

 複合災害は、その組合せが多岐にわたるほか、先発災害の影響によって、単発の災害と比べて小さな外力で被害が発生したり、単発の災害と比べて被害が拡大したりする場合があります。それらの被害を防止・軽減するために、先発災害発生の前後にすべき取組を図-2のように整理しました。

 複合災害に対しては、単発の災害による被害を防止するために計画的に実施するハード対策(堤防、砂防堰堤の整備、耐震化等)やソフト対策(浸水想定区域、土砂災害警戒区域の公表等)に加えて、被災シナリオの選定や地形データ等の取得など事前に準備をするとともに、先発の災害が発生した際の状況変化に照らして、速やかに応急対応が実施できるよう、リスクの把握(地形・施設の変状)や地域の安全度評価、安全度評価に基づき増大したリスクの周知や増大したリスクの除去・低減を迅速かつ効率的に実施できるように、その手法や体制を確立しておくことにより、後発の災害による被害を防止・軽減することが重要となります。

 これらの課題解決に向けて、以下に掲げる施策について、早期に実現を図るべきと提言しました。

○ 先発の自然災害による被災エリア全体のリスクの把握、安全度評価手法の確立(施設や地形の変化の把握、リスク評価)
(具体的には、SAR 画像、光学画像、LP 測量など様々な手段を活用した施設や地形の変状把握、地域の安全度評価の実施)

○複合災害に備えたオペレーション体制の構築

○ 先発の自然災害発生後の施設や地形の変状への応急対応の強化
(具体的には、安全度評価を踏まえた応急対応箇所のスクリーニング(優先順位付け)の実施、警戒範囲(避難対象)の拡大、警戒基準の引き下げ(早めの避難)、応急復旧工事(増大したリスクの除却)の実施)

○ 先発災害発生時の状況に応じた実施内容の見直し

○ 複合災害への対応にあたっての都道府県や市区町村への技術的支援

 今回、地震後の大雨によって発生し、大きな被害をもたらした土砂・洪水氾濫など土砂、流木の流出等による災害への備えについては、近年の発生状況を踏まえ、土砂・洪水氾濫の発生が想定される流域の抽出や主に山地部に設置する透過型砂防堰堤などの整備を全国で進めてきたところです。また、平成28年8月に相次いで発生した台風による豪雨での被害により水位周知河川の拡大やハザードマップの公表対象の拡大など中小河川のリスク情報の空白域の解消を進めてきました。

 しかし、その進捗や整備水準等は必ずしも十分ではないことから、図-3に示した効果的な土砂・流木対策を立案するために山地部での対策だけでなく流域を俯瞰して山地部から河口部までをトータルで考えて、土砂・流木捕捉施設の整備や土砂や流木等の影響を考慮した施設への強化、避難のためのリードタイムを確保できない中小河川において住まい方の工夫や土地利用の見直しに資する情報提供の充実や、小さな渓流や沢、水路などハザードマップの対象に含まれない地域におけるリスク情報の充実などが重要となります。

 これらの課題解決に向けて、以下に掲げる施策について、早期に実現を図るべきと提言しました。

○ 土砂・流木の流出による被害が発生しやすい箇所の抽出

○ 山地から河口部までをトータルで考えた効果的な土砂・流木対策の推進
(具体的には、土砂・流木による被害が発生しやすい箇所の抽出、土砂・流木を捕捉する施設の設置や弱部(河川の水衝部や横断工作物設置箇所)の強化、土砂・流木の流入によって低下した機能を早期に回復するためのダムの改良 等)

○ 住まい方の工夫や土地利用の見直しや避難のための土砂・流木の影響(横断工作物での土砂・流木の流下阻害など)を見込んだハザードマップの導入

○ 中小河川も含めた気候変動を考慮した治水計画への見直し

○ 保全・創出すべき河川や流域の環境を把握するための調査の推進

○ 中小河川も含めた危険の切迫度を伝えるための観測・予測情報の充実

○ リスク情報の空白域の解消に向けた面的な水害・土砂災害リスク情報の充実

○災害時に撮影された動画等の情報の活用

○河川、砂防部局の連携のための仕組の構築

○ 災害復旧事業等における都道府県や市区町村への技術的支援や人材育成


4.おわりに

 近年、毎年のように水害・土砂災害が発生するなど気候変動の影響が顕在化していることに加えて、大規模地震の発生確率が引き上げられるなど、複合災害への備えは待ったなしの状況にあります。東日本大震災後に国土交通省東北地方整備局が実体験に基づいてとりまとめた「災害初動期指揮心得」に「備えていたことしか、役には立たなかった。備えていただけでは、十分ではなかった。」との教訓が記されているように、平時から来るべき時に備えて準備しておかなければ、いざという時に十全に力を発揮することは出来ません。

 そのため、この度とりまとめられた提言を踏まえて、対策の早期実現を図り、複合災害を含めた水害、土砂災害による被害の防止・軽減に取り組んでまいります。


<用語解説>
※1 複合災害:「能登半島での地震・大雨を踏まえた水害・土砂災害対策検討会」においては、「先発の自然災害の影響が残っている状態で、後発の自然災害が発生することで、単発の災害に比べて被害が拡大する事象」と定義。


建設物価2025年12月号

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