「社員が胸を張って家族に自慢できる会社にしたい。」そう語るのは、京都市でパイプやダクト等空調・衛生設備の設計・製造・施工を手がけるホーセック株式会社の社長・毛利正幸さん。父が創業した会社の経営危機を知り、自ら舵を取って以降、同社は「社員起点の経営」と建設DXで独自の進化を遂げてきた。社内基幹システム「建設タウン」の開発、運用による経営情報の完全可視化、そして人事制度「オールホワイト体制」への挑戦。さらに、同じ志を持つ同業他社との共同体構想まで、建設業の現実と可能性を語ってもらった。

Q経営における「譲れない軸」についてお聞かせください。
毛利社長: 私が最も大切にしているのは「豊和(ほうわ) 」という会社の理念です。これは、社員全員が自ら仕事、仲間、お客様を選び、能力や結果が市場価格で評価され、やりがいや納得感が満ち足りる会社像を意味します。父の会社の経営危機を知り、イベント会社を辞めて入社した当時、社員は病む一歩手前でした。父がつくった会社のせいで社員が不幸になっていることが耐えられなかったのです。

会社が潰れるかどうかの前に、まずは「社員がここにいたいと思えるか」を最優先に考えました。自分のために生きられている人でなければ、人のために動くことの筋が通りません。社員にはまず自分のために仕事をしてほしい。社員のしたい仕事がお客様に必要であれば、そのやりたいことを会社はできる限りサポートします。社内にしたい仕事がなければ、辞めるしかない、その結果として、今では社員のやりたいことが仕事になり、それが人のために、お客様のためになっていることを実感できる社員が増えてきていると感じています。
Q 経営者の役割について、お考えをお聞かせください。
毛利社長: これまでの経営者の仕事は、事業全体を「広く浅く」把握して経営をコントロールすることだったかもしれません。しかし、AIやDXといったデジタルの進化のおかげで、今は短い時間で「深く広く」把握することができるようになりました。 私の仕事は、業務全体をシステム化することによって余裕時間を生み出し、より正しいこと、すなわち社員が仕事において判断すべき本質的なことに根拠を持って時間を使える仕組みをつくり上げることです。そのために、今もアナログでやっている実務をいかに仕様化し、どのようにテクノロジーに落とし込んでいくかという実装を積み重ね続けることが、今の私の最大のこだわりです。

Q「社員起点の経営」を実現するためにどのようなコミュニケーションを取られていますか?
毛利社長: 崩壊寸前から出発した当時の経験から社員が求める形で会社全体をより良くするために、社員のやりたいことや会社への不満や要望をアンケート形式で好き放題に書いてもらい、これを元に、直接詳しくヒアリングする機会として、全社員との1on1ミーティングを開始して、今年で13年目になります。これまでの取り組みで社員が上げた要望の約95%を実行してきました。社内チャイムの変更のような小さな提案から、夏のアイス支給、1年間の残業の希望/非希望を計画値で可視化する運用など、現場に寄り添い、少しでもストレスがかからない仕組みに落とし込みます。

私が社長になる前の話ですが、現場が忙しいために自動車免許の更新を忘れていたことで取消になり通勤不能になった社員を1年できる限り送迎したことがあります。「会社のせいで人生が狂った社員がいるなら、会社側ができる限り助けるべき」という信念からでした。この時の社員が今では幹部になり現在の組織を支えてくれています。
建設DXと「オールホワイト体制」
Q 貴社が目指す「オールホワイト体制」とは何ですか?
毛利社長: 私たちは旧態依然とした建設業界の慣習から脱却し、法令を遵守したホワイトで生産性の高い職場づくりに注力しています。その指針として掲げるのが「オールホワイト体制」の確立です。 特に、2026年春からは、建設業界の慣行(月25日稼働ベース)から完全に脱却し、完全週休2日、年間休日126日(月20日稼働ベース)へと移行します。建設業界の先輩方からは「理想と現実は違う」と心配されますが、建設DXによる時間の創出が理想を実現すると信じています。人事制度では、常に新しい法改正を遵守したタイムリーな就業規則の更新を行い、育児・介護休業をはじめ、「休みたい時に休む」を徹底するなど、働く人が希望を持てる就業環境の制度化を進めています。

Q「オールホワイト体制」を実現するための建設DXへの取り組みについて教えてください。
毛利社長: 私たちの建設DXは、単なる業務改善アプリ導入ではなく、「コミュニケーションDX・プロセスDX・プロダクトDXの三位一体」として捉えています。
核となるのは、ゼロから開発した社内基幹システム「建設タウン」です。これは、工事に関する営業・見積情報の登録から、受注、請求、入金、発注、支払の業務機能、出退勤や作業日報、作業員情報の管理まで一括管理でき、全社員が過去から現在までの経営数値にも常時アクセスできる仕組みです。コミュニケーションツールとしては「Google Workspace」を導入し、一般社員から社長まで全員がチャットでつながっています。従来の事業部や職種ごとの縦割り組織から、個人や事業部を超えたコミュニケーションも活発になりました。

また日々の働き方のスタイルをサッカーのポジションに見立て、残業希望者をFW、通常はMF、非希望者をDFとして、スプレッドシート上で可視化する運用も行っています。
Q 「建設タウン」の導入とともに取り組まれたことはありますか。
毛利社長:「アウトプット」への意識の転換です。インプット(購買・人員手配)の差は±20%程度ですが、これにプロセスで価値付けしたアウトプット(仕事の適正価格・納期・品質)の理解は±50〜200%と大幅にブレます。これは、各自各社の技術や能力に差があることや、皆が自分の仕事の価値を知らないからです。
「建設タウン」で経営全体を可視化したことで、社員もアウトプットの重要さに気づくようになりました。私たちは見積比較や値引き交渉に時間を使うのではなく、現場プロセスの価値をアウトプットする説明能力の向上や、理解ある客先の選別を徹底して適正価格での取引を実現しています。何より、話が通じる、理解を示してくれる顧客の担当者や協力会社とだけ取引をする原則を貫いた結果、現場トラブルは激減し、採算のブレも小さくなりました。自分の仕事の価値を社員が正しく認識できるようになったことが、無理のない生産性向上に直結しています。
Q 建設業界の構造的課題をどのように見ていますか?
毛利社長: 建設業界が変われない最大の要因は、やはり「働きすぎで外界を見る時間がないこと」と「逃げ切り世代の多数派化」です。週休2日が普及すれば、嫌でも思考の余白が生まれ、変化圧力が増すはずです。
また、最適投資ができていないのも大きな課題です。多くの中小企業は、時流に適した自社に最も有効なお金の使い方を知らず、従来工法の設備投資に専念してしまい、同業他社間での過当競争を深めがちです。何に投資をしてもそれなりに効果はある状況かと思いますので、「何に投資すれば生産性が3倍になるのか」くらいの大幅な生産性向上の可能性に頭を使うべきです。
いちがいに建設業といっても抱える課題は、「住宅」(特に戸建)と「非住宅」(大規模で複雑な建物)で事業の性質が大きく異なります。BIM/CIMの導入や仕様の標準化が進んでいる住宅分野に対し、非住宅、特に大規模建築は複雑性と多重下請で難易度が跳ね上がります。設計BIM/CIMと施工BIM/CIMの断絶、現場の非標準化が生産性向上の大きな壁であり、「社会的共通資本として、何を可視化し、どこを標準化するかの仕分け」が業界全体で必要です。
Q 自社で開発した「建設タウン」を外部にも展開し、同業者間の「共同体構想」を進めているのはなぜですか?
毛利社長:「建設タウン」は、自社で使うために開発しましたが、他社からの要望を受け、汎用性の高いシステムに再構築し、建設業向けのクラウドシステムとして提供を開始しました。現在は約10社にサービスを提供しています。
そんな中、ユーザー事業の詳細な可視化が進むと、これまで見えなかった社内の不正や不適切な面が発見されることが多々あります。だからこそ、私たちは、「本気で変わる気のある会社」のみへの導入推進に限定してきました。「建設タウン」を利用することで、建設事業の経営に必要な数多くのデータを管理し、閲覧することが可能ですが、もし、この経営情報の相互開示を前提とした企業のアライアンスグループがあったとしたら、経営にどのような高次元のインパクトを与えることが可能になるのか。今では、「建設タウン」を通じて、営業情報だけでなく、プロジェクトの利益、社員の給与や会社の懐事情まで経営情報を相互に見られる関係が実現できる共同体を構築することを目指しています。

これからは特に、需要超過の局面なので同じ専門業者同士のシェア争いをしている場合ではありません。可視化された正しい受注情報が共有されれば、無駄な競争は起きません。疑心暗鬼が消え、競争ではなく最適配置が自然に起こる仕組みであり、「建設タウン」を基盤とし、中小の専門工事業者が連携して、インフラをはじめとした現状では消化し切れない建設需要に対して、新しい建設事業のルールをつくることで圧倒的な生産性で対応できる体制構築を目指す取り組みです。現在、2026年4月の設立に向けて準備を進めています。
Qこれから10年で、建設業はどのように変わっていくとお考えですか?また、若い世代へのメッセージをお願いします。
毛利社長: これからもICT化で建設業務は効率化されますが、従来手法による建設は今後10年でも大きくは変わらないでしょう。しかし、設計施工BIM/CIM、新工法・新素材、そして私たちのような「デジタル下請け」を活かしてくれる「デジタルゼネコン」による新しい建設は確実に立ち上がります。そのコストは従来の3分の1もあり得ると見ています。
若い方と話していて感じるのは、お金がないが故に自分の興味があることに時間を使えない環境にいることです。一方、京大や東大を出た高いリテラシーを持つ人たちが、「建設業は儲かる」と気づき、その可能性にベンチャーとして参入してきています。
若い世代には率直に言いたい。「建設は儲かる魅力ある業界だ。だから来い」と。ただし、利益は見える化して正しく再配分される仕組みにしなければなりません。今は、すごくいい機会です。「儲けられる環境や仕組みをあなたたちがつくっていくんです。そして、これからの新しい建設業を担っていく人たちになれるのですよ」と魅力を伝えたいですね。
ホーセックの毛利社長は「豊和」という企業理念の下、社員の自己実現と建設DXを融合させ、その仕組みを「建設タウン」を通じて業界全体に広げ、下請けという立場から新しい産業構造を創り出す挑戦を続けている。
