建設物価調査会

【建設時評】環境整備検討会「提言」を建築積算から読み解く

【建設時評】環境整備検討会「提言」を建築積算から読み解く

一般財団法人 建築コスト管理システム研究所
総括主席研究員  岩松 準

 国土交通省に設置された学識者7名の委員による「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」が約半年間9回の議論を3月末に「提言」としてまとめた。コロナ禍や戦争を背景にした社会経済情勢のなかで、まさに「持続可能な建設業」のあり方、方向性を指し示そうとするものだった。

第9回検討会の提言概要資料では「協議プロセス確保による価格変動への対応」、「賃金行き渡り・働き方改革への対応」という二つの喫緊課題への主な対処具体策を示しつつ、最後に「実効性の確保に向けた対応」として、ICT で施工体制を見える化することで許可行政庁が賃金実態を確認できるようにし、指導監督を強化する措置を挙げている。

 数々のしがらみを業行政がどう解いて「持続可能な建設業」へと導けるのか――今後は中建審と社整審の下に合同設置する基本問題小委員会(学識者、発注者、建設業者から選定した計20人の委員で構成)に場を移し、8月をめどに中間まとめをするスケジュールで検討が続くことになった。この「提言」における具体的施策は4つの方向性に括って23施策が示された(表1)


表1 検討会「提言」の4つの方向性と23の具体的施策


1.請負契約適正化に向けた方向性
・ 民間建設工事標準請負契約約款(民間約款)の原則的利用の促進
・ 価格変動に伴う請負代金の変更を求める条項(民間約款第31条)の契約書への明示
・民間約款第31条の考え方の明示
・ 見積り時や契約前に、受注者から注文者に対する請負代金や工期に影響を及ぼす事項の明示
・ 受注者による、請負代金の内訳としての予備的経費やリスクプレミアムの明示
・ 透明性の高い新たな契約手法として、コストプラスフィー契約を選択肢の1つに・価格変動時における優越的地位の濫用の考え方の明示
・ 建設業法第19条の3(不当に低い請負代金)違反への勧告対象を民間事業者へ拡大・ 勧告に至らなくとも、不適当な行為に対する「警告」「注意」等を実施、必要に応じて公表

2.建設現場における責任の所在や役割の明確化に向けた対応の方向性
・ 建設生産のプロフェッショナルである受注者として、適正な契約を締結する責務を明示
・ 施工体制台帳の作成等を通じた書面ベースの現場管理から、ICT を活用した現場管理へと移行し、施工体制を「見える化」、CCUS の利用の制度化
・現場単位での時間外労働時間の適切な管理・ 中長期的な課題として、専門分化し細分化が進んだ状況を踏まえた許可業種の合理化

3.施工に関する品質の確保に向けた対応の方向性
・ 技能労働者個人の技能や下請企業の施工力の見える化による、建設生産物の「質の見える化」
・ 下請を含む建設生産プロセス全体での、労働条件改善、環境配慮への取組といった非財務情報のディスクローズ・受注者による、著しく短い工期による請負契約の制限

4.賃金行き渡りへの対応の方向性
・ 受注者による、「通常必要と認められる原価」を下回る請負契約の制限・ 中央建設業審議会による「通常必要と認められる原価」となる労務費の勧告
・ 賃金行き渡りの観点から、設計労務単価相当の賃金支払いへのコミットメント(表明保証)
・ 公共工事における賃金行き渡りの前提として、適正な予定価格の設定、ダンピング対策等の実施
・生産性向上に向けた、多能工の促進
・ 閑散期に、副業として、他社の工事現場において働くためのルールづくり
・ 建設業の許可が不要とされている軽微な建設工事の請負に係る新たな枠組み



 これら提言内容は多岐にわたるが、印象に残った点を挙げてみたい。発注者と受注者(元請建設企業)との間であれ、元請建設企業と下請企業の間であれ、不信を生む要因となり、相互信頼関係に基づく協力を難しくするのは「情報の非対称性」であり、これらの健全な関係を築くためには透明性を高めたり、「見える化」したりすることを重視した点。

また、重層下請構造の存在を認めつつも、廉売行為など不当な取引については、ICT を駆使するなどして厳しく監視することによって弊害を除こうとする姿勢が見える点。これらの点は、関係者間取引は全てフェアにやりましょうと言っているように筆者には思えた。

 他を挙げてみると、民間建設工事標準請負契約約款の原則利用を促し、第31条(価格変動に伴う請負代金の変更を求める条項)が重要だとした点は、民間工事で顕在化した価格変動リスクへの緊急対応策の打ち出しと思われた。また、若干分かりにくいが、設計労務単価をベースに、「トンあたり、平米あたり等の単位施工量あたりの労務費を基準として」算出される「標準労務費」を求め、廉売行為を制限する水準として中建審が勧告するとした点は、特に目新しく感じた。

適正な労務費に関して「提言」pp.15-19では、フランスやスイスの産業別労働協約での協約賃金の例などをひきつつ、労務費を犠牲にした低価格競争に歯止めをかける仕組みを説明している。しかし、それは日本の労働慣行とは違うことの壁に阻まれている印象だ。それを代替するものとして、独禁法の不当廉売禁止の規定を挙げたが、同規定を元下関係に適用することの法制度上の論点整理が必要との記述に止まる。

 そこで、新たな施策として下請企業による廉売行為の制限(労務費を圧縮した安値競争に歯止めをかける)を目的に、設計労務単価相当の適正な賃金を支払うこと等を元・下間、下・下間の契約時に誓約させるコミットメントの取り組みを制度化(表明保証)、さらには、設計労務単価に基づく「標準労務費」を「通常必要と認められる原価」としての労務費に位置付けて、中建審が勧告することなどを提言した。最後の点ではCCUS の4段階のうちのレベル2~3を設計労務単価相当と捉えている。だが、技能労働者の賃金がなかなかそれに追い付かない現状において、中建審がこれらに踏み込めるか、そうなったとしても実効性を持てるのかは注視したいところだ。

 このように「通常必要と認められる原価」が絡む個所は、建築積算の今後を考える上で関係がありそうだ。この部分の「提言」の具体策の一つに、「材工分離により労務費を明示した標準見積書や請負代金内訳書を使用することをガイドラインにおいて規定」という文言もある。専門工事業の社会保険料の加入原資の確保を動機に始まった標準見積書は徐々に普及しつつあると考えてよいだろう。

標準見積書は業種によりタイプが異なるのだが、何らかの形で人件費相当の総額がわかる記載はあるものの、投入人工と材料価格が明示されたものはまだまだ少数派ではなかろうか。この例に漏れず、元下間で取り交わされる見積書は材工一式での表記が多い実態があるのではないか。もしそうならば、材と工の比が不明なままなのだから「標準労務費」による廉売行為を制限しようとする際に不都合が生じることになる。

これに関連して提言p.19には、「材工一式という形は、下請企業が、工事原価がわかりづらいという情報の片務性を利用して、発注者である元請建設企業との価格交渉において交渉力として活用してきたと考えられるが、廉売行為の制限により「標準労務費」に基づく労務費の支払いが期待されることから、価格交渉において情報の片務性を利用する必要はなく、積極的に材工を分離した見積りや請負代金内訳書を活用していくことが期待される」とある。これは今のところ楽観的な見通しだと筆者には感じられる。

何れにせよ、元・下間は当然のこととして、下・下間の廉売行為までが無くなり、協約賃金的なものが普及するような労働市場環境を形成できるか否かがポイントとなりそうだ。

 さらに、「標準労務費」に基づく適正な賃金が隅々にまで行き渡るかは、ICT の簡易な活用で「技能労働者が受け取る賃金の額を適時適切に把握することができる仕組みを構築することが求められる」としている。おそらくこれは、発注者や行政がCCUS のビッグデータを利活用することで、これまで元請建設企業の技術者が現場内で担っていた歩掛情報の採取に準じたことをシステム的にやるのかと想像する。CCUS は目覚ましい普及過程にあるのだが、タッチ率の向上も目標になっている。このシステムが労働実態をどの程度捕捉できるようになるかは、専門工事業の経営者や技能労働者自身がこの「提言」にどう納得したかに依存する面も大きいのではないか。

ひとつ気掛かりなのは予定価格の算定方法が「標準労務費」の考え方が普及した際にどうなるかである。公共建築工事の場合、元請建設企業と一次下請企業との材工一式での契約実態を調査会が3か月ごとに調べて公表する市場単価を使った計算が一定程度含まれている。1990年代に歩掛に基づく積み上げ積算が市場実勢に合わないことの反省から、施工実態等を的確に反映した適正な積算を求めて生まれた方式なのだが、再び時代をさかのぼることになるのか?という点である。


建設物価2023年6月号

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