建設物価調査会

建設業の2024年問題

建設業の2024年問題

一般財団法人 建築コスト管理システム研究所
総括主席研究員 岩松  準




 賃金労働者全てに適用される労働基準法は、1日8時間・週40時間の労働時間が原則であり(第32条)、毎週少なくとも1回の休日を設ける(第35条)等のルールがある。これを超える労働を時間外労働と呼ぶが、2019年4月からは月45時間・年360時間の上限が原則となり、特別の事情がある場合でも年720時間を超えることができない(第36条)。この上限規制は罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)付きである(第107~120条)。

ただし、「長時間労働の背景に、業務の特性や取引慣行の課題がある」とされた建設業(工作物の建設の事業)は、自動車運転の業務、医業に従事する医師等とともに5年間の適用猶予を与えられていた(第139条②)。しかし、来年4月からはこの時間外労働の上限規制が適用になる。関係業界では、これを「2024年問題」と呼んで対応を急いでいる。

 このうち、医師と自動車運転業の長時間労働は建設業よりも深刻なものがある(そのため、時間外労働の原則上限は年960時間に設定されている)。とくに後者の自動車運転業に対して政府が9月末に新たな「物流革新緊急パッケージ」策定を表明したのは、この問題への対処の遅れと、社会的影響の大きさが伺われる。荷主として建設資機材の運搬に絡む点からも建設業への影響は必至であり、今後はジャストインタイムの建設現場搬入が許容される余地は狭くなると覚悟すべきだろう。





 超えてはならない時間外労働上限の年720時間を単純に12カ月×4週で割ると週15時間で、所定内労働を40時間とすれば週55時間(1人当り、週当りの総労働時間)が一つの目安となる。原則上限の年360時間ならば週47.5時間の計算だ。これら上限を超える建設業労働者はどれほどいるのか?

 図1は総務省の統計を元に、建設業における週35時間以上の常用労働者の週労働時間数を調べたもので、数字を書き入れた部分が、これらの上限を明らかに超える人数割合に相当する。2012年は19.0+16.0=35%だったが、徐々に減って2022年では16.6+9.4=26 % となっている。

この統計は建設業全体を捉えたものだが、大手団体の日本建設業連合会(日建連)の7月公表パンフレット「建設業の担い手 働き方の現状」によると、2022年度の会員企業の非管理職約7万人に対する調査で、原則の上限規制(月45時間、年360時間まで)の超過が59.1%、法第36条の特別条項超過が22.7%あったとしており、上記の統計に比べるとかなり深刻な状況となっている。






 そもそもこの規制は労働時間数を減らし、週休二日を定着させることで、ワーク・ライフ・バランスを重視する若い世代の人材確保を図り、慢性的な人手不足を緩和する狙いが建設業界にはあった。一方で、残業時間減による手取り収入減を心配する声もあり、そうならない人事評価や賃金制度を促したり、模索したりする動きも見られた。

国交省直轄土木工事において、大企業で3.0%、中小企業で1.5%以上の従業員賃上げを表明した建設企業に総合評価加点する措置には、落札者の75%が賃上げ表明してその実績が確認された(建設通信新聞2023.9.5記事)というのもその一つである。中建審・社整審合同の基本問題小委員会が9月に公表した中間報告で位置付けた「標準労務費」も、技能労働者の賃金を底支えする意図を持つものと考えられる。





 残業規制が強化される2024年4月からは超過部分の労働時間が一段と削られる見込みだが、どれほどの実効性を伴うかは当事者や規制当局の取組み如何にもかかるので、未知数というほかない。というのは、猶予期間が置かれなかった製造業などの2019年前後の変動を上記政府統計で筆者が確認した限りでは、さほど極端な残業時間の減少が観察されないからである。同様に、5年毎に調査される総務省の就業構造基本調査(2022年)の集計でも、前回2017年の数値から減ったものの、週労働時間が60時間以上の労働者はどの産業にも一定数が存在するのだ。

 一方、表1に示す通り、「月間有効求人数」を「月間有効求職者数」で除して得る有効求人倍率(8月末時点)は、職業計の1.23倍に比べ、建設業の関連職種のそれは3.52倍~10.21倍と異常な高さだ。一般職業紹介を通じた入職や転職がこの業界に根付いていない可能性を排除できないが、建設業の人手不足の深刻さは慢性的であることも事実である。

 帝国データバンクの調べによると、2023年8月までに建設業の倒産は、1,082件発生した。既に2022年通年の件数(1,204件)に迫っており、この勢いは2017年以来6年ぶりとのことだ。

倒産の要因には「物価高」の影響がまず挙げられているが、近時は職人の高齢化に加え、若手や新卒人材の応募が少ないなど人材不足が目立つほか、長時間労働と給与等の待遇面に不満を持つ建築士や施工管理者など業務遂行に不可欠な資格を持つ従業員の離職・独立により、工事受注や施工そのものがままならなくなった中小建設業者の倒産が目立ち始めたという。

2024年4月からの時間外労働の上限規制が適用されれば、人手不足がいま以上に深刻化する、とのことだ。







 以上を踏まえると、建設業の総労働時間数(マクロな労働投入工数)の減少は必至と考える。ところで図2は、国土交通省の建設総合統計から全国建設業の手持ち工事高(黒)と出来高(赤)の関係を月次ベースで示したものだ。注2に計算したこれらの比は、工事受注がゼロとなった場合に何か月分の手持ち工事高があるかの値だ。

妥当値の水準は不明だが、2011年時点で手持ち工事高総額約20兆円、5~6か月分であったものが、2023年7月時点では約40兆円、8~9か月に増大した。その原因は毎月の出来高(施工消化能力)が受注の伸びに対応できなかったためである。今後、マクロな労働投入工数が落ち込む事態が予想される中で、毎月の出来高の維持は難しくなり、手持ち工事高がなお積み増される事態が続くだろう。

 筆者らの研究では建設業の労働生産性の伸びは限定的であって、話題に上がることの多いDX 推進だけでは消化能力不十分で、受注産業として需要者のニーズに応えきれない事態に陥ることがないか、と懸念している。




参考: 黒田祥子・首藤若菜・高橋泰「「2024年問題」の行方(上・中・下)」日本経済新聞「経済教室」2023年9月


 


建設物価2023年11月号

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