建設物価調査会

【建設時評】飴と鞭 

【建設時評】飴と鞭 

東北大学 災害科学国際研究所
准教授 平野勝也



 仙台市の都市計画図を見るたびに、悲しい気分になる。至る所に、ディベロッパーや地主に甘い姿が見て取れるからである。例えば、拡大時代の都市計画においては、郊外部のスプロールによって効率の悪い低密度市街地が広がることを防ぎ、密度を維持した高効率な都市を形成するために、市街化区域、市街化調整区域の線引きが行われてきたわけだが、仙台市には、市街化調整区域内に飛地としての市街化区域がいくつもあるのだ。

山の地権者から売却の内諾を得たら、ディベロッパーは適宜ロビー活動を行い、気がつくと市街化調整区域が市街化区域に編入されてきたということなのだろう。もちろん、人口増加の局面において、その受け皿としての宅地開発をどんどん進める必要があり、公的な面からも利害は一致したのだ。

 とはいえ、市街化区域内にも十分土地はあったはずなのである。なぜなら、市街化区域も十分大きくとるのが拡大時代は世の常だったからである。市街化区域と市街化調整区域では建築物の建築可能性が全く異なるために、地価が随分変わる。地主から反発が出ないよう、地価が高くなるように、もとより市街化区域は広めに設定されてきたのだ。どこの自治体でも広く設定しすぎた結果、そこには農地が多く含まれることになった。

農地であっても、いつでも宅地に転用して売れるので、資産価値としては宅地同様の価値を持つにもかかわらず、農地の固定資産税は劇的に安くあまりに不公平である。そこで農地を宅地並みに課税することにしたが、その引き換えに、生産緑地制度を作るなどしてガス抜きするなど、綱渡りの対応を国は取ってきた。全国の市町村で、市街化区域が大きく設定されていたため共通の課題だったのである。






 都心に目を移しても、仙台の都市計画図は残念さに溢れている。マンションしか建っていないエリアまでひたすら広大に商業地域に指定されているのだ。街中では商業地域が一番傍若無人に建築物を建設可能で、その分地価は高くなる。地主への気遣いである。こうして広めに都心の商業地域を指定するのも、別に仙台に限った話ではない。ともあれ各地で問題になっているように、仙台でも、そんな敷地に盛大にバルコニーがついたマンションが建ったすぐ後に、そのバルコニーから目と鼻の先に壁を持つマンションが合法的に建つことになり、盛大にバルコニーがついたマンションの住民が反対運動を起こして大騒ぎにもなった。

商業地域であるのだから、なんでもありであり、そんなところに盛大にバルコニーがついたマンションを建てるディベロッパーもディベロッパーだが、そんなマンションを買った住民が悪いとしか言いようがない。そもそも、ディベロッパーがそこを賃貸マンションではなく分譲マンションとしたのは、そうしたリスクをヘッジして、購入者に転嫁するためとも言える。

 もとより分譲マンションというのは、建主がその投資をする上での経営判断として、賃貸としてつまり資産として持ち続けることよりも、分譲した方が良いと判断した物件である。もちろん賃貸として長期的な投資とするよりも、短期的に投資回収できる分譲の方が資金繰り上有利とされるといったことはあるだろうが、原理的には長期投資が有利なら賃貸で持ち続ける選択肢もあるはずである。

いずれにせよ、分譲マンションというのは、そのような経営判断がなされた何某かのリスクを持っている物件を、賃貸マンションのオーナーが通常持つリスクに加えて、区分所有権者として区分所有権者間の合意をとりながら将来の修繕や建替えなどを実行していくという莫大なリスクを追加で抱えている物件であるということを、もう少し多くの人が理解した方が良いように思う。

 少し古いデータだが、国土交通省の社会資本整備審議会住宅宅地分科会の資料によれば、平成30年時点で分譲マンションストックは全国で約650万戸、そのうち200万戸が築30年を超えている状況で、マンションの建替を実施したのはたったの約2万戸に過ぎない。老朽化の際、すべてのマンションが建替えを行うとは限らないことを念頭においたとしても、これは区分所有権者の合意形成によって建替を実行することの困難さを如実に表しているように思える。

今後、地震などを受けて構造躯体の老朽化が進む中で、区分所有権者の資金力のばらつきであったり、合意を取ろうとしても区分所有権者が国内にいなかったり、さまざまな理由で、建替えはおろか大規模修繕などでも身動きが取れなくなり「負動産」となるマンションが激増していくのではないかと思われる。

 原野商法にやられた土地もそうだが、土地が細切れに所有されている状態というのはやはり土地を利活用していく上では本当に重い足枷になる。東日本大震災からの復興においても、高台移転の適地が共有地であるために諦めたケースも見てきた。

マンションではないが、仙台駅前の仙台で最も地価の高いさくら野百貨店跡地は2017年に当該百貨店が破産して以来、構想はあるものの未だ廃墟のままである。複雑な権利関係が背景にあるという話を聞く。ともあれ区分所有権による分譲マンションという制度は、合意形成の難しさで、その管理運営が暗礁に乗り上げやすいことは当然想定していたにもかかわらず運用されてきたものである。そうした意味でやはりディベロッパーに甘いということになる。





 総合設計制度もなかなかのものである。これは、市街地にビルやマンションを建てる場合、公開空地を設ければ容積率にボーナスがもらえるという制度である。容積率規制と言うのは、原理的にはその場所の道路やライフラインの容量との調整をするためにある規制だと思うのだが、総合設計制度では公開空地という公共のための広場や歩道状空地を用意すれば、容積率ボーナスがもらえることになっている。喫煙者がなぜか国鉄の借金返済をさせられているほどには筋悪ではないが、公開空地を作るとなぜ道路やライフラインが増強されたことと同じになるのか、筋の通った理解は全く不能である。

建築行政と土木行政が縦割りで交流がないため、実は容積率規制そのものも、道路やライフラインの容量とは無縁になんとなく決まっているために、実際にボーナスをもらって、より強くその土地を利用しても、当座下水管の容量が足りなくなったりはしないのが実情ではあるのだろうが、そうであれば、その元々の容積率規制はどのように財産権の観点から正当化されるのか、なかなか理解に苦しむ。

 しかも、総合設計制度はマンションでも適用可能である。市街地においてマンションが建つようなエリアというのは、そもそも人通りはそんなに多くないはずだ。人通りが少ないところに公開空地を作っても、利用するのは当該マンション住民が中心になるのではないかとさえ思う。なんともはや、ディベロッパーに甘いと言う他はない。









 さて、こうした制度運用や制度設計を悪者として扱ったが、人口増加の時代において、実は悪者ではなかったと思っている。過去の話を今の価値観で論じてはならない典型である。人口が増える。都市化が進む。IT 化などによりオフィス需要の質が変化する。拡大の時代において、都市がこういったことに対応していくためには、適切にオフィスや住宅や店舗がどんどん供給されていく必要があったのである。

多少規制を甘くすることで、もしくは投資リスクを居住者にヘッジすることで、地主やディベロッパーがその供給に応えてくれるのであれば、それでよかったのだ。つまり適切に都市が発展してきたのであれば、その「甘さ」も正当化されるべきである。都市計画による規制は、都市が活力を持って発展するための、手段であって目的ではないのだから。まさに飴と鞭によって人口増加や都市の拡大を適切に誘導していく必要が確かにあったのだから。

 つまり、人口増加の時代は旺盛な建物需要に対して、どう供給するかが社会的なボトルネックであり政策課題だった。なので供給を適切に実施するためには、必要であるなら、別に供給者に甘くて良かったのである。

 しかし、これからは人口減少の時代である。人口減少の中で、さまざまな床が余っていく中で、どうやって適切に需要を喚起しつつ、より効率的な都市構造、地域構造を実現していくかが課題である。社会的なボトルネックは供給側ではなく、需要側なのである。成長時代のような供給側への飴と鞭をどれだけ使っても、需要側には全く影響しない。需要側に働きかける、新しい都市計画、住宅政策が求められているのである。




建設物価2023年12月号

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