建設物価調査会

水災害を自分事化し、総力を挙げて流域治水に取り組む 

水災害を自分事化し、総力を挙げて流域治水に取り組む 

水害リスクを自分事化し、流域治水に取り組む主体を増やす流域治水の自分事化検討会でのとりまとめ

国土交通省 水管理・国土保全局 河川計画課 磯邊 則親





はじめに

 水災害対策は、明治時代以降、河川法や水防法の制定によって、国や都道府県を中心とする河川管理者がその主体となり、水防は地方公共団体がその責を担うようになり、公的機関が中心となって効率的に対策を行って、大幅に被害を減らすことに成功してきた。

しかし、昨今の気候変動による水災害の激甚化・頻発化を前に、社会資本整備審議会河川分科会では、「あらゆる関係者が流域全体で行う流域治水への転換」が答申され、その後、令和3年11月には流域治水関連法が全面施行された。流域治水を進めるためのさまざまな制度が拡充され、現在では、「流域治水の推進に向けた関係省庁実務者会議」も組織されている。

 流域治水の取組には、住民や企業など、より多くの関係者の参画が欠かせない。激甚化・頻発化する水災害から命を守り、被害を最小化するためには、住民や企業などが自らの水災害リスクを認識し、自分事として捉え、主体的に行動することに加え、さらに視野を広げて、流域全体の被害や水災害対策の全体像を認識し、自らの行動を深化させることで、流域治水の取組を推進していく必要がある(図1)。

 このため、令和5年4月に有識者からなる「水害リスクを自分事化し、流域治水に取り組む主体を増やす流域治水の自分事化検討会(以下、検討会と呼ぶ)」を設置し、住民や企業等のあらゆる関係者による持続的・効果的な流域治水の取組の推進に向け、行政の働きかけに関する普及施策を体系化するとともに行動計画をとりまとめた。本稿では、検討会での審議やとりまとめの概要について紹介する。


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自分事化に向けた論点整理

(1)知ることと行動をつなぐ自分事化
 水災害の激甚化・頻発化によって、住民や企業が水災害のニュースに接する機会が増えてきている。また、近年では、頻発する水災害の被害を減らすべく、リスクが高まった段階で、鉄道の計画運休や、道路の予防的な通行止め、学校の休校、店舗の休業等、事前の備えが取られるようになったことから、その影響を自身が受けることによって、水災害の発生を知ったり、意識が高まる状況が生じている。

 実際、令和4年に実施された内閣府による「防災に関する世論調査」からも、「台風情報や大雨情報を意識的に収集するようにしている」と答えた人の割合は77.2%にのぼり、平成21年における同様の調査結果が39.9%であったことを考えれば(※質問方法が異なり単純比較はできないが傾向を示すために提示)、台風情報や大雨を意識する人が大幅に増えていることが分かる。

 このように、水災害について知る機会が増え、社会的な意識の高まりが感じられるが、そのことが必ずしも、水災害から自身の身を守ったり、地域のため、流域のための行動に直結するとは限らない。知ることが行動に結びつくためには、水災害が自分に関係のあることと認識する、関わらなければならないと思う、具体的な行動内容を認識するなど、さまざまな動機づけ、心への働きかけにより関心や態度が醸成され、水災害が「自分事化」される必要がある。

 検討会を開催する上では、この自分事化に議論の軸足を置き、委員長の国立研究開発法人土木研究所水災害・リスクマネジメント国際センターの小池俊雄センター長をはじめ、河川工学、地方行政、防災まちづくり、防災心理学、災害伝承学、農学、生態系、エネルギー、不動産、保険、観光、メディアなど各分野の有識者に参画いただいた。検討会は令和5年4月28日に始まり、計3回開催され、事例紹介や活発な議論をいただいた後、同年8月、提言となる「水災害を自分事化し、流域治水に取り組む主体を増やす総力戦の流域治水をめざして」を公表した。

 以降に、検討会における議論を交えながら提言の内容を紹介する。



(2)総力戦に向けた課題

 検討会では、昨今の水災害の発生状況や、将来予測、そして流域治水の概念や推進状況を共有した上で、知ることと行動することのギャップを埋める自分事化が重要であることを論点として意識しつつ、流域治水が持続的、効果的な取組となり、国民運動となるためには何が必要か、課題、取組方針や具体策を議論、整理した。

 課題としてはまず、個人、企業が、水災害のリスクが高まった際に身を守る行動をとったり、住む場所や操業拠点の水災害のリスクを考慮するなどの基本事項が社会に根付くこと、そして、その考え方や行動が他者や地域に広がり、さらには、その視野が流域に広がる機会の創出が挙げられた。

 そして、国民が総力を挙げて流域治水を推進するためには、行政機関による水災害対策だけでなく、地域住民の相互協力や企業の活動によってその実効性が高まり、かつ、それが地域の持続可能な開発につながっていくという考え方が社会全体で一般化されることが望ましく、そのためには、個人や企業に流域治水の意義や効果の理解浸透が進み、取組が広がっていくことが重要な社会課題となる。

 例えば、地方公共団体がまちづくりを行う上でも、賑わいや利便性の構築、コミュニティの強化などとともに、水災害に対して強靭であることが持続可能な開発につながるという認識を地域で共有できるかが鍵で、気候変動という危機への対応の中で、流域の、地域の一人一人の幸福(wellbeing)の実現を目指す、明るく建設的なビジョンを持つことが大事というわけである。



(3)自分事化に向けた取組方針

 このような課題認識に基づき、取組方針を次のように掲げた。


 まずは、水災害が身近に起こり得るものであり、自分に関係するものであることを、公共機関等から発信していくことや、暮らしの中でリスクを知ることができること等、流域治水の必要性や意義を知る機会を増やすための取組である。特に、国土交通省が令和5年に実施したインターネット調査の結果からは、約8割の人が流域治水の内容をよく知らないと回答しており、流域治水に対する認知を促していくことが重要である。

 続いて、防災教育等を通じて知ることと行動のギャップを埋めていくこと、そして、個人の特性や、流域治水の浸透の段階に応じて、実際の行動を促し、流域治水に関して具体的な行動をとる主体を増やしていくことである。

 ここで重要なこととして、本来的には、知ると行動のギャップを埋めることが自分事化ではあるが、十分な知識や理解がなくとも、興味・関心等に伴う感情の動きによって、個人や企業がまずは行動から始めることや、一度行動を起こすことで知識欲が掻き立てられ、認識を深めたり自らの行動を改善するなど、行動が知ることにつながることもある。

 そのため、検討会では、知ると行動のギャップを埋めることを自分事化の基本としつつも、多様な自分事化のケースがあることを想定し、包括的に自分事化の好循環(スパイラルアップ)を生み出していくことが重要であるとの認識が示された(図2)。

 さらに、流域治水を持続的、効果的に推進していくため、地域コミュニティを介することで、各者の取組が共有化され、地域の取組として「自分達事化」されることを含め、さまざまな相乗効果が生まれることに加え、水災害が日々の暮らしの中でも意識できる環境が形成され、社会の雰囲気が変わり、ひいてはそれが国民運動化し、文化となっていくことを理想とした。

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着眼点と具体策

 上述の取組方針に基づき、下記5項目の着眼点と具体策が提言され、国土交通省として推進する個別施策が示された。(図3)は、個別施策を示すもので、自分事化のプロセスや流域への視野の広がりに応じた施策が分かるように配置した。


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(1)知っている人を増やすことと伝え方の工夫

 まずは「知る」に対応するもので、いかにして水災害のリスクや流域治水の必要性について考える機会を創出できるかである。具体策としては、情報発信やインフラツーリズムとの連携が挙げられた。検討会では、気候変動が進み「他人事化できない」状況であることなど危機感を持つことの重要性が指摘される一方、災害を起こす河川も、地域に自然の恵みや潤いをもたらす存在であることを伝えていくことの必要性も指摘された。そうすることにより、個人や企業の関心が自然と水防災に広がり、水災害が自分事化されることが望ましい。

 着眼点としては「伝え方の工夫」が挙げられ、地域の活性化に取り組む委員の経験談を基にしたコラムが提言に含まれ、ネガティブなことをポジティブなことに発想を転換すると良いことなどが説かれている。

 国土交通省が推進する個別施策としては、SNSからの情報発信、インフラツーリズムとの連携、リスク情報の周知など、既存施策を強化していくものと、「流域治水の日・週間」の設置のように、新規の施策も盛り込まれた。



(2)自分事化の機会創出と手段

 続いては「自分事化」(自分事と捉える)に対応するもので、個人に向けては、防災教育の推進と、地域における水災害の記憶の伝承が中心的な内容である。平成30年7月の西日本豪雨で甚大な被害を受けた岡山県倉敷市では、小学校で防災教育が定着していることや、時間の経過とともに市民の記憶が薄れる実態について委員から紹介があり、改めて防災教育が自分事化に対して果たす役割についての認識を深めた。

 企業向けには、気候変動のリスク軽減やその情報開示を積極的に進めることが投資の呼び込みなどにつながる状況を捉え、政策的なインセンティブの付与や、防災・減災ビジネスの推進のためのオープンデータ化を推進することなどが具体策として挙げられた。個別施策としては、企業が自社の流域治水への取組をアピールすることができる仕組みとして、「流域治水オフィシャルサポーター制度」の創設が盛り込まれている。

 また、社会全体で目指すべき目標や、自身の取組の位置づけや効果を把握できる施策として、流域を仮想空間として可視化し、さまざまな対策の効果を見える化できる「デジタルテストベッド(流域デジタルツイン)」の構築が盛り込まれた。河川上流における取組がもたらす下流への効果や、周辺地域に対する効果が分かることは、自分事化、自分達事化につながりやすいと思われる。



(3)自分事化を促す相手の把握と絞り込み

 3つ目は、どのような主体が、誰をターゲットとして自分事化を促すのか、発信側、受け手側の属性把握の必要性が述べられている。上記(1)(2)の具体策、個別施策は、この(3)が戦略的であることで効果や価値が高まると考えられる。

 発信側は、キーパーソン、リーダー、インフルエンサーと呼ばれる人々の存在に着目した。特に近年、防災士の資格取得者の増加や、各地域での気象予報士の活躍が見受けられ、このような自発的な動きを活用していくことや、河川ごとの特徴に応じたさまざまな個人や団体との連携を想定した。

 受け手側は、その属性や地域社会の状況によって課題が異なるため、各地域でそれらの状況を踏まえた連携方策を検討することが望ましいとしたが、ここでも防災教育の重要性が認識され、将来の地域を支える子供自身が中核となって考え、家族も巻き込んで具体的な行動につながるようにしていくことが重要であると指摘された。

 また、要配慮者に対する持続可能な災害時のマネジメントの構築や、SDGs について自分自身で理解し取り組み、積極的にボランティア活動に参加する若年層への訴求が重要であることも議論となった。



(4)主体的な取組が進むための環境整備

 ここからは、取組を実行するための仕組みづくりに関する内容が中心となっている。河川と人との関わりを見ると、河川は、時に水災害をもたらすものでもあるが、生活や各種産業に必要不可欠な水資源でもあり、また、人々の生活に潤いを与える水辺空間あるいは自然環境そのものである。河川法の目的に治水、利水、環境の3本柱があるように、流域治水の推進にあたっても、洪水から人命と財産を守る狭義の流域「治水」と、まちづくりと農業のように、住まい方や地域における資源の「利用」、それと、生態系等の「環境」を含めて取組を進める必要があることを検討会は指摘し、より多くの関係者に流域治水への参画を促していくためには、治水だけでなく、多様な観点からのアプローチ(図4)が必要であるとされた。

 検討会ではさらに、課題や事例、知恵の共有・分析が重要であり、各流域においては、各主体が参画する流域治水協議会のような場の活用が想定されるとの意見があった。全国的な視点では、各地の取組を集約し、各流域間・主体間で共有・連携していくためのプラットフォーム(全国流域治水MAP)の構築が個別施策として盛り込まれた。

 一方で、検討会では、社会のモードチェンジの必要性・重要性について議論があった。SDGs の取組のように、かっこいい、当たり前といったポジティブな感情からの行動や、同調圧力や不安が作用するネガティブな感情(例えばコロナ禍のマスク)からの行動など、いわゆる「情動」が人を動かすことから、公衆衛生学や行動経済学の要素も取り込みながら、さまざまな情報発信を通じて、戦略的に社会の雰囲気を変えていくべきといった意見も出された。

 また、機関投資家等に対して、流域治水の重要性について理解を深めてもらった上で、協力を仰ぎ、投資家側から企業に取組を促すことも、企業の自分事化に効果的であるとの意見が出された。

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(5)持続的に流域治水を推進

 最後に、持続的に流域治水を推進するために必要なことが述べられている。流域治水のことをよく知らない人が8割いる中、まずは「トップランナー」が取組全体を牽引するよう、その顕在化や育成が重要であり、こうした存在が、全国でファシリテーターとなって流域治水を伝えていくことも想定される。そのための個別施策として、各主体にとってモデルとなる先進的な取組を示し、これを増やしていくための表彰制度(流域治水大賞)や地域の防災の牽引役となる人材の育成が盛り込まれた。

 また、流域治水の推進を図るにあたっては、それが地域の安全や持続的な発展にどうつながるのか、取組の目的や方向性、ビジョンを示し、地域単位で取り組むことが有効である。例えば、農地において、水田の貯留を強化したり、農業水利施設を適切に管理すること等が地域や営農の持続的な発展につながるだけでなく、流域治水の取組としてみても有効であるとの観点から、地域の農家および水利組合や土地改良区といった農家同士のつながりである水を管理する「組織」と、地域社会の関係者が一体となって取組の実行を支援する体制づくりが重要である。

また、直接的な水災害対策のみを考えるのではなく、生態系の保全、産業の持続性向上等、さまざまな取組が流域内で行われ、これらを含め地域の持続的な発展につながるようにしなければならない。そのため、いわゆるグリーンインフラの活用や、土地利用のあり方なども含めて、総合的に取り組んでいく必要があることが指摘された。より多くの関係者を流域治水の取組に引き込むためにも、水災害対策を優先的な課題とするのではなく、それぞれの活動の中で、水災害時のことも認識してもらえるよう、多くの主体の理解が得られるような形で進めることに留意する必要がある。






提言まとめ

 水災害の自分事化の観点からは、河川の恵みなど、ポジティブな面を見ることや発想転換の重要性が示唆され、自分事化は一方通行ではなく、多様なプロセスがあることから、知る機会の創出や、水害伝承を含め防災教育による自分事化を図ると同時に、情動に訴えるべく社会全体の雰囲気を変えていくことも重要とされた。

 流域治水の推進にあたっては、流域の、地域の一人一人の幸福(well-being)の実現を目指す、明るく建設的なビジョンを共有しながら、治水、利用、環境のさまざまな側面からのアプローチが必要であることが示され、そこでは、人と人、自然と自然、自然と人のさまざまなつながりがあり、そのつながりを捉え、各流域の特性に応じた具体施策を展開していくことの重要性が述べられている。

 流域治水のトップランナーの取組を全国流域治水MAP(図5)のようなプラットフォーム使って集約し、流域間で共有していくような、まさにつながりのある展開を図ることで、流域治水に取り組む主体が増え、水災害の自分事化から流域に視野が広がっていくことを期待したい。

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 総じて、水災害の自分事化を図り、総力を挙げて流域治水を推進していくためには、流域を俯瞰しながら、包括的、総合的に取組を進めていくことが必要であるとのまとめになる。まさに、「byALL」(図6)で取り組んでいくものが流域治水である。今後、提言を基に施策の具現化を図ってまいりたい。

 本稿では、提言の概要を紹介することにとどまり、各委員からの貴重な意見や議論の具体内容を紹介するに至っていない。是非、提言本体をご一読いただければ幸いである。





水害リスクを自分事化し、流域治水に取り組む主体を増やす流域治水の自分事化検討会URL:https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/suigairisk2/index.html




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