建設物価調査会

【建設時評】借家人の投資を承継する

【建設時評】借家人の投資を承継する

明海大学 不動産学部 教授 中城康彦


 日本では公共の福祉と私権の制限との関係(公法)では私権,わけても所有権が強いとされ,土地については “所有権絶対” といわれるほどに強大である。半面,土地建物の貸主と借主の関係(私法)では借主が保護され,所有権にもとづく所有者の自由な活動は制約される。貸主,つまり所有者は強く,借主は弱者であるから,公平の観点に鑑みて制約は妥当とされてきた。

 空き地や空き家問題の顕在化,換言すると建築ストック活用の不如意は,強い筈の所有者の活力の逓減を示している。所有者の活動のみに依拠する限界を認識し,補完する仕組みの社会化が建築ストック活用の要諦となる。

 日本の不動産利用権は所有権,借地権,借家権に大別できる。所有権は使用・収益・処分権を包含する大きく永久の権利である。価格は一般に高価で,普遍的な資産価値があり資産形成が可能である。抵当権を設定して融資を受け(金融機能),より積極的な経済活動が可能となる。所有権は適切に行使される限り,権利面でも経済面でも強大である。

 賃借権は所有者等から借りた賃借物を利用する権利である。建物賃借権(借家権)の内容は契約で決めるが,一般に期間は数年程度,用途や空間の変更が困難など制約が大きい。利用権の価格(賃料)は安価な半面,資産価値がない。抵当権が設定できず,日本の賃借権に金融機能はない。権利の面でも経済の面でも非力な位置づけである。

 借地権は他人の土地上に建物を所有するための権利で,借地権者は借地上に建物を所有して利用する。定期借地権制度が創設されるなど適切な活用が期待されながら,普及ははかばかしくない。

 英国は借地の国で,国王から土地を借りて利用するといわれるが,正確ではない。借地権は土地所有者と建物所有者が異なる場合に必要な概念で,建物が土地所有権に含まれる英米法では,日本でいう借地権が発生する余地がない。

 英国ではリースホールドを柔軟に利用する。リースホールドはフリーホールダーが保有する建物部分を借りて使うから,借家権と解するのが現実的だ。期間は1年程度のものから99年,125年,250年,さらには999年のものもある。短期のものは日本の借家権と同様だが,長期のものは維持修繕を借主が行い,不要になれば “借家権を譲渡” する。管理が良好,市場が上昇基調などの場合は,“借家人がキャピタルゲインを得る” から,日本の所有権に近似する。キャピタルゲイン狙いで積極投資するリースホールダーも少なくない。

 不動産市場が所有権,借地権,借家権に分断され,プレーヤーも価格理論も相違する日本と比較すると,“融通無碍なリースホールド” が時間と空間,権利と価値を繋ぎ,多様なプレーヤーが自分の得意な断面で市場に参加して,市場の活性化と建築ストックの蓄積に貢献する。

図 分断された不動産市場をつなぐ仕組みの必要性

 日本の不動産法制を経済面でみる場合の課題として,借家人の投資を歓迎しない点が指摘できる。借家権は借家法(大正10年)で規定され,今は平成3年新設の借地借家法が規律する。“弱者である借家人” について権利(法的側面)は強く守られる一方,価格(経済的側面)への配慮は十分でなく,縮減する方向にある。所有者の力量の相対的な低下を補うためには借家権の経済的側面に光を当てることが有用である。

 現行法は,賃貸人は賃貸物の使用,収益に必要な修繕義務を負い,約定どおり利用できる状態を保持する義務を負う。安い賃料で賃貸した古い建築ストックで雨漏り等が発生する場合の修繕費用は賃料収入の何年分にも相当することがある。

 賃借人からの契約解除は実質上いつでも可能な一方,賃貸人からの解除には「正当事由」を求めて厳しく制限し,借家権の保護を図る。中途解約や更新拒絶が制限され,どうしても退去してほしい場合は経済的給付(立退料)を支払わざるを得ない。

 家賃を増額しない特約は確定的に実行される一方,増額の特約は事情変動による減額請求に劣後し,確実に実行されるとは限らない。契約にかかわらず家賃減額が可能な日本の(普通)借家権契約は “精神規定” に留まり,貸主は収入を確定できない。

 家賃不払いや用法違反など賃借人の債務不履行は契約解除事由となるが,それが明白でも直ちに契約解除できず,“信頼関係が破壊されるほどの契約違反” と裁判所が判断して初めて解除できる。家賃を払わない借家人でも退去するとは限らない。賃貸すると損失が発生するリスクが重層して “貸さない方がまし” となって,ストックの遊休化を促進する。

 令和2年施行の改正民法は,賃借人は賃貸借契約終了時に原状回復義務を負うと規律した。トラブルが多いことから国土交通省がガイドラインを定めるなど,原状回復は不動産賃貸市場で一般的な慣行となっていることが背景にある。

 賃借人に原状回復義務を課すことは,1)賃借人が賃借物に行った追加投資に利用価値があるとしても退去時に撤去を余儀なくされる(利用価値の消除)。2)賃借人は撤去費用を負担する(撤去費用の負担)。3)契約時の仕様への復元工事が必要となる(復元費用の負担)。加えて,4)新しい賃借人が改装する場合は3)を撤去することとなり四重の無駄となる。

 原状回復の慣行は社会的な無駄となるほか,賃貸人,賃借人の体力を削ぎ,両当事者をして現況を変更することを臆病にさせ,追加投資を抑制する “空き家化促進制度” の側面がある。

 国土交通省は住宅の賃貸流通を促進する方法として DIY 型賃貸借の検討を進め,平成28年に契約書式例と「DIY 型賃貸借のすすめ」を公開した。賃貸人の許諾を前提に,賃借人が内装や造作を自ら,または専門家に依頼して整え,“自分風” の賃借空間を享受する一方,退去時の原状回復義務が免除される。

 休化ストックの活用にはこれを発展させ,借家人が追加投資した造作等を当該借家人の資産と認め,譲渡可能性や換価性をもたせて,借家人の資産形成を可能とすることが有用である。一般に日本では借家人は資産形成できないが,譲渡可能な借家権を設定して隘路を解決する。借家人であっても創造力や活力を発揮することで資産形成が可能な枠組みが準備されれば,若者や高齢者,主婦など,期間や資力にかかわらず,多様な活力の受け皿となることが可能となる。セルフリノベーションの動きに端緒が見える。健全な発展を見守りたい。



建設物価2024年2月号

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