~新たな造園事業領域への期待~
造園建設業は、生き物である植物や自然素材である石などを取り扱うため、竣工後の樹木の成長や据えた石の色合いの変化、周辺環境への影響を考慮するなど、時間軸を意識したものづくりが必要とされる。
例えば、石積み一つとっても、使用する素材や形、積み方により表情は大きく変わるため、設計者の意図を汲み取る必要があり、その仕上がりは施工者の経験に大きく左右されるのも造園建設業の大きな特徴である。
造園工事業の領域は、伝統的な作庭技術が求められる日本庭園のほかにも、公園や道路、河川、港湾などの都市インフラや、より広域な自然空間までを対象としている。
そのため、保全・創造を行う総合的技術として、関連する土木、建築、環境、生態系などを含む幅広い知識と技術が求められる。
これらの造園工事業の特性と多様な工種に対応する施工技術の総合性などにより建設業法による「指定建設業」とされており、「建設工事の例示」において、植栽、景石、園路・広場、水景、屋上等緑化の工事に加え、植物を育成する工事としての「緑地育成工事」も示されている。
(市場規模)
建設工事施工統計調査(国土交通省)による造園工事の完成工事高は、1995年度に約1.1兆円であったものが2017年度には約4,000億円まで落ち込んだものの、2020年度には約7,000億円台に回復した。これは建設業全体と類似の推移を示している。
今後は、高度成長期に設置された公園や緑地の改修工事や、大きく育ち過ぎた樹木の更新など公共工事として発注されることが推測される。民間では、都市圏での再開発に伴う工事や、インバウンドの回復による需要にも期待したいところである。
また、造園の事業は工事だけではなく、植物の生産や育成管理、都市公園などのマネージメントサービスまで含まれるため、造園関連事業全体の市場規模は、拡大していると推察される。
(雇用環境と人材育成)
豊富な経験と高度な技術力を有する中核的な熟練技術者、技能者の高齢化と退職等により、技術・技能の承継が困難になり、新規入職者の確保と定着が課題となっている。
このような状況に対応するため、(一社)日本造園建設業協会(以下日造協)では、委員会を立ち上げ、就業環境の改善や担い手の確保・育成を計画的に推進するさまざまな活動を実施している。
まずは、2024年4月から適応される時間外労働の上限規制に対応すべく、会員各社の生産性向上や現場での取り組みの事例などを集約し情報共有している。
次代の造園工事業界を担う若手経営者・役員で組織する「地域リーダーズ」は全国的ネットワークを構築し、全国各地で活躍する女性の造園技術者や経営者などは、子育てとの両立や復職の経験談など、実体験に基づく役立つ情報をとりまとめた冊子の作成・配布や、造園業の仕事の内容を分かりやすく説明する出前講座を全国で開催している。
また、施工現場の第一線で施工管理に携わる技術者を対象には、より良い造園空間の創出を目指して植栽や剪定、石工事など造園工事の代表的な工種のおさまりや出来栄えなどを判断できる「眼」を養うための研修会の開催や造園CPD プログラムへの積極的な参加の啓発なども行っている。
高等学校、専門学校、大学等で造園の施工や設計を学ぶ若者たちに向けては、造園製図技術の向上のため「全国造園デザインコンクール」を1974年から毎年主催しており、毎回400点以上の応募作品が寄せられている。近年の傾向では、住宅や公園、商業施設などの緑空間に、メンタルヘルスやSDGs、グリーンインフラなど社会課題にも対応した作品も多くみられ、新たな感性にあふれた作品が増えている。
他の業種と同様に、造園工事業でも人手不足は課題であるが、工事だけではなく、指定管理者制度や公募設置管理制度(Park-PFI)が導入されるなど、公園を含む施設管理運営や、事業者とのタウンマネジメント、緑を通じたコミュニティ形成の一端を担う機会など、新たな感性を活かせる場としても今後さらに重要度を増し、企画、計画・設計、運営など造園工事業の新たな事業領域に対応した雇用創出の場となることが期待される。
造園に関する資格制度には、国家資格である技術士や造園施工管理技士、造園技能士の他にも多くの民間資格があるが、日造協では、造園施工のスペシャリストとして活躍できる専門家を育成し活用を図るため「街路樹剪定士」、「緑地樹木剪定士」、「植栽基盤診断士」の資格制度を創設し認定を行っている。
今後ますます重要となる社会資本の維持管理および更新を確実に実施するためにも、必要な知識と技術を保持した技術者を認定した民間資格の活用が進むことを期待したい。
日造協の資格制度
『街路樹剪定士』
街路樹は、都市空間に自然の潤いを与えるとともに、並木の美しい景観が最も身近な緑として人々の心を癒すだけでなく、二酸化炭素の吸収固定、ヒートアイランドの緩和、野生生物の拠り所など街路樹の役割は多彩に広がっている。
一方で、自然林や公園などの樹木に比べ、狭い歩道や植樹桝、上空の電線、多様な地下埋設物、排気ガスや踏圧、建築限界など多くの制約の下で常にストレスにさらされる街路樹の生育条件は非常に厳しいものである。台風による倒伏などを予防し、安全で良好な景観を維持するためには適切で継続的な剪定を伴う育成管理が求められ、街路樹に関する総合的な知識と実行能力を有した街路樹剪定のスペシャリストの存在が重要となる。
このような状況を背景にして、街路樹の植えられた道路空間における目標樹形の設定基準を明確にし、技術力をさらに向上させるために、日造協では1999年に「街路樹剪定士」資格制度を発足させた。
2022年度末で認定者数は約15,000名となり、街路樹の剪定を実施する際に、街路樹剪定士の現場常駐や入札参加要件になるなど発注機関による活用も広まっている。
街路樹は植栽時からの時間経過とともに生育するため大径木化が進み、多くの地域では、狭小な植栽桝に植栽された樹木で根上がりによる歩道舗装の持ち上げや、樹木の老齢木化による落枝、倒木の可能性が高まるなどの課題が多く見られる。
良好な道路景観を創出するためには、植えられた場所の空間や管理水準など条件を考慮し、①中長期的な管理目標樹形の設定、②適切な技術による良好な樹木の育成管理、③剪定後の評価システム、④老齢木化した街路樹は更新や他の樹種に植え替えるという考え、が必要である。
『緑地樹木剪定士』
公園や緑地の樹木は、老齢木化や不適切な管理により、枯枝の落下や倒木が危惧されるなど、管理上の新たな課題が顕在化している。近年は、樹木の良好な育成や安全対策の実施を通じて、公園や緑地の機能の保全・確保・向上が求められている。
こうした状況を踏まえ、剪定に関する知識と剪定技術に加え、公園や緑地の樹木に関する基礎的な知識を有し、植栽された樹木の価値をより発揮させるために剪定整姿などの適切な育成管理や日常の安全点検を行うことのできる技術者を養成するため、「街路樹剪定士」をベースに、新たに日造協では2023年に「緑地樹木剪定士」資格制度を創設した。
2023年度末での認定者数は約2,000名になる予定で、公園や緑地の管理者とその利用者の間に立ち、多様な条件に植栽された樹木の適切な管理手法を提案し、自ら剪定ができる「緑地樹木剪定士」が今後活躍し、利用者がより安全で快適に利用できる緑化空間が増えることを期待したい。
『植栽基盤診断士』
植栽した植物が良好に生育するためには、水や養分を吸収する根の生育基盤となる土壌環境が適正であることが必要となる。植物の根が支障なく伸長できる広がりと深さを確保し、適度な透水性や硬度を保ち、有害物質を含まない「植栽基盤」の整備が重要である。
植栽基盤診断士は、植栽基盤・土壌・植物・植栽に関する知識と経験があり、土壌調査・診断結果をもとにした処方能力を総合的に備え、植栽基盤“植物が良好に育つ土壌環境” を整える専門家である。
資格制度創設の背景として、公園や道路などさまざまな場所での緑化が進められるとともに、植物の生育不良や枯死が問題となる中、建設省(現 国土交通省)の土木研究所の協力受け、「植栽基盤の造成技術に関する共同研究」により報告書をとりまとめ、現場で活躍できる専門家育成のためのカリキュラムやテキストなどの研修体勢を整え、2003年に資格制度を創設した。
2022年度末までの認定者数は約1,700名となり、植栽施工の現場で、植栽基盤診断士による土壌の調査、診断が特記仕様書に明記されるなど、資格者の活用が進んでいる。
都市で緑化される場所は造成地がほとんどであり、前工事や重機の影響により土壌が固結し透水性が不良となっている事例が多い。植栽した植物が良好に生育するためにも、専門の知識を持った資格者を増やすとともに工事関係者に植栽基盤整備の重要性を啓発したい。
都市公園をはじめとする緑のオープンスペースは、潤いのある景観形成とともに、人々の暮らしに快適な空間を提供するだけでなく、雨水貯留や生物多様性の確保といった都市環境の保全や地域の交流の場としても社会的なニーズは高く、災害発生時には避難場所や対策基地としての役割を併せ持つ場所ともなる。まさにグリーンインフラそのものであると言える存在である。
人口減少・高齢化が進む中で、緑のオープンスペースが持つ多機能性に着目し、新たな緑地・広場の創出と既存の都市公園の活用により、緑や自然豊かな生活環境を提供することで、子育てしやすく老若男女がともに健康に暮らしやすい安全で安心な街づくりを実現し、人口増加に結び付いている大都市圏近郊の都市もある。
激甚化・頻発化する大規模自然災害や感染症の拡大など、人々の暮らしに大きな影響を及ぼす事態が多発しているが、造園工事業がみどり豊かな安らぎの空間を提供することで、人々の心身ともに健康的な暮らしに貢献することと確信している。
造園的な視点に基づいた技術や知識は、新たな造園空間の創出だけではなく、既存の施設をより快適に利用しやすく活性化できるよう、都市公園等の公共緑地空間で、指定管理者やPark-PFI による民間の持つ総合的な緑地マネージメント能力を発揮している。
四季の変化に富んだ景色を楽しめる日本庭園は、外国の人々から高い関心を持たれ、国際園芸博覧会に出展される日本庭園は常に好評である。
また、海外にある日本庭園を良好な状態で保全、管理するために、日本の伝統的造園技術を現地の管理担当者へ伝えるなどの活動も行われている。
2025年の大阪万博や2027年の横浜で開催される国際園芸博覧会など、世界から多くの人々が日本を訪れる機会に、日本の魅力を発信する重要なコンテンツとして日本の造園文化と造園技術がさらに広く活用されるよう期待したい。
造園工事業は、持続可能な都市開発や自然環境の保全において不可欠な役割を果たし、都市部や地域コミュニティの緑化や公共緑化スペースの創出、または気候変動への適応策としての緑のインフラ整備など、ますます需要が高まることが予想される。
さらに、人々のライフスタイルや価値観の変化に合わせて、屋上や壁面、室内の緑化など、新しいトレンドやアイデアが採用され、緑化空間をより魅力的で機能的なものを開発するなど、造園工事業も変革を遂げている。
多岐にわたる側面で重要な役割を果たす造園工事業は、持続可能性と革新性を組み合わせたアプローチが今後ますます求められるだろう。