建設物価調査会

川崎カーボンニュートラルコンビナート構想と今後の展望

川崎カーボンニュートラルコンビナート構想と今後の展望

川崎市 臨海部国際戦略本部 成長戦略推進部


1.市制100周年を迎えて

 令和6年(2024年)7月、川崎市は市制100周年を迎えました。関東大震災の翌年に人口約5万人で川崎市が生まれてから100年、東京都と横浜市の間という首都圏のほぼ中央に位置し、現在は政令指定都市で6番目に多い155万人を超える人々が生活しています(令和6年4月現在)。音楽や映像といった文化芸術が盛んなまち、サッカーの川崎フロンターレやパリオリンピックでも注目を浴びているブレイキンなどのスポーツがさかんなまちなど、多様性に富んだ活力あるまちとして発展してきた川崎市ですが、やはりその発展の過程には、日本の高度成長を支えた産業都市としての歴史があります。川崎臨海部は100年以上前に浅野総一郎が工業発展を見据えた土地の造成を開始してから、製鉄、電気、化学、石油と様々な企業が立地し、産業都市としての中核を担ってきました。しかし、地球温暖化やDX(デジタルトランスフォーメーション)など、産業を取り巻く環境が変化するなかで、いま川崎臨海部も大きく変わろうとしています。世界的に脱炭素・カーボンニュートラルの動きが加速している状況を踏まえ、国のカーボンニュートラル宣言に先駆けて、2020年2月に川崎市は2050年の脱炭素を宣言しました。その実現に向けて、石油化学コンビナートを中心とした川崎臨海部のあるべき姿と今後の取組の方向性を示した「川崎カーボンニュートラルコンビナート構想」(2022年3月策定)の概略と、その具現化に向けた取組について御紹介します。

2.川崎臨海部の概況・特徴

 現在の川崎臨海部は、石油化学コンビナートを中心とした我が国有数の産業地域であり、主に外国から輸入した化石資源を用いてエネルギーや素材・製品を、首都圏を中心に広域に供給する役割を担っています⁽¹⁾。具体的には、複数の天然ガス火力発電所を中心に首都圏の一般家庭の消費電力を上回る規模の発電能力を有し、また化学企業が多数集積しており様々な素材・製品の供給拠点でもあること、多くのプラスチックリサイクル施設が集積し国内プラスチックリサイクル量の約1割を処理できる能力があること、などが挙げられ、結果として製造品出荷額も政令指定都市の中でトップクラスとなっています。

 一方、そうした機能の裏返しとして、川崎臨海部だけで1,500万t以上(2019年度)のCO2を排出しており、これは川崎市の排出量の約73%を占めています。川崎臨海部は、これまでの産業競争力を維持・強化しつつも、CO2 排出量等を減少させてカーボンニュートラルに適応・貢献するコンビナートに転換していくという、大きな変革が求められています。

3.カーボンニュートラル構想以前の取組

 川崎臨海部では、これまでも石油精製における脱硫工程や、化学産業における原料利用等を中心に、多くの水素が使われてきました。現在、国内需要の約1割を占める旺盛な水素需要があり、また需要に対応した供給を支える民間企業による水素パイプラインが存在しています。これらの特徴を踏まえ、川崎市では2015年に全国に先駆けて「水素社会の実現に向けた川崎水素戦略」を策定し、企業等と連携して8件のリーディングプロジェクトを創出・推進してきました。

 そのうちの具体的な取組の一つとして、千代田化工建設株式会社等が設立した次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合(AHEAD)と連携し、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による水素社会構築技術開発事業の一つとして取り組んだ「水素サプライチェーン構築モデル」を御紹介します。

 この取組は、東南アジアに位置するブルネイ・ダルサラーム国で調達した未利用水素(LNG の生成過程で発生するプロセス発生ガスから抽出した水素)を活用した実証となります。まず、この水素をトルエンと結合させ、水素キャリアの一つであるメチルシクロヘキサン(MCH)へと変化させます。MCH は常温常圧で液体なので、通常のコンテナ船で海上輸送を行い、川崎臨海部で受入れ、脱水素プラントで水素とトルエンを分離させ、水素を発電用ガスタービンへ供給しました。これは世界初の国際間輸送による水素混焼発電となり、2020年12月に完了しました。また、分離したトルエンを出荷地に戻すことで、循環型のサプライチェーンを成立させています⁽²⁾。

4―1.川崎カーボンニュートラルコンビナート構想

 世界的なカーボンニュートラルの潮流を踏まえ、2050年のカーボンニュートラル社会に向けた川崎臨海部のあるべき姿と今後の取組の方向性を示し、企業等と共有すべく2022年3月に策定したのが「川崎カーボンニュートラルコンビナート構想」(以下、「CNK 構想」という)です。CNK 構想では、現状と対比する形で、2050年に目指すべき川崎臨海部の機能を整理しています。

 現在の川崎臨海部は、「①海外からLNG や原油等の化石燃料を輸入・加工し、ガソリンや電気等として首都圏に供給する、化石燃料によるエネルギー供給拠点」「②原油から精製したナフサを原料に、様々な素材・製品を製造する石油化学コンビナート(廃プラスチックについては、一定割合焼却処理している)」の2つの機能を果たしています。

 これに対し、2050年に目指すべき川崎臨海部の姿は「①海外や地域のCO2フリー水素等から、モビリティ燃料や電気等を製造し、首都圏に供給するカーボンニュートラルなエネルギーの供給拠点」「②首都圏の廃プラスチックや臨海部内外のCO2などの再資源化可能な炭素資源から素材・製品等を製造する、炭素循環型コンビナート」と、現在の機能をアップデートさせるとともに、更に「③電気、ガス、水素等のエネルギーやユーティリティが地域最適化され、世界最高レベルの安定的かつレジリエントでクリーンなエネルギーネットワークが形成された、立地競争力のある産業地域」を加え、3つの将来像として位置づけました⁽³⁾⁽⁴⁾。

 目指すべき3つの将来像に向けては、対応する以下3つの戦略を掲げ、具体的な取組を進めています。

4-2.川崎水素戦略

 川崎臨海部は、エネルギー産業や水素を取り扱う企業が集積しており、エネルギーの転換に向けて他の地域よりも優れたポテンシャルを有しています。また、項目3で御紹介した「水素サプライチェーン構築モデル」の実証など、これまで全国的にも先進的な取組が行われており、これらをさらに発展させた取組を行う下地があります。

 これを踏まえ、「CO2フリー水素等の供給体制の構築」に向け、海外からのCO2フリー水素等の供給体制構築に向けた取組を進めるとともに、「CO2フリー水素等の需要量拡大」に向け、発電・ボイラー利用といった大規模需要設備の水素等の導入に向けた取組、産業用車両等への水素の導入に向けた取組などを進め、水素を軸としたカーボンニュートラルなエネルギーの供給拠点を形成していきます。

4-3.炭素循環戦略

 今後、化石資源の利用が難しくなることが見込まれますが、一方で私たちの生活には、炭素を原料とするプラスチック等の素材・製品は今後も必要です。そこで、化石資源に代わる炭素資源を安定的に確保し、カーボンニュートラル化を実現しながら事業活動を行えるよう、廃プラスチックやCO2などの炭素資源から素材・製品を製造する炭素循環型のコンビナート形成を目指します。

 具体的には、「炭素資源の回収の拡大」に向け、廃プラスチックのリサイクル拡大に向けた取組を進めていきます。また、「革新的な再資源化手法の導入」に向け、廃プラスチック、バイオ資源、CO2といった炭素資源から素材・製品や航空燃料等を製造するための新技術等の導入に向けた事業者間等の連携を促進していきます。

4-4.エネルギー地域最適化戦略

 川崎臨海部が、化石燃料由来のエネルギーに頼らずに素材・製品を生産する産業地域に転換することは、それ自体が大きな産業競争力となります。エネルギーの転換においては、様々な企業が連携し、安定供給の維持やレジリエンスを担保しながら、2050年において、地域でエネルギー等が最適化され、カーボンニュートラルなエネルギーが利用しやすい産業地域の形成を目指します。

 具体的には、川崎臨海部は既に多くの配管等が敷設され、企業同士が繋がっており、エネルギーや熱、原料など様々な物質が融通しやすいコンビナート機能が実装されていることから、地域の電力系統や水素配管、水素等のカーボンニュートラルなエネルギー資源を有効活用し、立地企業の電力・熱利用の省エネ化・カーボンニュートラル化や蒸気・排水等を含めたユーティリティ等の最適化に向けた取組を進めます。

5.川崎カーボンニュートラル

 CNK 構想の実現に向け、関係団体、関係企業等が意識を共有し、連携して取り組みを推進していくため、2022年5月、官民協議会である「川崎カーボンニュートラルコンビナート形成推進協議会」を設立しました。川崎市長をトップとし、学識者と川崎臨海部に立地する企業を中心に水素関連企業・炭素循環関連企業・港湾関連企業等から構成され、2024年3月時点で92者が参画しています。

 現在、協議会での全体的な議論及び情報共有を行うとともに、上記の3戦略やカーボンニュートラルポートなど、テーマ別の部会・勉強会を開催し、企業間連携による新たなプロジェクトの創出を図っています。

6.地域間連携の推進

 川崎臨海部のカーボンニュートラル化は、川崎市のみの取組で実現できるものではなく、近隣自治体、更には川崎臨海部を含めた東京湾岸全体の産業エリアの連携の下で実現していくものだと考えています。水素の社会実装に向けた需要と供給の一体的な拡大にしても、炭素循環に向けた炭素資源の確保等にしても、長期的には規模の経済を働かせつつ、各エリアで機能分担を果たしていくことが、達成に向けた近道となります。

 そのため、地域間連携の取組として、水素等の次世代エネルギーについて連携・協力して利活用を拡大することを目的とした連携協定を2022年7月に横浜市と締結しました。臨海部には川崎・横浜の両市に立地している企業が多数あり、特に横浜市鶴見区と川崎臨海部は地理的にも接続し産業エリアとしての関係性が深く、連携した取組が必須であると考えています。また、2023年6月には東京都及び東京都大田区(以下「大田区」という。)と連携協定を締結しています。多摩川を挟んだ川崎市の対岸の大田区には東京国際空港(羽田空港)が立地しており、2022年からは空港及びその周辺エリアにおける将来的な水素需要について、大田区や関係企業と共同で調査を行いました。今後、この調査結果を活用し、東京都、大田区及び関係企業と連携して、川崎臨海部から羽田空港及びその周辺エリアへの水素供給の実現に向けた検討を深めていきます⁽⁵⁾。

7.国の施策と直近の取組

 直近の具体的な動きとしては、2023年3月に、国のグリーンイノベーション基金を活用した「液化水素サプライチェーンの商用化実証」プロジェクトの水素受入地として川崎臨海部が選定され、現在、実施主体となる企業と連携しながら、実証の円滑な実施と商用の水素サプライチェーンの構築に向けた検討を進めています。炭素循環の分野では、国の「サーキュラーエコノミー都市モデル創出に関する実現可能性調査」と連携し、廃プラスチック等の炭素資源の回収拡大に向けた施策の検討なども進めています。

 2024年5月には、国において「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」(通称「水素社会推進法」)が可決・成立しました。これにより、水素を産業利用することを見据えた具体的な取組が日本各地で一段と加速することが見込まれます。川崎市としても、川崎臨海部が日本の様々な産業エリアの一つのモデルとなるよう、関係企業と課題を共有し対話を深めながら、カーボンニュートラル化に向けた取組にチャレンジしていきたいと考えています。


建設物価2024年9月号

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