建設業は、社会資本の整備・管理の担い手であるとともに、災害時における「地域の守り手」として国民生活や社会経済活動を支える極めて重要な役割を担っています。一方、他産業と比較して厳しい就労条件を背景に就業者の減少が続いており、建設業がその重要な役割を将来にわたって果たし続けられるよう「持続可能な建設業」を実現するため、担い手の確保に向けた取組を強化することが急務となっています。また、昨今の急激な資材価格の高騰を受けて現場技能者の賃金の原資となる労務費等がしわ寄せを受けないよう、高騰分の適切な価格転嫁が求められているところです。
このような状況を踏まえ、中央建設業審議会※1の下に設置された基本問題小委員会において、昨年5月から9月までの間に計5回の審議が行われ、
①請負契約の透明化による適切なリスク分担、
②適切な労務費等の確保や賃金行き渡りの担保、
③魅力ある就労環境を実現する働き方改革と生産性向上
について、早急に講ずべき施策を取りまとめた「中間とりまとめ」が策定されました(図1)。
このうち、法律の改正が必要な事項について、本年3月8日に「建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律案」として閣議決定されました。
同法案は国会での審議を経て可決成立し、本年6月14日に「建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律」として公布されました(令和6年法律第49号。以下「改正法」という。)(図2)。
改正法においては、建設業がその重要な役割を将来にわたって果たし続けられるよう、現場の担い手の確保に向けた対策として、「労働者の処遇改善」「資材高騰による労務費へのしわ寄せ防止」「労働時間の適正化による働き方改革及び現場管理の効率化等による生産性の向上」を促す措置を講じることとし、同法は原則としてその公布の日から1年6ヶ月以内に施行される予定です。
※1… 建設業法に基づき国土交通省に設置された組織で、発注者(デベロッパー等)・受注者(建設業者)・学識者の代表により構成された会議体。
労働者数の継続的な減少に加え、現場の急速な高齢化と若年層の減少が進んでいる建設業においては(図3)、若手の入職促進による将来の担い手の確保が急務となっており、必要とされる技能や厳しい労働環境に相応しい賃金引上げなどを含めた技能労働者の処遇改善に取り組むことが必要です。本年3月には、内閣総理大臣や建設業団体出席のもと、「建設業団体との賃上げ等に関する意見交換会」が開催され、国土交通大臣と建設業団体との間で技能労働者の賃金が「5%を十分に上回る上昇」を目標とすること等が申し合わせられました。
また、本年3月から適用されている公共工事設計労務単価は前年度比で5.9%の引き上げとなり、令和5年度まで12年連続の引上げとなったところですが、これが現場労働者の賃上げに結び付き、さらに次の公共工事設計労務単価の引き上げにつながるという好循環を実現できるよう、官民一体となって取り組むことが必要です。
しかしながら、建設工事においては、材料費等の削減よりも技能労働者の労務費等の削減の方が容易であることから、建設業者が価格競争のために労務費を削ったり、資材の高騰分を労務費の減額によって補填したりするなど、技能労働者の処遇を適切に考慮しないケースが生じています。
労務費は適正な相場観が不明確であるために、その減額に対する抑止力が働きにくいことが要因として考えられますが、労務費を減額したことによる低廉な請負代金の契約が横行すれば、処遇改善を進めようと考えている建設業者においても受注機会を確保するために価格を下げざるを得ない状況となり、適正な競争に基づく建設業の健全な発達が妨げられることとなります。
そこで改正法では、学識者・受注者・発注者から構成される公平中立な機関としての立場にある中央建設業審議会が「建設工事の労務費に関する基準」を示すこととし、これを著しく下回るような積算見積りや請負契約を下請取引も含めて禁止することとしています。
具体的には、受注者による著しく低い労務費を前提とした見積り提出や、注文者による著しく低い労務費になるような見積り変更依頼を禁止し、これに違反して契約した発注者に対しては、国土交通大臣あるいは都道府県知事から必要な勧告・公表ができることとしました。また、著しく低い労務費等による契約を締結した受注者に対しては、国土交通大臣あるいは都道府県知事から指示等の処分ができることとしました。これによって、発注者、元請、下請と段階を経ても、適正な労務費が確保されることとなります。
さらに、適正な労務費が確保できていたとしても、材料費や法定福利費といった他の経費が不足している場合は適正な工事の施工にあたって問題となりますので、受注者の発意による総価での原価割れ契約の締結(ダンピング)についても禁止することとしています(図4)※2。
※2… 令和元年の建設業法改正により、既に注文者に対しては不当な地位の濫用による原価割れ契約が禁じられています。
資材価格の高騰や資材不足といった個々の工事におけるリスクの分担方法は、個々の工事請負契約の内容に基づいて契約当事者間で決定されるべきものです。しかしながら、適切に分担がされず受注者にリスクの負担が偏ることで、契約当事者のみならず、当該工事の下請業者なども含めた建設生産システム全体に対して、経営の悪化や施工不良の発生といった悪影響を及ぼすケースが生じています。また、請負契約の変更に関する条項すら契約書において定められていないケースが数多く見られることが明らかとなっており※3、資材高騰に伴う価格転嫁が円滑に行われないことで、価格の不足分を労務費により補填し、結果的に労務費が削減されることが懸念されます。
こうした状況を踏まえ、改正法では、建設業者が安心して請負契約の変更協議ができる環境を整えるため、資材高騰に伴う請負代金等の「変更方法」を契約書の法定記載事項として定めることとしています。これにより、契約書において請負代金等の変更方法が明確化され、価格変更協議が促されることとなります。
また、資材高騰分の転嫁の協議を円滑化するため資材高騰が生じるおそれがあると認めるときは、請負契約の締結をするまでに受注者から注文者に対して、資材高騰等に関する「おそれ情報」を通知しなければならないこととしました。この場合、実際に資材高騰が生じたときは、受注者から注文者に対して請負代金の変更に関する協議を申し出ることができ、注文者は当該協議に誠実に応じるよう努めなければならないこととなります※4。これらにより、資材高騰分の転嫁の協議が円滑化され、労務費へのしわ寄せが防止されることとなります(図5)。
※3…国土交通省が実施した調査による。
※4… 公共発注者は、入札契約適正化法の改正により誠実に契約変更協議に応じる義務が生じます。
(1)働き方改革について
建設業が魅力ある産業として持続的に発展していくためには、賃金の引上げといった処遇改善だけでなく、働き方の観点からも改革を進めていく必要がありますが、現状、令和5年度における建設業の総労働時間は全産業と比較して年間60時間程度長く、週休2日も十分に取れていない状況となっています(図6)。
長時間労働の大きな要因は適正な工期が確保されないことであり、著しく短い工期は、技術的に無理な施工方法・工程の採用を建設業者に強いるものであるため、結果として手抜き工事、施工不良、工事現場における不当な長時間労働や労働災害などの問題を生じさせ、工事の適正な施工が確保されないこととなります。
そこで改正法では、長時間労働を是正し、週休2日も確保していくため、受注者の発意による著しく短い工期による請負契約の締結を禁止することとしています※5・6。
また、3.に示した請負代金の変更協議と同様に、資材の入手困難などが生じるおそれがあると認めるときは、受注者から注文者に対して関連する情報を請負契約の締結までに通知しなければならないこととしました。この場合、実際に資材の入手困難などが生じたときは、受注者から注文者に対して工期の変更に関する協議を申し出ることができ、注文者は当該協議に誠実に応じるよう努めなければならないこととなります※7。
※5… 令和元年の建設業法改正により、既に注文者に対しては、著しく短い工期による請負契約の締結が禁じられています。
※6… 特殊な施工方法などを用いることにより工期を短縮することができるなど、正当な理由がある場合には、本規制の対象となりません。
※7… 公共発注者は、入札契約適正化法の改正により誠実に契約変更協議に応じる義務が生じます。
(2)生産性向上について
現状、建設業者は、請負代金が4,000万円以上(建築一式工事については8,000万円以上)の建設工事を請け負うときは、その工事現場において、建設工事の施工の技術上の管理をつかさどる主任技術者又は監理技術者(以下「監理技術者等」という。)を置かなければならないこととされています。このうち、公共性のある施設等に関する重要な建設工事については、特に適正な施工が求められることから監理技術者等を専任で置くこととされています。
一方、近年、工事現場におけるデジタル技術の活用(タブレット端末を通じた工事関係者間における設計図面や現場写真などの共有や、現場作業員が装備するウェアラブルカメラなどを通じた監理技術者等との間における工事現場の映像・音声の遠隔・リアルタイム共有など)により施工管理業務の効率化が進められているところ、令和4年には、「デジタル原則に照らした規制の一括見直しプラン」(令和4年6月3日デジタル臨時行政調査会決定)において、現場技術者などの常駐・専任を求める規制について「デジタル技術の活用を前提とした見直しを進める」こととされました。
そこで改正法では、こうしたICT の活用を条件に、監理技術者等の専任規制を合理化することとしています。具体的には、上に挙げたようなデジタル技術を活用し、かつ、一定の規模・距離以下に工事現場がある等の要件を満たすことで、工事現場外にいる監理技術者等が平時はもとより事故・災害の発生時においても工事現場の状況の確認・必要な技術的指示等を行うことができる場合には、監理技術者等が複数の工事現場を兼任できることとしました(図7)。
今回の改正は、建設業における担い手確保が急務になる中、処遇改善や資材高騰への対応、働き方改革や生産性向上の取組が喫緊の課題となっていることを踏まえて緊急に行うものであり、今後、施行に向けて詳細の制度設計・周知を進めてまいります。あわせて、中間とりまとめのうち法律の改正が必要な事項以外の部分についても検討・具体化するとともに、「建設Gメン」の体制を強化することで、担い手確保のための取組における実効性を確保してまいります。
これらの制度改正による措置を通じ、業界の皆様の声を聴きながら建設業における処遇改善、働き方改革及び生産性向上に総合的に取り組むことで、新4Kといえる魅力的な産業を目指すとともに、地域の守り手として持続可能な建設業を実現してまいります。
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