舞鶴工業高等専門学校(以下、舞鶴高専)は、全国に51ある国立の高等専門学校の一つ。
舞鶴高専では、インフラの老朽化が急激に進む中、インフラの維持管理技術に特化した人材育成を行う機関として2012年に社会基盤メンテナンス教育センター(iMec)を開設した。橋梁メンテナンスに関するさまざまなレベルの講習会を実施しており、これまでに全国の高専生をはじめ、地方自治体職員、民間技術者など延べ1,000人以上が受講している。受講目的や受講生のレベルに合わせて講習期間や内容等を個別にアレンジした講習会を開催することも可能だ。また、メンテナンス工学に関する調査・研究、地方公共団体等への技術支援、産学官連携のコーディネート等にも取り組み、予防保全の中核的施設として地域社会に貢献することを目指している。
iMec のインフラメンテナンス技術者育成カリキュラムは、eラーニングと講習会を組み合わせた「e+iMec 講習会」が大きな特徴である。eラーニングで基礎を学び、講習会では、座学に加え、キャンパス内に設けられた実習フィールドでの非破壊検査や橋梁の劣化部材の見学などの体験型学習を行う。実習フィールドには、更新に伴い撤去された橋梁の部材を譲り受け、コンクリート橋、鋼橋それぞれの損傷、劣化ごとに実物劣化モデルとして展示している。これほどの実物サンプルが揃うのはめずらしく、直接、目で見て触れることで受講生の理解を深めることに役立っている。
また、橋の長寿命化修繕計画の策定や修繕工事の実施に必要なノウハウ、行政の課題解決の取り組みも事例から学ぶことができる。毎回、10人程度の少人数制で密度の濃い学習ができる環境も特徴。
独立行政法人国立高等専門学校機構では、橋梁メンテナンスに関する技術資格「准橋梁点検技術者」、「橋梁点検技術者」「橋梁診断技術者」を認定している。このうち「橋梁点検技術者」と「橋梁診断技術者」は「国土交通省登録資格」として登録されており、資格保有者は、国や地方公共団体の業務発注に際し総合評価で加点評価の対象となる。資格制度に対応した「e+iMec 講習会」を受講し、資格認定試験に合格するとこれらの資格が取得できる。
また2019年度から、文部科学省の高度技術人材育成事業「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」の中核拠点の取り組みとして『KOSEN 型産学共同インフラメンテナンス人材育成システムの構築』(KOSEN-REIM)を開始した。KOSENREIMでは、橋梁診断までのリカレント教育プログラム体系の構築や、実務家教員を育成し、iMec の取り組みを高専のネットワークを生かし全国に展開することを目指している。
2024年8月19日から23日までの5日間、高専4年生以上を対象にしたインターンシップ「e+iMec 講習会2024橋梁点検(5日間コース)」が開催された。参加したのは、長岡高専、木更津高専、石川高専、舞鶴高専、和歌山高専、香川高専の学生11人だ。実務者向けの講座は有料だが、高専生向けの講座は、外部からの支援により受講料は無料で、遠方からの受講生には交通費や宿泊費も支給される。
5日間の講習で、橋梁工学や道路構造物の損傷に関する知識や「道路橋定期点検要領」に基づく点検に必要な知識と技能を修得する。実務者向けの「e+iMec 講習会【基礎編(橋梁点検)】准橋梁点検技術者認定講座」という2日間のコースを5日間に拡大して、実習や見学を増やし、実務経験のない学生にも理解しやすい内容となっている。センター長の玉田教授は「実習を多くしているのは、学生に現場に行くことの大切さを知って欲しいから。よく観察することで、橋をつくった先人の思いや知恵を理解することができる。まず橋を知ることが基本」だという。
山形虎太郎さん(舞鶴高専5年)は「eラーニングで事前に学習したので基本を理解できた。そのうえで実物を見て情報が得られる貴重な機会」と手ごたえを感じていた。
最終日には試験が行われ、合格すると「准橋梁点検技術者」の認定資格が取得できる。石田力也さん(和歌山高専専攻科1年)は「実際の橋を見ることができ、勉強になる。将来の方向を考えているので、資格を取得できることはメリット」だという。受講生の多くが資格取得を目指していた。
1日目は、ガイダンスに続き、鉄筋コンクリート構造物のしくみやひび割れについて実物サンプルを手にとり学習した。橋の構造と変形やひび割れ発生の予測を作図で演習。さらには日本の橋の現状や道路橋の三大損傷について学んだ。また施設内にある実習フィールドでコンクリート構造物の損傷や劣化を観察した。
2日目と3日目の午前中は、橋の点検要領と実習する橋梁について確認した後、道路橋「相生橋」、「新相生橋」、「二ツ橋」、鉄道橋の「第六伊佐津川橋りょう」を見学し、点検実習を行った。さらに4日目には日本海側最大級の斜張橋、舞鶴クレインブリッジの現場演習を実施した。舞鶴市出身の森美空さん(舞鶴高専5年)は、「いつも通っている橋の構造や劣化とメンテナンスについて知ることができた」と話してくれた。森さんと幼馴染の梅垣咲良さん(舞鶴高専5年)は「小学生の頃から建設に興味があった。この講座を通して橋のことをより深く知ることができた」という。
部谷和也さん(石川高専専攻科2年)は「実際の橋を見て、実習できたことは大きな成果」と目を輝かす。岡凌也さん(石川高専専攻科2年)は「部谷君から誘われて参加した。コロナ禍で数年間にわたり現地に行く機会がなかったが、今回は、現地で橋を見て劣化やメンテナンスを知ることができた」と手ごたえを感じている。伊藤爽さん(舞鶴高専5年)は「これだけ橋に着目できる機会はないので、とても勉強になる」という。小畑悠貴さん(舞鶴高専5年)は「橋のメンテナンスに興味があり、実際の橋の劣化や補修箇所を間近に見られる貴重な機会になった」。受講生にとって橋での実習が最大の関心であることがわかる。
午後は、実習フィールドで玉田教授、副センター長の毛利准教授や事務局の加登朋恵さんの指導で構造物の損傷や劣化の観察、コンクリートの中性化や電磁波レーダーによる鉄筋探査などが行われた。猛暑の中、受講生たちが熱心に実習に取り組む姿が印象的だった。
その日に学習した内容を毎日レポートにまとめ、4日目には1人ずつ発表を行い、質疑応答や玉田教授の講評を受ける。レポート作成は、高専生向けプログラムのみだが、受講生は、持参したノートPC に実習で撮影した写真を取り込み、考察を記述していく。疑問点を玉田教授に質問したり、学生同士で相談する姿も見られた。5日目の最終日は学習到達度確認試験(資格認定試験)と修了式があった。
森山夏輝さん(長岡高専4年)は「インターンシップのポイントになるし、将来を考えるための機会として参加したが、多くのことを学べた」という。山下隆之介さん(香川高専専攻科2年)は、「防災を考える上でも橋の構造を考慮することは重要。橋の専門家以外の人も橋のことを知っておいた方がよい」と前向きだ。渡邊航太さん(木更津高専4年)は「橋のメンテナンスに興味がある。新しく橋をつくる時にも、維持管理のことを考えて計画することが必要」だと話してくれた。
講座の流れやプログラムの内容は、橋梁点検の知識や技能習得に非常に効果的であり、密度の濃い5日だった。
全国約72万橋のうち2029年には建設後50年以上が52%となり老朽化対策が必要になります。「地元の橋は地元で守る」を掲げ、橋梁メンテナンスを担う技術者養成のために社会基盤メンテナンス教育センター(iMec)を設立しました。そのきっかけになったのが、大学の先輩の依頼ではじめた京都府内の自治体職員に向けた講習会です。月1回の講習会は今も継続し、120回以上開催しています。さらに点検や施工をする民間の技術者にも講習が必要だと考え、学生、自治体職員、地域の技術者が受講できるシステムを構築しました。iMec は、地域の企業の人材育成にも活用されています。最初は、高専生に講習を行い教材の開発や運営ノウハウを確立しました。学生向けにわかりやすくすることで実務者にも伝わりやすくなると考えました。
eラーニングと講習会を組み合わせた「e+iMec 講習会」が特徴ですが、事前にeラーニングで橋の維持管理に関する基礎知識を学習することで理解度が上がり効果的な学習ができます。またeラーニングは、忙しい実務者が時間や場所を選ばずに学べますし、何回でも繰り返し学習できます。
「e+iMec 講習会」は、すべて少人数制です。効率が悪いという人もいますが、たとえ100人集めても何も伝わらなければ意味がありません。講師の話を聞いるだけでは知識や技術は身につきませんので、理解を深めるために主体的に学べる環境を大切にしています。
2023年6月に一般財団法人高専インフラメンテナンス人材育成推進機構(KOSEN-REIM 財団)を設立しました。e+iMec 講習会は、受講生からの受講料とKOSEN-REIM 財団からの支援によって実施しています。
橋梁の点検には知識や資格が必要です。学校に入り直さなくても、e+iMec 講習会で基礎を勉強し、准橋梁点検技術者の資格を取得すれば、次のステップの国交省の民間認定資格取得を目指すことができます。地元の舞鶴市は人材育成に力を入れ、毎年、多くの職員が受講しています。市職員による点検で舞鶴クレインブリッジの損傷を発見できたことにもつながっています。メンテナンスでは、常に現場とのフィードバックをしながら対策することが大切ですし、そういった循環が回り始めています。
DX が進められていますが、どんなにDX でスマート化しても技術を使う人を育てることが一番重要です。これまで建設業は実務経験を通してスキルを身につけるOJT が主流で、人材育成にコストをかけるという発想がありませんでしたが、今はそれでは立ち行かなくなっています。人材育成は、メンテナンスと一緒で継続していくことが大事です。講習会を通して、メンテナンスが大事だという技術者マインドを醸成していきたいと考えています。学校で勉強して、社会人になって現場を経験し、また勉強することで解像度があがります。リカレントやリスキリングの拠点として地域に貢献することも私たちの役割です。
途上国は日本の地方と一緒で、お金がない、技術者が少ない、いつできた橋かわからないという中でインフラを守るための維持管理が急務になっています。そこでJICA と一緒にe+iMec のシステムを海外に展開する取り組みを進めています。日本のインフラメンテナンスの人材育成が海外にも根付いていくことを願っています。
建設物価調査会は、公共事業コストの基礎となる各種建設資材の価格情報の調査、収集をし、本誌「建設物価」を刊行する他、さまざまな事業を行っています。積算や施工に関する技術図書の刊行やデジタルデータのご提供もそのひとつです。さらに当会が出版している土木積算図書、建築技術図書、統計関連専門図書、教育関連図書など技術図書の内容に則した講習会を全国各地で実施しています。継続学習制度(CPDS) の単位付与を行っているものもあります。
当会では、一般財団法人高専インフラメンテナンス人材育成推進機構(KOSEN-REIM)の法人会員として、高専におけるインフラメンテナンスの人材育成を支援しています。今回は玉田教授のご協力により、「e+iMec講習会2024橋梁点検(5日コース)」において、当会の活動や刊行物についてご紹介しました。講習会2日目の維持管理計画グループワークでは、橋梁補修の参考資料として、当会発行の『橋梁補修の解説と積算』を紹介。玉田教授からは「『橋梁補修の解説と積算』は、橋の構造や損傷、劣化に対して、それぞれの補修方法が詳細に解説されており、写真も多く、現場での知識が少ない学生や若い社会人に役に立つ。社会人向けの積算演習などでも活用できる」と評価をいただきました。
当会では、今後もこのような機会を増やし、建設業の人材育成に貢献していきます。