境界が明確なことは重要なことだ。何よりもわかりやすい。ことに、土地については、どこまでを自分が所有し支配する範囲であるかを物理的に示すことができる。境界を明示的にするために柵や塀を設け、他者の立ち入りを阻止する。
建築基準法では、一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物のある一団の土地を敷地と定義する(施行令第1条)。敷地の範囲と広さを明確にしたうえで、そこに立つ建物を様々な基準で制限する。1敷地1建築物の原則は建築基準法の根幹で、都市計画区域内では接道義務、形態制限などを敷地ごとに適用し、それぞれの義務や制限への遵法が求められる。この点で1敷地1建築物の原則はわかりやすい。もとより、建築基準法は敷地境界線部分に柵や塀を造ることを義務付けてはいない。
他方、この原則には限界も同居する。大きな屋敷を分割して前面道路側を新しい自宅に、背後に賃貸住宅を建築しようとすると、背後の敷地の接道が問題となる。路地状敷地(旗竿地)にする、位置指定道路を新設するなどによって合法的な土地利用を図る結果、大画地の細分化と景観の乱雑化が同時に発生する。
1敷地1建築物の例外規定は従来から存在する。一団地の総合的設計制度である(法86条1項)。二以上の建築物がある場合であっても、それらの位置及び構造が安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めるときは、二以上の建築物が存する一団地を一の敷地とみなす。接道義務、形態制限などについて、敷地全体、つまり団地全体で合法的であればよく、一つひとつの建築物についてこれらの義務や制限を適用しない。敷地全体で容積率制限を守っていればよく、低層の建物と超高層の建築物を配置することができる。また、二以上の建築物の間に敷地境界線がないことから、団地内では隣地斜線制限や日影規制は問題とならない。結果として、変化に富んだ空間を実現することができる。
接道義務はないとはいうものの、それぞれの建築物にアクセスするために通路は必要となるところ、通路には道路築造基準は適用されないことから、路面の仕上げや排水路など、通路の断面や線形を自由にすることができる。さらには、植栽も自由で、豊かなランドスケープを生み出すことができる。これらはいずれも、敷地境界線を考慮する必要がないことに由来する“付加価値”である。
一団地の総合的設計制度は、いわば集団規定の性能規定化の先駆けのような制度といえるが、事後的に一団地を複数敷地に分割し、容積率制限や高さ制限などに合致しない違法状態の敷地が生じる可能性が否定できないとして、民間の開発にはこれを認めない方針をとるなどの隘路があり、普及は今一つである。
戸建て住宅地ではどうであろうか。敷地境界をしっかりとした構築物で明示することは、支配する範囲を示すことや立ち入りを阻止する役割を超えて、そこを所有する者の権威とも関係する。武家屋敷では対抗勢力からの防御が必要であり、社寺建築では俗社会とは異なる深淵な空間を創る必要から、しっかりとした塀は必要不可欠といえた。一般人の住宅ではその必要性の程度は落ちるものの、武家屋敷へのあこがれもあり、柵や塀を備えることが住宅の作法となり、伝統となった。他方、昨今は高い塀は盗人の恰好の隠れ場所となり、却って盗難を容易にするとの指摘もある。
今日の都市部の住宅は、敷地規模が小さくなったこともあり、柵や塀を設けないオープン外構が増えた。文字通り、道路と住宅建物の間の敷地部分をオープンにする方法で、公的空間である道路と私的空間である宅地が視覚的に連続する。敷地の狭さを感じさせない効果に加えて、街路空間に広がりを与える効果がある。敷地境界線をあいまいにすることで生まれる付加価値である。オープン外構の普及によって地震時に倒壊のおそれのあるコンクリートブロック塀などは旧式化する可能性が高い。
英米などの住宅地では、かねてより、公的空間と私的空間の間に、半公的空間と半私的空間があり、街路空間が4段階で構成されているとの指摘がある。さらに、敷地だけでなく、道路に面した居室にはカーテンなどを設けず、道路と反対側の壁に絵画を飾り、夜には電灯までつけて、道行く人から見ることができるようにする。道路側の空間を都市景観の一部として、住民が地域価値の共創に意を尽くすことが行われている。そこには、私的所有といえども公共財の一部との認識がある。日本で進むオープン外構の普及は、排他的土地利用から重層的土地利用へと価値基準の移行を示唆し、土地利用の考え方がグローバルスタンダードに近づいたと評価できる。
事務所建築はどうであろうか。建蔽率制限が緩やかで容積率が大きな商業地域においては、土地の有効活用の命題のもと、敷地いっぱいに建築する。いきおい、隣接する建築物の間隔はミニマムとなる。光がささない薄暗い場所は時に、ごみや廃棄物が放置される、害虫の生息場所になるなど、利用できない残余で負の空間であった。
かねてより、空地を提供することで容積率や高さ制限の緩和を受ける総合設計や特定街区では、排他的土地利用を封印し、敷地の一部を一般に公開して都市景観や都市防災に一定の貢献をしてきた。公開空地は、私的所有の土地であるものの敷地境界をあいまいにして、何人にも利用を認める仕組みで、土地利用の重層性を社会的に認定したものである。しかし、これらの制度では大きな敷地に一棟もしくは少数棟の建物を建て、道路沿いを公開空地とするものが殆どであった。また、限られた土地だけで適用され、例外的なものであった。
昨今の都市再生のプロジェクトは、地区計画を背景として機能更新型高度利用を図るものが多く、超高層ビルが連坦するように新設される。道路側だけでなく、建物間に路地が生まれ、そこを“進化した公開空地”とでもいうべき空間にする。光、風、緑、ペーブメント、椅子、彫刻などによって、“ゆかしさ”があり、行ってみようと感じる、魅力的な“界隈”が生まれている。ゴミが不法投棄される負の空間が、街の魅力を高める主役になっている。
さらに重要な点は、従来、例外的に存在した公開空地が、都市再生エリアでは進化して拡張したことに加え、そのようなエリアが点在するようになって普遍化した。公開空地という、「共」空間が、「私」空間と「公」空間の間で存在感を増し、それが付加価値を生むことが強く認識されるようになった。空間の価値を共創する観点で、敷地境界線は消失した。
排他的土地利用から重層的土地利用へ、中間領域としての共の演出が価値を創造している。他方、資産価値評価の観点では、このあいまいさは厄介である。グローバルスタンダードに近づいたあいまいさの意義を資産価値評価の分野でも理論化する必要がある。
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