建設物価調査会

U R 都市機構が支援する流域治水の取り組みについて

U R 都市機構が支援する流域治水の取り組みについて

独立行政法人 都市再生機構 災害対応支援部 調整役
重田 猛


1.はじめに

 昨年、令和6年は1月1日の能登半島地震の発災から始まり、夏には宮崎県沖を震源とするM7の地震による初めての「南海トラフ地震臨時情報」の発表がありました。また、9月にはその能登半島地震での仮設住宅などへの浸水被害もありました。近年、地震のみならず台風、豪雨、土砂災害などの頻発化・激甚化への対応として「防災・減災」が大変重要になっているというのは周知のとおりです。

 一方、発災時の対応で重要な地方公共団体の体制を見ると、土木部門の職員数の減少割合は、2005年をベースに2021年時点で約14%と、市町村全体の職員数の減少割合である約9%を上回っています。また、技術系職員が5人以下の市町村は全体の約5割という状況であり、発災時に業務量が激増する中、地方公共団体の体制も課題となっています(図-1)。

(1)UR都市機構について

 UR都市機構(以下「UR」と表記)というと、テレビCM を行っているUR賃貸住宅をイメージされる方も多いと思いますが、URの業務は大きく 

1)都市再生 
2)賃貸住宅 
3)災害対応支援

の3つから構成されています。1)については、民間事業者や公共団体と協力し、都市の国際競争力強化や地方都市の活性化、密集市街地の整備改善など政策的意義の高い事業の実施への取り組み。2)については、約70万戸の賃貸住宅を適切に管理するとともに、少子高齢化に対応し、幅広い世代や多様な世帯が生き生きと暮らし続けられる住まい・まちの実現を推進する取り組み。そして3)の災害対応は阪神・淡路大震災以降に培ってきた復旧・復興の経験、東日本大震災や熊本地震などの大規模災害からの復旧・復興の経験を生かし、地方公共団体を支援する取り組みとなっています。

 URは、発災時に地方公共団体の応急・復旧を支援するために、災害対応支援業務を実施しています。平成30年に「災害対応支援室」を設置し、令和元年7月には、それまでの災害復旧支援の実績を踏まえて、内閣総理大臣から災害対策基本法上の「指定公共機関」に指定されました。

(2)UR都市機構の災害対応支援について

 URの災害対応支援の取り組みについては、大きく2つあります。1つは「発災時の対応」についてです。そしてもう1つが地方公共団体への啓発活動や、後述する流域治水への対応など、「平時の取り組み」についてです。

 「発災時の対応」について、国(国土交通省・内閣府)からの支援要請に基づいて、地方公共団体へ災害対応支援を実施しています。応急・復旧については、建築物応急危険度判定調査や被災宅地危険度判定調査、住家被害認定調査などに係るマネジメント支援など、主に判定・調査計画の策定の支援など、マネジメントを中心に実施しています。直近の事例として、令和6年1月発災の能登半島地震では、被災宅地危険度判定支援、住家の被害認定業務支援、UR賃貸住宅の提供、建設型応急仮設住宅建設支援などにより、石川県と県下市町を支援しました(写真)。

 「平時の取り組み」については、「ぼうさいこくたい」などイベントでの啓発活動、地方公共団体へ災害対応に関する研修メニューを提供する「UR防災研修プログラム」(図-2)が挙げられます。また、このような啓発、研修以外の対応として、「流域治水の取り組み」が挙げられます。以下では、「流域治水の取り組み」の具体の内容について触れます。

2.流域治水の取り組みについて

 「流域治水」は、頻発化・激甚化する豪雨災害に備えるため、堤防などのこれまでのハード対策だけでなく、流域にかかわるあらゆる関係者が協働で水害対策を進めていこうという考え方です。これを本格的に進めていくため、流域治水関連法が令和3年に整備されました。

 これら一連の法改正により、あらゆる関係者が流域治水に関わる中で、URはまちづくりの観点から、お手伝いができるようになりました。河川事業者が行う堤防整備などの河川事業の視点のみではなく、流域全体を見渡し、まちの将来像からの計画策定や、事前防災のまちづくりの視点を重ねた災害リスクの高いエリアからの移転促進など、まちづくりの視点をもって、関係者と協働して進めていくことなどについて支援ができるようになったのです。

(1)江の川中下流域における流域治水の取り組み

 中国地方を流れる江の川では、まちづくりの視点を踏まえた中下流域のマスタープランの策定及びその実現について支援しています。

① 江の川の概要

 江の川は広島県から島根県を流れる中国地方最大の一級河川です。全長は約200キロで、島根県江津市で日本海へ注いでいます。山間部を縫うように流れており、川の中下流域には集落が点在している状況で、過去には何度も浸水被害を受けています。近年では、平成30年、令和2年そして3年に大規模な水害が発生しています(図-3、4)。

② 江の川流域治水推進室の設立

 江の川の水害を流域治水により対応するため、令和3年4月、全国に先駆けて「江の川流域治水推進室」が設立されました。河川整備とまちづくりの一体的推進を図るため、国と流域自治体である県、市町で構成され、江津市内に常駐する6名を含め、設立時点で51名の体制となっています(図-5)。

③ 江の川中下流域マスタープラン(治水とまちづくりの連携計画)

 推進室では、1年をかけた議論の成果として、「江の川中下流域マスタープラン」を策定しました。このマスタープランは、「治水とまちづくり連携計画」の別名にもなっているとおり、

〇 「治水」と「まちづくり」のどちらか一方だけでなく、両方の視点から取り組みを描いていること

〇 国と、江の川中下流域に位置する島根県、すべての市町が名前を連ねていることから流域全体において、関係者が協働して作成した「共通指針」であることを示しています。また、法的な位置づけのあるものではなく、地域住民が求める姿に柔軟に対応し、適宜更新をしていくという考えでつくられおり、対話の継続や事業の進捗により、現在第2版までとりまとめられています。

 このマスタープランでは、地域の抱える課題を踏まえ、将来にわたって住み続けることを目指して、以下の3つの方針が示されています。
1)治水対策を進めていくこと
2)地域のまちづくりを進めていくこと
3)河川事業と地域まちづくりの両立を目指す
3つ目の方針は、関係者間で「将来像」と「納得感」を共有して進めていくということを示しています。

<地区別の取り組み>

 図-6はマスタープランの第2版で示された地区ごとの将来像イメージです。この図では「集落群」という地区単位ごとに将来像をまとめていて、赤は堤防整備、緑はまちづくりなど、それぞれの集落群が将来ありたい姿をふまえた対応の方向性を記載しています。

 マスタープランの策定は、河川整備計画とまちづくりの計画の整合から始まりました。同じ地区名であっても、河川の計画とまちづくりの計画で示している場所が異なっており、その図郭を合わせて、関係者が本音で会話をすることから始めました。発災時の対応ではスピード感が求められますが、まちづくりの観点をもった流域治水のような事前防災の場合には、ひとつひとつ地元の納得を得ながら進めていくという「プロセス」が重要であるということです。

 図-7は、流域の17地区の治水対策と進捗状況を示したものです。左縦軸が、堤防整備や宅地嵩上げ、家屋移転などの大きな整備の考え方を示し、上横軸(左から右へ)が、計画から設計、そして事業へといった進捗を示しています。

 各集落群がどのような対策を行うのか、今どの進捗段階にあるかを示しています。このように、流域全体で各集落群の治水対策と進捗状況を、関係者が一覧で共有し、確認しながら進めています。

 具体の地区の取り組みを、5地区紹介します。

〇美郷町 港地区 (みさとちょう みなとちく)

 こちらは小さな集落でしたが、その中の代表者がご自身の保有する裏山へ移転を呼び掛け、5名の方が同意して移転を進めました。河川区域の移転補償と、一部支川沿いに伸びる道路事業の移転補償、そして高台への移転事業という事業を重ねあわせて対応した事例です(図-8)。

〇 大貫地区 和田地区 (おおぬきちく わだちく)

 こちらは集落内に主要動線である国道261号線が通過しており、その周辺に家屋が張り付き、水田も多く存在しています。また、江の川の両岸をつなぐ主要動線となる川越大橋があります。ここでは堤防の整備により、居住空間を確保し、集落の維持を目指す方針となりました(図-9)。

○川本町 谷地区 (かわもとまち たにちく)

 自動車販売などの事業所も存在する比較的大きなこの地区では、今後もこの場所に住み続けるという選択をしました。そのため、土地利用の中には新規住宅のゾーンも定めており、高齢者への配慮や若者の定住促進などの施策を展開しています(図-10)。

○長良地区 (ながらちく)

 江津市の長良地区は、江の川に山地が迫るところに集落が存在しており、土砂災害の危険性が高い地区である一方で、浸水のリスクも高く、集落の前には国道261号が通っていますが、洪水時には国道が浸水し、孤立化しやすい状況にあります。支川の長良川が江の川に合流する上長良地区では、支川域まで浸水リスクが高い地区となっています。こちらの地区は河口近くの居住拠点区域(居住誘導区域)内に存在する公営住宅用地を移転先として集団移転を選択しました(図-11)。

 江の川流域治水推進室では、現在も引き続き、地元と対話しながらマスタープランに基づく事業を推進しています。

(2)那珂川流域における流域治水の取り組み

① 大洗町における取り組み

 茨城県を流れる一級河川那珂川水系の涸沼川(ひぬまがわ)に近接する大洗町の堀割・五反田周辺地区は、令和元年東日本台風をはじめ、過去にも浸水被害をうけた地区です。大洗町では令和3年に、防災集団移転を含めた防災まちづくりの検討をはじめ、その進め方について、URに相談いただいたことをきっかけに支援がはじまりました。これまで、大洗町の課題に寄り添いながら、まちづくりの視点からのアドバイスを続けてきており、令和6年6月には、町の防災集団移転促進事業の事業計画について、大臣同意を得たところです(図-12、13)。

 当初、移転事業を進めることに対して住民の主体性は決して高いとはいえない状況でした。しかし大洗町は、何よりも丁寧な対話をすすめ、住民に主体性をもって参加してもらうよう取り組んできました。大洗町の取り組みは、まず手法を前提とするのではなく、目的やビジョンを町の思いとともに伝えるということで、地元と丁寧に対話し、防災まちづくりに係る説明会や意見交換を何度も重ねながら、進められました。

 大洗町では、地域の防災まちづくりを進めていく中で、特に危険なエリアでは家屋の移転を実施するという方針となりました。図-14の赤い色塗りの部分は、町が「災害危険区域」を指定し、その中では、居住に関して制限をかけていますが、区域の外のエリアでも、一緒になって地域の防災を考えながら進めています。ここで重要なことは、

〇 河川管理者である常陸河川国道事務所と、地元説明会や移転補償について協力しながら進めていること

〇 移転先として、隣接する既成市街地の空き地を利用することにより、生活環境の変化を抑えつつ、コンパクトシティのまちづくりを目指していること

の2点です。大洗町では、大臣同意を得た後も、引き続き地元主体で防災まちづくりの実現に向け取り組んでおり、URも防災まちづくり推進のための支援を継続しています。

② 那珂川流域治水ワークショップへの展開

 那珂川全体をみたときに流域治水の取り組みを、どのように進めているのかについて紹介します。

 那珂川水系では、常陸河川国道事務所、茨城県、水戸市がメンバーとなる那珂川流域治水ワークショップが開催されています。URは大洗町への支援をきっかけに、令和5年度から当該ワークショップにアドバイザーとして参加しています。

 ワークショップでは、河川整備とまちづくりの一体的推進するうえでの課題に関する意見交換、浸水被害の防止・軽減策について、他流域での取り組み事例を共有することにより、那珂川の流域治水への対応方針について考えを深めているところです(図-15)。

3.最後に

 ここまで、URの災害対応支援の取り組みの一つとして、「流域治水」について、具体事例をあげて紹介しました。URは流域治水の取り組みの中で、まちづくりの視点をもってお手伝いしておりますが、その観点からは、地元の「納得感」を得ながら進めていくことが大事であると考えています。そのためには、あらゆる関係者が協働し、丁寧な地元調整を行うことが重要です。これはとても時間や手間のかかることですが、一定の限られた時間の中で、採れる選択肢を示しながら説明を尽くすことが、計画を進める人の役割であり、安全安心なまちづくりにつながっていくと考えています。

 これまで紹介したように、あらゆる関係者が協働で進めていく「流域治水」は、関係者間の丁寧なコミュケーションにより進められています。URが、まちづくりに関することから支援することによって、「関係者間の意見の吸い上げや集約」を行い、「地域の将来像」を共有することで、住民を中心に、理解、納得感を得ながら合意形成を進めています。また、江の川や大洗町など、これまでの対応で得られた課題を、地元の声として国とも共有することも重要であると考えております。今後も引き続き、安全・安心なまちづくりの実現に向け取り組んでまいります。

<参考資料>
1.令和4年度PPP/PFI 推進施策説明会資料
2 .令和6年度URひとまちくらしシンポジウム事業報告資料(「URの災害対応支援」「URの流域治水支援」)
3 .江の川中下流域マスタープラン 治水とまちづくりの連携計画
4.大洗町資料


建設物価2025年3月号

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