東京湾は我が国最大の経済圏である首都圏に位置する閉鎖性の内湾で、その流域人口は約3,000万人に達する。首都圏における活発な経済活動に伴い東京湾を通行する船舶数は1日当たり500隻を超えるともいわれ、物流の一大拠点ともなっている。
戦前、東京湾には広大な干潟が広がり、そこで獲られたノリやアサリ等、豊富な水産物は「江戸前」と呼ばれ親しまれてきたが(「東京湾全体でとれる新鮮な魚介類」を指して「江戸前」という)、高度経済成長期に入ると広大な干潟はその大半が埋め立てられ、流域からの汚濁物質・栄養塩類の増加に伴って水質が大幅に悪化した結果、赤潮や青潮の発生、魚類の大量斃死等がしばしば見られるようになった。
そのような状況を踏まえ、東京湾の環境を改善するため、平成13年に都市再生プロジェクト「大都市圏における都市環境インフラの再生」が決定されたことを受け、東京湾再生推進会議が設置された。平成15年に「東京湾再生のための行動計画」(以下、「行動計画」)が10年の計画期間をもって策定され、関係省庁・関係都県市の連携による一体的な取組がスタートした。
関東地方整備局は、同計画を上位計画とし、関東地方整備局が主体的に進める東京湾の水環境再生・創出に向けた概ね10年間の取組の方針として、平成18年に「東京湾水環境再生計画」(以下、「再生計画」という)を策定し、東京湾及び流域の環境再生に取り組んできた。その後、上位計画の「行動計画」の改定にともない、「再生計画」もあわせて改定を行ってきた。
今般、令和5年3月に「行動計画」が3回目の改定を受け、「再生計画」も3回目の改定を行った。
本稿では今回改定した「再生計画」で掲げた「水環境再生に向けた基本的方針」と「具体的な施策展開」、その中でも、主に東京湾における施策を中心に紹介する。
(1)計画の目標
本計画の策定にあたり、環境に係る行政の動き、東京湾の現状、上位計画の「行動計画」を踏まえ、「再生計画」の目標を以下とした。
① 東京湾の開発・利用にあたっては、科学的なデータや官民の取組や活動で得られた知見に基づき、あらゆる段階で環境の保全・再生・創出を普遍的な理念として掲げながら、総合的かつ創造的に施策を推進し、「美しく豊かな東京湾」の創出を図る。
② 東京湾の水環境の再生にあたっては、多様な主体が「東京湾の目指すべき姿」を共有し、連携・協働の取組を通じて組織や人材の育成を図り、再生に向けた取組の輪を拡げて行く。
③ 東京湾が流域を含む多様な自然環境や生態系のつながりで成り立っていることを体感できる場や機会を提供し、流域人口3,000万人が東京湾に目を向け、再び「人」と「海」のつながりを取り戻すための取組を推進する。
④ 世界に類を見ない流域人口と産業集積を有する東京湾が、開発、利用、保全が高次元で調和した「美しく豊かな東京湾」として世界に発信できる先進モデルとなること目指し、多様な主体が連携して様々な取組を推進する。
(2)基本的な実施方針
本計画の目標に基づいて、具体的な施策を進めていくためには、その実施方針を明確にする必要がある。
実施方針は、「連携・協働」、「水質改善」、「生物生息環境改善」、「クリーンアップ」、「モニタリング・情報発信」の5項目毎に定め、その方針に則って、各施策を進めていくこととした(図1)。

3-1.連携・協働の取組
(1)関係行政機関の連携による環境対策の推進
行政機関の効率的な連携・協働を進めるためには、所掌業務や行政界を超えて連携を図ることが求められる(図2)。東京湾再生推進会議、東京湾再生官民連携フォーラム、東京湾岸自治体環境保全会議、九都県市首脳会議(環境問題対策委員会)など、既存の行政機関の連携の枠組みを活用し、東京湾の環境改善に向けた情報やノウハウの共有、人材の相互活用、イベントでの連携等を通じて、一層の連携強化や枠組みの拡大を図りながら、環境再生に向けた取組を推進する。
(2)活動の輪の拡大に向けた取組の推進
東京湾の水環境再生を効率的・効果的に進めるため、行政・市民・NPO・民間企業など様々な主体が目的や活動フィールドを共有し、モチベーションや知識を高めながら環境再生に向けて連携・協働で取り組めるよう、地域のニーズや環境への効果、継続性などを見極めたうえで、具体的な活動の仕組みづくりを行う(図3)。
また、より多くの主体が、得意分野やノウハウを活かしながら、活動の輪を拡げ、多様な活動に参画できるよう、ポータルサイトやSNS 等の情報ツールも有効に活用しながら、マッチングの取組を推進する。
(3)海辺の魅力を活かした取組の推進
我が国の近代化や経済発展のため開発が進められてきた東京湾であるが、今なお沿岸部には自然の海浜や干潟が多く残っている。また、港湾エリアにおいても人工海浜や親水緑地等の整備が進み、市民が東京湾の海辺とふれあう機会の増進につながっている。
今後、多くの市民が東京湾の身近な“ 海辺の魅力” に気づき、環境再生活動や環境学習など協働の取組に関わりながら、“ 自然の豊かさ” や“ 人と人のつながり” を体験できる場として、海浜や親水施設が広く活用されるよう、多様な活動を推進する(図4)。
また、実施にあたっては地域で活動するNPOや、東京湾再生官民連携フォーラムの各PT 等とも連携し、活動の魅力向上や安全の確保を図りながら取組を進める。
(4)海とのふれあいの場の開放と利活用の推進
人々が「海」とのつながりを感じ、水際空間の持つ魅力を広く体験するとともに、地域の賑わいや活性化にもつながるよう、パブリックアクセスが可能な水際線の開放・拡大の取組を推進する(図5)。
なお、パブリックアクセスの拡充にあたっては、地方自治体や民間企業、市民団体等などとの連携を図り、営利での利用を含め地域主体での施設管理・運営の導入についても積極的に検討を進める。また、取組を進めるにあたっては、バリアフリーやユニバーサルデザインに配慮するとともに、安全性を確保するためのハード整備やルールづくり、良好な景観の形成等についても適切に対応する。
3-2.水質改善の取組
(1)浚渫・覆砂・深掘跡の埋戻しによる水質の改善
これまで港湾においては、東京湾奥部を中心に汚泥堆積が進む海域での汚泥浚渫や、底質からの栄養塩類等の溶出を抑制するための覆砂を実施してきた。また、東京湾内には過去に埋立地を造成するための大規模な土砂採取により、青潮の原因である貧酸素水塊の発生場所の一つとなっている深掘跡が点在していることから、港湾工事で発生した浚渫土を活用した深掘跡の埋戻しを実施している(図6)。

今後も、関係する地方自治体や港湾管理者等と調整・協議を行い、埋戻し土砂の確保などについて他事業との連携を図りながら、水質の改善及び生物生息環境の改善に向けて、汚泥浚渫、覆砂及び深掘跡の埋戻しを実施する。
(2)豊かなうみの実現に向けた検討
東京湾では、一部の海域で栄養塩類の不足による漁業への影響も指摘されはじめている。今後は貧栄養化による漁業や生物への影響を防ぎ海域の栄養塩類を効率的・効果的に活用するため、栄養塩類の偏在対策についても必要な検討を進めていく。
3-3.生物生息環境改善の取組
(1)ブルーインフラの拡大
令和4年12月、国土交通省港湾局は、海洋植物が持つCO2吸収や水質浄化といった効果に着目し、藻場や干潟などの生態系を活用したCO2吸収源の拡大によるカーボンニュートラル実現への貢献や生物多様性の豊かな海の実現を目指し、藻場・干潟及び生物共生型港湾構造物を「ブルーインフラ」と呼び、これらの拡大を進めるため「命を育むみなとのブルーインフラ拡大プロジェクト」を推進することとした。
(2)順応的管理による取組の推進
自然再生の目的を達成するため、自然の不確実性により当初の計画では想定していなかった事態に陥ることを予め管理システムに組み込み、計画目標の達成状況をモニタリングしながら、柔軟に対応していく「順応的管理手法」が提唱されている(図12)。


海域での自然再生に係るプロジェクトの実施にあたっては、国土交通省港湾局がとりまとめた「順応的管理による海辺の自然再生(平成19年3月)」を参照し、昨今の急速な気候変動による環境の変化にも対応できるよう、状況に応じた柔軟なプロジェクト展開を図ることとする。
本計画では、包括目標の下に「連携・協働」、「水質改善」、「生物生息環境改善」、「クリーンアップ」、「モニタリング・情報発信」の5項目について実施方針(個別目標)を定め、必要な管理手法の設定、モニタリング、レビューを実施しつつ、各施策を推進する。
3-4.クリーンアップの取組
(1)一般海域及び河川での浮遊ゴミ・油回収
浮遊ゴミ、流木、流出油は川や海の汚染原因となるばかりでなく、海難事故や生態系への悪影響の原因にもなる。そのため、東京湾及びその流域において浮遊ゴミ等の回収・処理を適切に実施する必要がある。
現在、東京湾内の各港湾区域では、港湾管理者が所有する清掃船、港湾区域を除く一般海域では、関東地方整備局が所有する清掃兼油回収船「べいくりん」により、浮遊ゴミ等の回収・処理を実施している。また、流入河川においては、関東地方整備局が所有する水面清掃船により、ゴミ等の回収・処理を実施している(図13)。
なお、清掃兼油回収船「べいくりん」は、油流出事故発生時に海上保安庁からの緊急出動要請を受けて、油回収も実施している。
今後も、これら清掃船による浮遊ゴミ等の回収・処理を継続する。
(2)海岸清掃・河川敷清掃
海岸に漂着したゴミ等は、水際線の景観や安全、利用面で様々な悪影響を引き起こすことから、平成2年7月、「美しく豊かな自然を保護するための海岸における良好な景観及び環境の保全に係る海岸漂着物等の処理等の推進に関する法律(海岸漂着物処理推進法)」が成立し、国、地方公共団体、事業者、国民、民間の団体等の役割分担及び連携強化を図りながら、漂着ゴミの回収活動が実施されている。
関東地方整備局では、湾内の港湾管理者及び第三管区海上保安本部と連携し、毎年7月の海の月間に東京湾における海面浮遊ゴミ及び油の回収業務の実態と重要性を市民の皆様に知って頂き、ゴミを海や川に捨てないよう意識啓発を図る「東京湾クリーンアップ大作戦」を実施している(図14)。
また、河川においても「荒川クリーンエイド」、多摩川での「クリーン作戦」など、地域住民やNPO、沿川の自治体と協力しながら河川の清掃活動や支援を行っている。
引き続き海岸、河川の清掃や活動への支援及び啓発に取り組んでいく。
(3)放置艇対策
放置艇は、船舶の航行障害、洪水・高潮時の放置艇の流出、油の流出の恐れや、景観の悪化など多岐にわたる問題が指摘されている。また、東日本大震災の教訓として、津波による背後住居等への二次被害も懸念される。
国土交通省及び水産庁では、平成8年度より、港湾・河川・漁港等の三水域を対象とし、「プレジャーボート全国実態調査」を実施している。平成25年5月には、「プレジャーボートの適正管理及び利用環境改善のための総合的対策に関する推進計画」を策定し、水域管理者をはじめとする関係者と連携し「係留・保管能力の向上」と「規制措置」を両輪とした放置艇対策を推進してきた(図15)。
また、これまでの海岸法、港湾法、漁港漁場整備法での規制に加え河川においても、河川、港湾、漁港の3水域で連携した放置艇対策を計画的かつ効果的に行うため、河川法施行令等を改正(平成26年4月施行)し、船舶等の放置等の禁止規定及びこれに違反した場合の罰則規定を設けた。
さらに、令和6年3月、港湾局、水管理・国土保全局及び水産庁は「三水域(港湾・河川・漁港)におけるプレジャーボートの適正な管理を推進するための今後の放置艇対策の方向性」を取りまとめ、概ね10年程度を目途に放置艇の解消を目指し、官民連携による取組を進めることとしている。
以上をふまえ、引き続き、地域・関係者等と連携した放置艇対策を展開することにより、東京湾での放置艇問題の解消を目指していく。
3-5.モニタリング情報発信の取組
(1)定常的な海洋環境データの収集・解析・公表・蓄積
東京湾において、様々な主体が調査・収集を行っている環境データについて、包括的に収集・公表を行っていくため、関東地方整備局 横浜港湾空港技術調査事務所に設置した「東京湾環境情報センター(TBEIC)」の機能の充実を図り、東京湾全体の環境データを一元的に提供できるようシステムの強化を進める(図16)。
また、東京湾の水環境再生に関わる取組で得られたデータや知見、トピック等については、WEB やSNS 等を用いて広く発信するとともに、東京湾再生推進会議の分科会や、東京湾再生官民連携フォーラムの関係PT とも共有し、より効率的・効果的な東京湾の環境形成に役立てて行く。
上記の3.の「具体的な施策展開」を効果的に進めるためには、各施策による効果を的確に把握するための指標を定め、施策へのフィードバックなど適切な改善策を講じながら取り組んでいくことが重要である。
一方、今回改定した「行動計画」においては、令和5年12月に東京湾再生官民連携フォーラムからの政策提言がなされ、底層溶存酸素量、透明度、全窒素・全りん、赤潮発生回数、底生生物から見た環境保全度評価、下水道対策による負荷量の削減量、水遊び・環境学習イベントの開催数・参加者数及び開催場所数の7つの指標が提案されている。
本計画に掲げる施策を効果的に推進するため、従来、設定・活用してきた指標について十分な検証を行うとともに、フォーラムが提案する指標との連携も視野に、有識者等の意見を聴取したうえで、前述2.の「基本的な実施方針」について、新たな指標を設定し取組を評価していくこととする。
今回の「再生計画」の紹介は、「再生計画」で掲げた「水環境再生に向けた基本的方針」と「具体的な施策展開」、その中でも「具体的な施策展開」では、東京湾内に関連するところを主として取り上げた。
東京湾を「美しく豊かな東京湾」にするには、「東京湾周辺海域」で行っている、「下水道」や「河川」の取組も重要である。下記に示すHP にアクセスしていただくと、今回紹介できなかった「下水道」や「河川」の「具体的な施策展開」も記載されているので参考にしていただきたい。
最後に、関東地方整備局は、「美しく豊かな東京湾」を次世代へ引継ぐため、水環境の再生・創出に向けた施策を推進してまいります。東京湾水環境再生計画の詳細な内容は、以下のHP をご覧ください。
https://www.ktr.mlit.go.jp/shihon/index00000015.html

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