前回までのコラムでは、建設業が脱炭素を求められる背景や国内外の政策動向など、建設の脱炭素化を巡る全般的な話題を紹介してきましたが、今回のコラムから、建物のライフサイクルCO2に関する具体的な事例を4回にわたって紹介していきます。
本コラムでは、建設分野における脱炭素、カーボンニュートラルに関する役立つ情報や気づきとなる話題(制度動向、技術革新、取組事例、用語解説など)を10回にわたり紹介していきます。
#バックナンバー
第1回【 #01 建設業が脱炭素化を求められる背景 】
第2回【 #02 Scope3排出量と建物のライフサイクルCO2 】
第3回【 #03 建物のライフサイクルCO2をめぐる状況① 】
第4回【 #04 建物のライフサイクルCO2をめぐる状況② 】
第5回【 #05 土木・インフラ工事のCO2排出量算定 】

三井不動産株式会社は、建設・不動産業界の脱炭素の取り組みをサプライチェーン全体で推進するために、2022年3月に、株式会社日建設計と共同で「建設時GHG排出量算出マニュアル」を策定しました。
このマニュアルは、日本建築学会の「建物のLCA指針」を実務においてより使いやすくするためにアレンジしたものです。
本マニュアルの作成前は、建設時のGHG排出量を算定する場合は、工事金額に一定のCO2排出原単位を掛け合わせて簡易的に算定することが一般的でした。
この方法でCO2排出量を算定する場合、建築資材や工事金額が高騰すると同じ建物でもCO2排出量も増加してしまう、工種毎の排出量を把握できず、排出削減対策も反映されない、といった課題があります。
本マニュアルでは、部資材ごとの積み上げ方式で算定するため、建物のCO2排出量を高精度で算定することが可能となりました。
本マニュアルは、以下のような特徴があります。
● 設計や施工の実務者でも理解しやすい「詳しい解説」と、 パラメーターを入力するだけでGHG排出量が算定できる「支援ツール」から構成。 ● バウンダリー(算定対象範囲)などが定義。 ● 学会で定義した原単位に加えて、カーボンニュートラル建材の算定ルールを記載。 ● 標準的な計算事例を掲載。 |
出典:三井不動産 2022年3月31日プレスリリース
三井不動産がGHG排出量を算定するマニュアルを作成する背景として、三井不動産が掲げる脱炭素社会実現に向けた姿勢があると考えられます。
三井不動産は、2020年12月に、グループ全体の温室効果ガス排出量の2030年度と2050年度における削減目標を公表しました。
グループ全体の温室効果ガス排出量を
2030年度までに40%削減(2019年度比)
2050年度までにネットゼロ
※SCOPE1+SCOPE2は2030年度までに46.2%削減(2019年度比)

この削減目標を達成するために、以下の行動計画を掲げています。
行動計画① 新築・既存物件における 環境性能向上 | 行動計画② 物件共用部・自社利用部の電力グリーン化 | 行動計画③ 入居企業・購入者の皆様へのグリーン化メニューの提供 |
| 行動計画④ 再生可能エネルギーの安定的な確保 | 行動計画⑤ 建築時の CO₂排出量削減 に向けた取り組み | その他の重要な取り組み ➢森林活用 ➢外部認証の取得 ➢オープンイノベーション ➢街づくりにおける取り組み ➢社内体制の整備 |
行動計画⑤に「建築時のCO2排出量削減に向けた取り組み」が記載されています。
具体的には、以下のような行動計画(抜粋)を立て、サプライチェーン全体でのCO2排出量削減を促すとしています。
● 建築時排出量の正確な把握、削減効果の適切な反映を企図し、「建築時排出量算出ツール」として整備する。
● 全ての施工者に対し上記ツールを用いた建築時CO2排出量の算出を義務化する。
● 「建築時CO2削減計画書」の提出を義務化。
この行動計画が具体化したものが前述の「建設時GHG排出量算出マニュアル」です。
三井不動産が発注する物件でマニュアルの試行を進めていくようです。
また、策定したマニュアルを幅広い業界関係者に共有し、より使いやすい実務ツールとして整備することで、サプライチェーン全体での脱炭素社会の実現に向けて取り組みを進めていくとしています。
このマニュアル・ツールをベースに不動産業界全体で使えるものとして2022年に策定されたものが、(一社)不動産協会の「Scope 3 算定を行う建築工事発注事業者のための『建設時GHG 排出量算定マニュアル』」です。
さらに、そのマニュアルおよび関連ツールの一部は、本コラム#4でご紹介した「建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT)」に引き継がれています。
(一社)不動産協会 「建設時GHG排出量算定マニュアル」の策定について
一般財団法人住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT®)
なお、三井不動産は、この他にも、自社グループのGHG削減目標についてSBTイニシアティブ認定を取得したり、事業活動で使用する電力の100%を再生可能エネルギーにすることを目指すRE100に加盟したり、気候変動関連情報開示タスクフォース(TCFD)に賛同し情報開示を行うなど、気候変動対策として様々な取り組みを行っています。

出典:三井不動産グループ「脱炭素社会実現に向けたグループ行動計画」
今回のコラムでは、建物のライフサイクルCO2に関する事例を紹介しました。
——————次回のコラムでは…!
次回以降のコラムでも不動産会社、建設会社等の具体的な事例を紹介していく予定です。
次回もお楽しみに!

大学院で気候変動に関する研究に従事。
卒業後は、シンクタンクで気候変動対策の政策実施支援やカーボン・オフセットの指針・ガイドライン策定などを担当。
さらにコンサルティング会社にて、気候変動対応の戦略策定や実行支援に携わる。
2021年、Sustineri株式会社を設立。
建物のCO2排出量算定サービスの開発・運営を行う。
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