建設物価調査会

自全社でDXを推進し、デジタル化を加速 人と場所と時間をつなぐことがBIM/CIMの理想の姿

西松建設株式会社

左から
土木事業本部土木部部長代理兼CIM 推進室長 川口幸治さん、建築事業本部意匠設計部 BIM 推進室 岩崎昭
治さん、土木事業本部土木設計部設計4課 内屋祐貴子さん、DX 戦略室 デジタル技術革新部長 前啓一さん

2024年に創業150年を迎える西松建設株式会社は、高度な技術力を強みに、トンネルや道路、ダムや公共施設の建設、都市再開発など、安全・安心な社会基盤整備や快適な環境づくりに貢献している。「西松DXビジョンver2.0」のもと、全社を挙げてBIM/CIMに取り組んでいる。




西松DX ビジョンを策定し、DX を推進

 デジタル技術を活用して業務の効率化や生産性向上を実現し、新たな価値を創造するデジタルトランスフォーメーション(DX)が建設業界でも加速している。西松建設は2022年6月に「西松DX ビジョン」を策定し、2023年5月に「西松-Vision2030」を実現するため、「西松DX ビジョンver2.0」にアップデートした。「現場力がシンカしたスマート現場」、「仮想と現実が融合した一人ひとりが活躍できるワークスタイル」、「エコシステムで新しいサービスや空間を創り出すビジネス」の3つのテーマを掲げ、2030年その先までのロードマップを策定した。

 同社では、2018年度に建築事業本部にBIM 推進室、土木事業本部にCIM 推進室を開設してBIM/CIM への取り組みを進めてきたが、全社でDX を推進していくために、2022年6月に本社にDX 戦略室が開設され、7月に経済産業省のDX認定を取得。建築事業本部には生産設計プロジェクト室、さらに土木事業本部の土木設計部にBIM/CIM の業務支援や社員教育を行う設計4課を開設した。

 DX 戦略室デジタル技術革新部長の前さんは「これまでは別々に進められていた建築のBIM と土木のCIM を全社のDX という枠組みで包括することで横ぐしを通すことができます」。実際に浄水場建設工事では、基礎杭と支持地盤の確認等の地下部分を土木で、上屋部分の意匠や詳細部確認を建築でと、それぞれの活用シーンに応じて効果的にBIM/CIM モデルを活用する取り組みが始まっている。

 また「技術の伝承は大きな課題です。ノウハウを持っている人が減っていく中で、若い人がデータを使って判断ができるような環境をつくっていくことが必要」だとDX の意義を語る。2023年度、全国の約250現場の中から、20カ所をDX 現場に選定し、現場のDX 化を進めている。今後はその成果を他の現場にも展開していく」という。

西松DX ビジョンver2.0「現場力がシンカしたスマート現場」ロードマップ

施工図をBIM から自動出力

 建築事業本部でBIM を推進している岩崎さんは、現場管理を行っているころからBIM に取り組んできた。「これまではBIM/CIM を進めようとしても、なかなか理解が得られませんでしたが、DX が社会の潮流になり、ここ数年でBIM が活用しやすい環境になりました」という。

 同社では建築分野において、精度の高い施工図をBIM から自動出力する「西松生産設計BIM システム」を構築した。設計でBIM/CIM による3次元モデルを作成しても詳細度の違いなどから、そのまま施工には活用できないため、これまでは設計時のBIM モデルから2次元図面を出力し、詳細な施工要件を付与・修正しながら仕上げていく必要があった。変更の都度、BIM と施工図を更新しなければならず非効率だった。「西松生産設計BIM システム」は、熟練技術者の暗黙知を形式知化し、BIM システムに落とし込むことで設計と施工の連動性を強化し、業務プロセス自体も大きく変えた。施工検討項目の90%を設計段階へフロントローディングすることで、着工後の調整や手戻りが少なくなり、精度の高い施工図作成や効率化が可能になった。これまでに物流施設5プロジェクトや事務所ビルなどで実施されている。2024年度からは、すべての物流施設プロジェクトで導入する計画だ。さらに集合住宅などにも展開していく。

 岩崎さんは、「最近では、フロントローディングで後から発生するコストのリスクを抑えるアプローチをするケースやデータを維持管理に活かしたいと考えるお客様も増え、発注条件にBIM 活用が盛り込まれているケースも増えています。BIM の付加価値をお客様が認識していることを感じています」という。「正しいモデルがあれば、そのデータを使って施工図、ICT 建機との連携などサプライチェーンで連携し、展開できます」。今後は、専門工事会社とも連携をとっていく。

西松生産設計BIM システム

CIM 活用のための体制づくりと人材育成

 土木分野では、CIM 推進室がi-Constructionの対応、国土交通省のBIM/CIM 推進委員会への参画を含め、CIM の普及推進を行ってきた。設計検討でも3D の活用が当たり前になってきたことから、土木設計部に設計4課を新設し、体制を強化した。CIM 推進室では、BIM/CIM 適用工事対応と各現場でのBIM/CIM の活用を支援し、設計4課では、社員教育や使用環境の整備、3D モデルによる設計照査などの対応をし、3D に対応できるCAD オペレーターの採用・養成や社員教育にも力を入れている。

 人材育成に関しては、幹部職員に向けたBIM/CIM の説明会や「西松社会人大学」という企業内研修プログラムに講習会を組み込み、普及推進を図っている。また入社4年目から40歳までの技術者を対象に、簡単な作図スキル(基礎コース)と実践的な活用スキル(応用コース)の2段階で講習会を実施し、基本的なスキル習得と現場での対応力強化を進めている。現在、対象者の約9割が基礎コースの受講を終えている。社内講習会の講師を務める設計4課の内屋さんは「受講した社内の設計担当者は、3D モデルを作成し検討するなど、業務でBIM/CIM を活用しています」という。今年度も全国の支社支店で講習会を実施。さらにNネット(西松建設協力会)向けにBIM/CIM やDX 関連の説明会を開催し、協力会社への普及推進も行っている。

トンネル工事におけるCIM 総合管理システム

 山岳トンネル工事では、前方探査や地質情報、計測データなどをBIM/CIM モデルに反映し一元管理する「山岳トンネルCIM 総合管理システム」を開発し、全国のトンネル現場で導入して施工管理の高度化や施工の効率化、リスク削減につなげている。シールドトンネル工事では、掘進情報や懸念される既設物の把握などをBIM/CIM モデルに反映する「シールドトンネルCIM 管理システム」を開発した。「見えない場所を掘り進めるトンネル工事では、各種情報を通して切羽前方や施工状況をBIM/CIM モデルで可視化することでリスク低減や効率化につながります」とCIM推進室長の川口さん。

 ダムや一般土木工事では、シミュレーションや干渉のチェック、数量計算、AR・VR による可視化など、施工計画や施工検討での活用とICT施工との連携に力を入れている。今は施工者側の負担でモデル化している場合が多いが、発注段階で詳細設計のBIM/CIM モデルがあれば、施工フェーズにおいても生産性向上の効果は大きい。フロントローディングによりスムーズな着工や設計変更業務の減少が期待できる。

 川口さんは「施工環境が複雑になるほど、BIM/CIM は効果を発揮します。BIM/CIM ありきではなく、単純な施工や小規模な工事、機密情報で縛られる工事などには無理に導入を進めていません」という。現在、単独およびJV 工事の約半数の土木現場でBIM/CIM モデルを導入している。

山岳トンネルCIM 総合管理システム
シールドトンネルCIM 管理システム

 今後は、工程情報などのさまざまな情報と連携して高度化し、提案型のフロントローディング実現を目指していく。業務の自動化では、トンネル工事の仮設備の配置の半自動化や土木の技術提案における生成AI の活用などが進められている。

 CIM 導入当初、川口さんは、設計・積算業務から施工計画や工程管理などの施工、維持管理への活用などあらゆる生産プロセスをモデルひとつで万能的に効率化できると期待した。しかし、建設生産システム全体での利用、活用までを考慮したうえでのBIM/CIM でなければ、その効果を発揮することはできないと実感した。施工を担う建設会社としてBIM/CIM 普及に貢献するため、2つの方針を立て実践している。ひとつは、発注者の方針に万全に対応できる体制を整え、効果的な提案ができるように準備すること。これまで17件のBIM/CIM 活用工事を行い、蓄積された豊富な知見やノウハウがあることが強みだ。もうひとつは、現場のニーズに寄り添った活用を図ること。押し付けではなく、多忙な現場の技術者が効果を実感できるBIM/CIM の活用を目指している。完成形や詳細部の確認、4D シミュレーションはもちろん、VR・AR の活用による可視化も積極的に行っている。

施工検討(鉄筋・アンカー干渉確認、耐震補強工事例)
AR 可視化(埋設物・仮設材・躯体、橋台・橋脚築造工事例)

シームレスな情報共有と属性情報の利活用

 国土交通省直轄工事のBIM/CIM 原則適用は他の発注機関への広がりを促し、建設生産システム全体での生産性向上の足掛かりになると川口さんは期待している。実際、鉄道会社や高速道路運営会社などのインフラを担う企業では、BIM/CIM活用が実施されている。

 川口さんは「単なる3次元モデルの活用だけでなく、進化した形でBIM/CIM モデルを使っていくためには、シームレスな情報共有という視点を加えることが重要」と示唆する。さまざまな情報が備わるBIM/CIM モデルを介して、発注者、設計者、受注者をつなぎ、業務の効率化、工事運営の最適化を図る。また地域全体の複数工事をつなぐことで国土保全の高度化や防災・減災に貢献できる。さらに時間軸をつなぐことで次発注工事・維持管理更新の最適化が可能になる。人と場所と時間をつなぐことがBIM/CIM の理想の姿だと川口さんは考えている。「言葉やかたち先行ではなく、現場や社会の課題を解決しようとした時に、“DX やBIM/CIM がそこにある” という地に足がついた姿を目指していきたい」と川口さん。またBIM/CIM の価値を高めていくためには、属性情報の利活用が􄼴になるという。

 建設生産システム全体でBIM/CIM を活用していくためには、受注者はもとより発注者の意識やスキル、国土交通プラットフォームやDX データセンターなどのモデルやデータの利活用、そのための共通ルール化などスムーズに運用されるよう産官学協働が欠かせない。

 BIM/CIM は、3D モデルから、時間的概念を追加した4D、最適なコスト管理を実現する5D、建物のサステナビリティに関する配慮も実現する6D、維持管理のプロセスにBIM を活用する7Dといった進化が期待されている。全社でDX を推進する西松建設の取り組みから、BIM/CIM の新たな可能性が見えてきた。



建設物価2024年1月号