建設物価調査会

土木の専門知識と情報技術のスキルを併せ持つ次世代の技術者を養成

東北学院大学 工学部

東北学院大学 工学部 環境建設工学科 教授  石川雅美さん(右)
東北学院大学 工学部 情報基盤工学科 准教授 門倉博之さん(左)

BIM/CIMの活用やi-Constructionなど、建設分野でのデジタル化やデータ活用が進んでいる。それらDXを進めていくうえで、これからの建設技術者にはどのようなスキルが求められるのだろうか。そのための人材育成をどうすればよいのだろうか。土木工学に情報工学を融合させた教育を進めている東北学院大学の石川雅美教授と門倉博之准教授にお話をうかがった。

 

実践型の建設技術者を養成

 東北学院大学は東北地方最大の私立総合大学。工学部環境建設工学科は、基礎的専門知識を習得した実践型の建設技術者を養成している。学科の卒業生は5,000人を超え、建設会社や行政、鉄道会社や高速道路運営会社など各方面で活躍しており、卒業生に対する評価も高い。環境建設工学科では、2年次前期から建築コースと環境土木コースに分かれて専門知識を学ぶ。数学や科学技術、さらに情報技術のスキルと応用能力を身に付けるための教育を重視している。環境土木コースは、(一社)日本技術者教育認定機構のJABEE プログラムに認定されており、国家資格の技術士補の資格が取得できる。建設分野のDX 化を見据えて、2024年度から環境土木コースの2年生を対象に土木情報学と2025年度から3年生を対象にi-Construction の授業がスタートする。

新たな技術を理解し、判断する力

 建設業界では人手不足が進んでいるが、企業側では大学新卒者の採用も難しくなっているという。人が少なくなっていく中で土木事業の生産性を上げていくためにはDX を進めていかないと対応できない時代になってきている。国土交通省では、インフラ分野においてもデータとデジタル技術を活用して社会資本や公共サービスを変革するDXを推進している。

 環境建設工学科の石川雅美教授は、計算力学に基づく数値解析をベースとしたコンピュータグラフィックスを用いて、コンクリート構造物の温度上昇によるひび割れや、凍結による劣化などの現象について研究を行っている。行政や企業との連携も多く、DX 教育の必要性をさまざまな場面で感じるという。石川先生は、国土交通省東北地方整備局総合評価委員などを務めており「総合評価の中には、企業のDXへの取り組みに関する項目があります。企業はDX に取り組まないと工事が受注できない仕組みになりつつあります」という。

 また石川先生は、インフラメンテナンス国民会議東北フォーラム(以下、東北フォーラム)のリーダーとして産学官民の連携によるインフラの効率的な維持管理を推進している。現在、東北フォーラムでは国土交通省と共同で、道路の境界ブロック目地部等の防草技術の実証実験を行っている。従来の薬剤散布から温水除草、シートなどの防草資材、さらには形状の工夫により目地に雑草が生えないようにするブロックなど、さまざまな技術提案がある。

 東北フォーラムで毎年開催しているマッチングイベントでは、自治体にインフラを管理する上での課題(ニーズ)を出してもらい、それを東北フォーラムがカテゴライズして企業側に提供する。企業側はソリューション(シーズ)を提案し、自治体の課題解決につなげていく。

石川先生は「提案側の企業は、情報・通信や光学機器メーカーなど異業種からの参入が多く、土木分野だけでなく多くの業種を巻き込んだシフトチェンジ、パラダイムシフトが起きています。したがって土木技術者は、さまざまな企業が提案する技術を理解するベースを持つことが必要になります」と示唆する。

例えば、最近では、画像解析技術でコンクリートのひび割れや道路の陥没を診断するツールが出ているが、それぞれのシステムやサービスを比較し判断するには、土木の基礎的な知識に加え、情報系の知識や数学的なバックグラウンドが必要になる。

第3のイノベーション

 現在のDX の流れを建設業のイノベーションとして石川先生は次のように話してくれた。

「1回目のイノベーションは、戦後の荒廃した国土を復興させるために従来的なやり方では対応できず、海外から建設土木機械を輸入して効率的に仕事をして復興をやり遂げたことです。2回目はバブル期の建設需要に対応するためにCAD が導入され、コンピュータや情報技術で生産性が上がったことです。手描きの図面をCAD 化することでイノベーションが起こったのです。そして3回目のイノベーションは今だと思っています。そのための人材を育てていくことが急務です。大学を卒業し、その後40年近く土木分野で働いていくために必要なスキルを身につけさせたいという思いがあります」。

企業と大学が共創する機運もある。石川先生は「そんな時代だからこそ、学生たちに面白いことを教えていきたい」という。

 そこで工学部情報基盤工学科の門倉博之准教授に声を掛け、環境土木コースの学生を対象にDXに関する教育を進めることにした。

人のふるまいをモデル化し、シミュレーションする

 門倉先生は、混雑や滞留など、大規模な人の流れ(群集流動)が引き起こす現象の調査とモデル化、シミュレーション技術についての研究を行っている。特に避難計画など防災分野での活用を目指しているという。

「人のふるまいは、まだわからないことが多く、そのメカニズムを解明することに面白さを感じます。コンクリートでは物性値が大事になるように、人のふるまいも丁寧にデータを取って解析することでさまざまなことが見えてきます」と門倉先生はいう。

この言葉を受け石川先生は「私が研究で使っている温度場や力学の計算も門倉先生の人のふるまいを数値化することも基本的にはラプラス方程式です。だから、分野は違ってもお互い何をしているのかよくわかっています」という。

「土木情報学の中にもソフトコンピューティングという分野があり、人のふるまいをシミュレーションすることで、人の相互作用から生まれる複雑な現象を分析・予測するものがありますので授業の中でも触れていきたいですね。実験では、GPS(全地球測位システム)のような位置情報ツールやカメラ、センサーなどを使いデータを収集します。視線の動きを解析することもありますし、VR を使うこともあります。人の安全や生命を預かる建築や土木の中で使うことに意義があると考えています」と門倉先生。

経験工学から土木が変わっていく

 仙台では、中心地を通る国道4号仙台バイパス箱堤交差点の立体化事業が進められている。この道路橋の鉄筋コンクリート構造物も研究対象だ。石川先生の研究室の昨年度の卒業研究では、道路橋の橋台のコンクリートを数値解析し、コンピュータシミュレーションで30年後のひび割れを予測して修繕計画を提案した。気候条件や材料の性質を考慮してコンクリートの発熱や収縮、鉄筋錆などさまざまな要素をシミュレーションで評価し、修繕計画を立てることが重要だと石川先生はいう。

シミュレーションで20年後、30年後の劣化状況がほぼ正確にわかるという。また膨張材の量や鉄筋を増やす対策もシミュレーションで評価できる。すでに温度変化によるひび割れのシミュレーションは多くのプロジェクトで行われており、石川先生は、さらに精度を上げるために乾燥収縮という長いスパンでコンクリートが乾いていく過程でどのようにひびが進展していくかを研究している。

「鉄筋の錆についてもシミュレーションできると構造物の一生が数値解析できることになります。そうなればより合理的な維持管理計画が策定できるようになります」と石川先生はいう。さらに「経験工学的だった土木工学を数学やシミュレーションを使って科学的に説明できるようになっています。今は、経験工学から土木が変わっていく過程だと考えています」と示唆する。

インフラのライフサイクルと情報ツール

 2024年度からスタートする土木情報学、i-Construction の授業は、石川先生が担当していた建設マネジメントに代わるものだという。石川先生は「土木情報学では、設計や施工、維持管理といった社会インフラのライフサイクルの中で使われる情報ツールの基本を学びます。分野が広いので学生が興味を持てるようなところを中心に紹介していくイメージです」という。

門倉先生は「i-Construction はロボットを使った自動化といった側面もありますが、むしろ土木情報学を具体化して各段階での代表的な技術を理解し、演習をする計画です。例えば、GIS(地理情報システム)を使ってデータを可視化するといった演習なども考えています。プログラミングを深堀するより、データがどのような場面でどう活用できるかを理解してもらえるといいと思っています」という。

 石川先生は「DX の時代は、土木の知識と情報技術の2つを使うことになります。情報技術はツールです。いくら英語を話せても、伝えたい内容や知識がなければ会話ができないように情報技術だけを学んでもその知識を生かすことはむずかしい」という。土木の基本的な知識を持ち、情報系の知識を付加することで、従来の土木技術を発展させることができる人材になる。

門倉先生は「群集流動情報工学は建築や土木工学と情報工学を融合したものですが、建築計画や都市計画、防災計画など、さまざまな分野で活用されており、専門性を持つ人材が必要になっています。土木や建築の知識がある人が使うことで社会の役に立つもの、求められるものになると感じています」。

 両先生とも、情報工学を学んだ学生にも建設業で活躍して欲しいという。DX 推進で活躍できる人材は、土木系、情報系のどちら側からでも可能であり、それで建設業界が発展していけばいいという。門倉先生は「情報基盤工学科の学生を建設会社に送り込もうと試みています。建設業界に行けば情報技術に関する通訳のような存在になれると考えています。そのためには情報系の学生が土木や建築に興味を持ち、かつ知識を補っていくことが必要だと感じています」。

 最後に今後の建設業界への展望と人材育成についての抱負をうかがった。

 石川先生は「インフラを自国でつくり続けないとつくれなくなってしまいます。日本の国力を維持するためにも、インフラを外国に頼るのではなく、自国でつくり続けることが重要です。それを支えていく人材を育成するための教育を一生懸命やるつもりです。その人材がしっかりものをつくり、次の時代に継承していく仕事をして欲しいと思います」。

 門倉先生は「土木も情報の分野もこれからの時代は、その組み合わせによって成り立つと思っています。ドメインの知識がありつつ情報を活用していくスタイルが多くなっています。建築・土木の知識がある人たちが情報の知識を吸収して、それを強みにして業界で活躍して欲しいと思います」という。DX 時代の新たな技術者の育成が大学でも始まっている。

建設物価2024年6月号