国土交通省の直轄工事においてBIM/CIMが原則適用になり、BIM/CIMの本格的な導入がはじまっている。それに伴いBIM/CIMを実務で活用できる人材の育成が急務になっている。BIM/CIMの業務支援や人材育成を行っている株式会社マカロンサーベイの増田敦彦さんに取り組んでいる事業やこれからの土木に必要な人材育成についてうかがった。
2017年、熊本市に設立された株式会社マカロンサーベイ。代表取締役の増田敦彦さんとシステムエンジニアの小林千剛さんがBIM/CIM 業務支援、i-Construction 業務支援、CAD 教育と導入支援、システム開発、点群データ解析など、新たな技術で建設業界の課題を解決する支援を行っている。増田さんは「ICT 重機、レーザースキャナ、ドローン、3次元CAD、3次元GIS、VR、AR、MR、ロボット等、最新の技術が、どんどん建設現場に投入されています。また新しい施工技術に追随して、新しい施工基準や規格も積極的に取り入れられています」と建設産業の変化を話してくれた。さらに「当社で、こうした新たなニーズに応えるべく、ICT や3次元CAD をツールとして使いこなせる技術者を育成するとともに、自らも新しい技術やツールを積極的に活用し、新しい土木を全力でバックアップしていきます」という。
ユニークな社名は、フランスの焼き菓子、マカロンと調査や測量を意味するサーベイを組み合わせたもの。フランスを愛する恩師へのリスペクトと小さいけれど良い会社(価値がある)という思いを込めた。増田さんの恩師の小林一郎熊本大学名誉教授は、建設分野のICT 活用を研究するとともに人材育成や教育に力を入れてきた。2014年には小林研究室の卒業生有志が集い、CIM チャンピオン養成講座をスタートし、九州地方におけるBIM/CIM 人材の育成に寄与している。増田さんもメンバーとしてCIM チャンピオン養成講座の運営に携わり、2023年まで講師をしてきた。
増田さんは、熊本大学大学院で3D-CAD の研究をし、大学院修了後はゼネコンに入社して、その後システム開発会社に転職。そこで熊本大学で数学を専攻し、システムエンジニアとして活躍していた小林千剛さんに出会い、一緒に事業を始めることになった。2人は、九州地方整備局の九州インフラDX 人材育成センターの講習会で、一般社団法人 Civil ユーザ会のメンバーとして講師も務めている。
AI などの新しい技術も積極的に活用している。講習会や講演資料作成にもAI を使い、効率化を図っている。ホームページのイラストもAI が描いたものだ。会社を立ち上げた時に「世界を変えるための方法」をAI で検索し、AI が出した30個の答えの中から10個を選び、具体的な事業に落とし込んでいった。「世界をガラッとひっくり返そうというよりは、BIM/CIM でちょっと良い世界に変わったらいいなと思っています。例えば、現場の人が残業しなくてすむような仕事の仕方など、みんなにとってプラスになるようなことです。そうなると世界が少し良い方向に変わっていくはずです。BIM/CIM を広めていくことで、よりよい世界の実現に貢献したいと思っています」と増田さんは抱負を語る。
増田さんが講習会で受講者にいつも伝えているメッセージがある。「3D 作成の技術を身に付けることで見える世界が変わってきます。空間的な物事の視方を身につければ、見える世界が変わってきます」。これは、自身の体験や身近な人の変化を目の当たりにして生まれた言葉である。
社内でコンクリート製品の3D モデルを一緒に作っていた女性は、もともと道路側溝などにはまったく関心がなかったが、今では自然と目が行き、詳細な形状まで観察するようになった。3Dモデルで作成したものと同じ型があったと楽しそうに話してくれるという。最近では、マンホールの形や溝のスリットなど関心の幅が広がっていて、見える世界が大きく変わってきた。「3D-CAD をはじめると、コンクリート構造物に限らず、飲料やシャンプーのボトルなどを見ても滑らかなラインや美しい形状をどう作るのか、どのコマンドを使って作るのかといった見え方になります」と増田さんは笑う。
マカロンサーベイでは、日本全国で3D-CAD講習を行っており、これまでの受講者数は、官庁や団体、民間企業約120社、大学生など、約1,000人にのぼる。増田さんは、土木の現場とシステム開発の両方の経験を生かして、現場で必要なソフトウェアの使い方を教えている。
前述のCIM チャンピオン講座が、どちらかといえば大手ゼネコン向けなのに対し、マカロンサーベイの講習は、主に中小の建設会社や建設コンサルタント会社を対象にしている。建設産業全体の生産性向上を実現させるためには、中小企業のBIM/CIM 普及や3D 活用が重要であり、国土交通省でも中小企業のICT 化を推進している。「対象にしているのは、県や市町村の仕事を受注している地域の中小企業です。県や市町村の工事では、まだBIM/CIM が浸透していませんし、規模が小さい工事では、そこまで必要とされていないのが現状ですが、これからはBIM/CIM や3Dの活用が必要になります」と増田さんはいう。さらに「現場の高齢化で若い人が少なくなっていますが、若い人は現場に出たがらない。ドローンを使えますよ、3D-CAD で設計できますよというと楽しそうだと興味を持ってくれます」と前向きだ。
講習は、3日間、7日間の集中コースが中心となっている。7日コースの場合は、業務で忙しい技術者が1週間通しで受講するのはむずかしいため、3週に分けて実施する。
通常のCAD 操作の講習では、テキストに沿って、講師がこのボタンを押したら、こんなことができる、この機能はこんなふうに使えると説明して終わるのが一般的だ。マカロンサーベイの講習では、3D を自分で考えながらつくれるように指導することが大きな特徴だ。増田さんは「心がけているのは『学習→実践→会話→摘要』のサイクルを回していくことです。最初に操作方法を教えて、その後に練習問題を実習します。習ったことを同じ操作でつくってくださいといっても最初はうまくできません。そこで隣の人と相談したり、講師に聞くといった会話をすることで、どこでつまずいているかを認識し、それで得られたことをもとに自分でもう1回やってみる。さらにテキストを見ながら調べるなどして学習に戻っていく。インプットとアウトプットが回ると、学習の効果が上がるという学説があり、それを参考にしています」と独自のメソッドを説明してくれた。
現在、オンラインの講習は行っていない。オンラインでは、講師が話して受講者が聞くという1方向のスクール形式になってしまう。一方、集合形式の講習会では、わからないことがあれば講師や周囲の人にその場で相談できる。これが大切だと増田さんはいう。特に中小企業では、集合形式の方が学習の深みが増すという。
講習の内容も工夫して、模様の立体化や古墳を設計する演習もある。「現代では、古墳を建設する機会はありませんが、道路設計や橋梁設計ばかりだとどうしても業務寄りになってしまうので、遊びの要素を入れています」と増田さんはいう。また「テトラポッドのように複雑な立体をつくるやり方も教えています。単純に2次元図面から起こすのは難しいので頭の中を立体に切り替えてどうつくるかを考えてもらいます。テトラポットのつくり方を講習に取り入れたのは私が最初だと思います」と胸を張る。
学生時代から20年以上にわたり3D データを研究、活用してきた増田さんは「ここ5年ぐらいBIM/CIM が広まってきました。やっと時代が追いついてきたと感じています」という。また増田さんは「ソフトウェアが難しすぎて使いづらいこともありますが、それ以上にとっつきにくいというか、慣れていない人には抵抗感があるのです。現場の人がWord やExcel と同じようにCAD を使えるようになれば便利になります」という。
BIM/CIM を導入するために人材育成が急務になっているといわれているが、「電子納品が始まった頃は、そもそもパソコン使えない人も多かったし、2次元CAD を使えない人もいました。人材育成は昔からネックになっていました」と増田さんは振り返る。また機械やソフトウェアが高価なことや使える人が少ないことは、どの業界でも共通した課題でもあるという。「パソコンの性能も上がり、ソフトウェアも年々便利になっています。人がどう道具を使うかと考えると、使える人の裾野を広げていくことが大切です。日本に数人しかいない人をみんなで奪い合うよりは、たくさんの人が使えるようになった方がいい」と増田さんはいう。
マカロンサーベイのBIM/CIM の業務支援事業は、3D モデルの作成やBIM/CIM による統合モデルの管理など、多岐にわたる。その中のいくつか紹介すると、河川堆砂掘削工事支援業務では、3D モデルを作成し堆砂範囲と堤防から重機で掘削できる範囲や数量を算出する支援を行った。また県が市町村の仕事を代行している震災復興の区画整理事業では、建設コンサルタント会社が設計した図面に基づいて区画ごとに3D モデルをつくり、それを合体させ統合モデルをつくり、管理をしている。
また国土交通省の直轄工事がBIM/CIM 原則適用になったことから、建設コンサルタント会社にもBIM/CIM 対応が求められるようになり、2次元で設計したものを3次元化したいという要望が多い。増田さんは、建設コンサルタント会社の7日間のCIM 特別講習として、3D-CAD の講習の最終日に受講者と一緒に橋台や砂防ダムの設計図を3D 化した。
一般的な操作講習では、講師が準備したデータを使い、テキストにそって教えていくが、増田さんは「実務で設計した図面を使って3D 化することもあります。最初はたいてい、うまくいかないのですが、自分たちの実務に直結しているのでみなさん真剣に取り組まれます」という。要望に合わせて臨機応変に対応できることも同社の強みになっている。
増田さんは「最近は、作成した3D モデルを3Dプリンターで出力しています」といって、消波根固ブロック立体図一覧(抜粋)」の上に並べたブロックの模型を見せてくれた。「3D プリンターを使ったきっかけは、パソコンで作った3D モデルを手で触りたかったから」だと笑顔で話してくれた。これまでのように粘土をこねることもなく、造形できる便利さも魅力だという。マカロンサーベイでは、自動車の模型のパーツやスナック菓子のカップホルダーなど、さまざまなものを3D プリンターで製作してその一部を販売している。増田さんは「今後は、子供向けのイベントなど、さまざまな分野での活用を考えている」。
最後に今後についてうかがった。「まずはソフトを使える人を増やしたいと考えています。特に発注者が使えるようになると変わっていきます。大学では、カリキュラムの中でBIM/CIM を扱う学校が増えていますので、協力できればと考えています」。