建設物価調査会

土木分野における3次元モデルデータ活用について



大阪大学 大学院工学研究科 教授 矢吹 信喜  



1.はじめに

 3次元データは、以前から土木建築分野でも一部の会社が特定の目的で利用していましたが、設計、施工、維持管理と一貫して活用していこうという動きはここ数年のことです。BIM/CIM、i-Constructionは、我が国の建設業の生産性を向上させ、いわゆる3Kから脱出し、魅力ある産業に変えていこうという施策であり、その中心となるのが、3次元モデルデータです。しかし、これまで2次元図面で仕事をしてきた多くの技術者にとって、なぜ3次元に変えていかなければいけないのか、今一つピンと来ないという声をよく耳にします。そこで、本稿では、3次元モデルデータを利用すると何が良くなるのかを極めてやさしく紹介したいと思います。


2.モノづくりと2次元・3次元

 人間は、太古の昔から建物、橋、道、道具などを作ってきましたが、18世紀末までは、基本的に経験、現場での直接指示および2次元の「絵」で頭の中にある3次元イメージを元に作業を行っていたのです。現在のようなきちんとした図面が描けるようになったのは、1795年にフランスでガスパール・モンジュによって画法幾何学という今の図学の元となる学問分野が確立された後なのです。図面のコピーは、1842年に青写真が発明されて大分経った19世紀末頃にようやくできるようになったのです。また、現在、我々は当たり前のように、図1に示すような第三角法で立体を描きますが、機械の分野では、第一角法と第三角法との間で激しい争いがつい80年くらい前まありました。

 世界初のプログラム可能なコンピュータが米国で1946年に発明されてわずか17年後の1963年にアイヴァン・サザーランドによってCADが発明されました。このCADは初めから3次元のCGを作り、それを上下側面から見ることによって図面にするという画期的なものでした。航空機と自動車産業は、瞬く間に2次元・3次元CADを利用し始め、1970年代からコンピュータ統合生産(CIM)を開始し、現在では3次元CADで設計・製造するのが当然となっています。

 このように昔から普遍的だと思い込んでいる仕事の仕方が、実はそうではなく、たゆまぬイノベーションによって、破壊と創造が繰り返されてきているのです。

3. 設計段階での 3次元モデルデータのメリット

 では、3次元モデルデータを設計段階で利用するとどんなメリットがあるのでしょうか。
 
 
 まず、誰でもすぐに気づくことですが、2次元図面では人間が頭の中で立体形状を想像しなければならないのに対し、3次元モデルは立体を可視化しているため、はるかにわかりやすいということです。特に、図面に慣れていない一般市民でも形状や位置関係などが一目でわかりますので、いらぬ誤解やトラブルが生じにくくなります。これは、設計者と発注者あるいは施工者間の協議においても、理解するための時間が短縮されますので、効率化できますし、より良い設計の実現につながります。
 
 
 次に、図面を描いたり利用している技術者ならすぐわかることですが、2次元図面にはミスがどうしても避けられないということです。通常、一つの構造物について、100枚を越す縮尺が異なり、見る方向や断面など様々な図面を描きますので、同じ部材が異なる形で何枚もの図面に現われます。途中で寸法の変更などを繰り返しますので、どんなにチェックしても完全性を保つことは困難なのです。ところが、3次元モデルでは、モデルデータは1つしかありませんので、部材の寸法を変更したら、それっきりで良いですから、そうしたミスがなくなります。
 
 
 2次元図面では、どんなにベテランの技術者でも、梁とパイプなどがぶつかってしまうような設計をしてしまい、現場で梁に穴を開けるか、パイプを迂回させるかといったトラブルを起こしがちです。しかし、3次元CADには、「干渉チェック」と言う機能があり、部材同士がぶつかり合っている、重なっているという場合には、自動的にユーザに教えてくれますので、こうした干渉のミスを未然に防ぐことができます。
 
 
 設計作業で何が面倒くさいかと言えば、数量計算の右に出るものはないでしょう。2次元図面では、図面の一部をコピペして色を塗ったり、寸法を記入したりしながら、数式を書いて、電卓を叩いて、コンクリートや鋼部材の体積や面積、重量などを求めます。また、盛土や切土の場合は、平面図から数多くの断面図を等高線を切って描き、そこに構造線を入れて、面積をプラニメータで求め、平均断面法で体積を求めるという気の遠くなるような作業を行います。設計変更があったらば、同じ作業を繰り返さねばならず、気分が萎えるなどというレベルではありません。ところが、3次元CADを用いれば、各部材の体積や重量、切土・盛土量などが瞬時に自動的に求まります。これにより、複数の設計案を比較検討できるようになりますので、設計の最適化が可能となります。
 
 
 設計作業では、数値解析や技術計算ソフトウェアに必要な入力データを作成しますが、そのかなりの部分が構造物や地盤の幾何学的な形状データで、2次元図面の場合は、技術者が図面から座標値などを丹念に読みとって、手入力しなければなりません。一方、3次元モデルデータであれば、3次元CADからデータを解析や設計計算ソフトに渡すだけで良く、時間的に大幅に効率化できるのはもちろん、ミスが激減します。もっとも解析や設計計算ソフトが3次元CADとデータの互換性があることが条件となります。そのため、3次元モデルデータの国際標準化の努力がなされており、現状では、構造物についてはIFC(IndustryFoundation Classes)、土工についてはLandXML1.2をデータ交換標準として利用しています。

 
 3次元モデルデータを作成すれば、VR(バーチャルリアリティ)ソフトですぐに景観検討ができます。VRでは、立体視ができ、まるで自分がその環境に入り込んでいるかのように感じられますし、その場で構造物の色や質感などを変えることもできます。AR(オーグメンテッドリアリティ)を用いると、実際に現場で設計した構造物などの収まり具合を確認することができます。また、3Dプリンタにデータを入力すれば、3次元模型がすぐにできます。
 
 
 3次元CADには、3次元モデルを面で切ることによって2次元図面を自動的に作成する機能があります。従って、3次元モデルデータにしたからと言って、2次元図面がなくなるわけはなく、しかも3次元モデルから直接2次元図面が作成できるので、従来のような図面間での寸法値の齟齬といったミスが発生しません。


4. 積算と施工計画段階での 3次元モデルデータのメリット

 3次元モデルデータは、単に幾何学的な形状が3次元になっているだけではありません。「オブジェクト指向」という考え方に基づいて、一つ一つの部材、例えばPC橋梁のセグメントや橋脚などが、一つのオブジェクト(モノ)になっており、種々の属性を与えることができるのです。属性には、コンクリートの強度や配合、鋼部材の鋼材名、工場製作部材の場合は工場名や製作年月日、型式、単価など様々なデータを付与できます。また、各オブジェクトの数量もわかっていますので、積算ソフトと連携することにより、面倒な積算作業を大きく効率化することができます。
 
 
 積算を行うためには、施工計画を立てる必要があり、工事用道路や仮橋などの設計、数量算出を行う上で、3次元モデルデータを利用するメリットは設計で記した通りです。さらに、従来は、施工の手順を2次元のコマ漫画のように描いていましたが、3次元モデルを用いれば、3次元に時間軸を加えた4次元モデルとして、3次元的アニメーションで表現できます。4次元モデルは、工程計画表をバーチャート(ガントチャート)のソフトウェアで作成し、各作業を示すバーと3次元モデルのオブジェクトを紐づけることによって実現でき、従来のような経験と勘で作成していた工程計画が科学的に作成できる上に、最適化を図ることも可能となります。


5. 施工段階での3次元モデル データのメリット

 土工では情報化施工のうち、マシンガイダンスとマシンコントロール(MG/MC)が標準的な工法になっていますが、従来は、2次元図面からLandXML 1.2に準拠した3次元データを作成する必要がありました。しかし、設計段階から3次元データであれば、そのまま使うことができて効率的です。また、トータルステーションを用いて、土工の出来形検査を行う際、設計データが3次元であれば、座標値の比較が自動的にできます。
 
 
 建設現場で作業員に指示する際、2次元図面では意思の疎通がうまく行かないことがありますが、3次元であれば一目瞭然ですので、効率的であり、ミスが減ります。また、元請の施工会社と協力会社の間の会議では、2次元図面だとわかりにくかったのが、3次元モデルデータをスクリーンに映し出して、4次元モデルで説明することにより、格段にわかりやすくなるだけでなく、改善案などの意見が出しやすくなります。また、現場で危険なところをビジュアルに示すことができますので、安全管理、安全教育に大きく貢献されます。
 
 
 従来は、現場に大きな図面の束を持って行き、閲覧したり書き込んだりしていましたが、3次元データでは、タブレットPCを持っていき、各部材の属性や寸法をすぐに確認することができ、インターネットにつながっていれば、各部材の状況をチェックした、という情報をサーバーに送ることができ、現場事務所ですぐに把握できます。現場に納品される二次製品や仮設材にICタグ(RFID)やQRコードを付けて置けば、タブレットPCで納品や設置完了のチェックが行えますので、きちんとした生産管理ができます。
 
 
 3次元モデルとタブレットPCを用いれば、出来形を現場で容易に確認することができ、そのデータから、出来高も即時に産出できます。4次元モデルで計画出来高と実績出来高を比較することにより、予実管理(予算と実績の比較管理)を科学的に行えるようになります。
 
 
 ARやMR(ミクストリアリティ)を用いれば、現場で設計した3次元モデルデータと実際の状況を比較して、施工ミスがないか、寸法に狂いはないかを確認できます。また、トンネルなどの地下構造物の施工では、3次元的な地質情報やボーリングデータをARやMRで現実の状況に重畳させることにより、技術的な判断を支援することができます。また、インターネットでARやMRによって得られる重畳映像を、現場から発注者の事務所に送ることによって、発注者が一々、時間をかけて検査をするために現場を往復する必要がなくなります。


6. 維持管理段階での3次元モデル データのメリット

維持管理における大きな問題の一つは、構造物の現状を表した正確なAs-Isの図面を、ほとんどの組織が持っていないということです。なぜなら、構造物は、完成後、増築や改造などが行われますが、そうした工事の発注図面はあっても、それを構造物全体に反映させている組織はほとんどないからです。一方、3次元モデルデータを用いれば、常に最新の構造物の現状を表した正確なモデルに誰でもアクセスできるようになります。さらに、増築や改造などのプロセスを4次元モデルとして残しておくことができますので、転勤してきた職員でも経緯をすぐに把握できます。

 我が国では、2014年から橋梁とトンネルは5年に1回は近接目視点検行うことが義務化され、その第1ラウンドが終了し、現在、第2ラウンドに入っています。現在、問題となっているのは、点検報告書がワープロ文書であるため、ひび割れや錆、その他不具合のある箇所が、2次元図面上に表示されているので、全体として把握するのにかなりの時間と労力がかかることです。一方、3次元モデルデータ上に点検結果を記載していけば、どこにどんな損傷や不具合があるのか、一目瞭然ですし、4次元モデルを使えば、今後の点検結果も記録でき、比較検討が容易にできます。
 
 
 最近のセンサ技術の進歩は目覚ましく、小型軽量で電池が長持ちで遠くまで電波でデータを送ることができるようになりました。今後は、橋梁などの構造物に多くのセンサが設置され、健全度モニタリングが実際に実施されるようになることが期待されます。しかし、センサの設置位置や方向、設置方法などが2次元図面上に描かれていたのでは、技術者がそうした情報を覚えていかなければ、センサによって得られる計測データの評価ができません。センサの数が、10個くらいまでであれば、何とか対応できるでしょうが、100個、1,000個と増えていけば、とても把握できません。一方、3次元モデルデータ内部にセンサの情報を埋め込み、計測データと紐づけすれば、簡単なプログラムによって3次元モデル、センサ、計測データを一元的に自動的に管理して、データ評価が効率的に行えるようになります。
 
  維持管理においては、写真、報告書、計測データなどの膨大なデータが得られますが、現状ではほとんどのデータが、コンピュータが理解しているように振舞わせることができないような形式になっています。これでは、このAIの時代にビッグデータとして利用できません。一方、3次元モデルデータは、各部材や構造などがモデルデータとして登録されるので、コンピュータが理解しているかのように振舞わせることができるのです。このモデルデータに写真、報告書の文章、計測データなどを統合化することによって、AIで様々な発見ができるようになると考えられています。


7.おわりに

 本論では、3次元モデルデータの利活用によって、具体的にどのようなメリットがあるのか、設計、積算、施工、維持管理のフェーズ毎に説明しました。これですべてが網羅されているわけではありませんが、3次元モデルデータをなぜ使わなけばいけない時代になってきたのか、よくわからないという方々にとって、何かしらのヒントになれば幸いです。
 
 
 尚、3次元モデルを作成するのには3D CADのちょっと面倒な操作が必要で、専用の3Dモデラが必要と考えている人が多いです。これは日本語ワープロが登場した1980年代と良く似ていて、最初はワープロ入力専用オペレータがいました。しかし、その後ワープロソフトが使い易くなり、今では誰もが自分で入力しています。3D CADソフトもそうなると予想されます。一方、二次製品などの3次元モデルデータをゼロから毎回作成するのは非効率的です。そうしたデータはいったん誰かが作ったらば、ライブラリ化して、誰でもダウンロードして再利用できるようにしておくと便利です。一般財団法人建設物価調査会では、3D部材ライブラリ「i-部品Get」の作成と普及を進めていますので、一度試してみてはいかがでしょうか?

大阪大学大学院工学研究科  矢吹研究室(外部リンク)



小冊子「3Dを活用しようVol1」