静岡県ではi-Construction をきっかけに3次元点群データをオープンデータにし、「VIRTUALSHIZUOKA」の構築を進めている。2016年3月からPCDB の運用を試験的に始め、ICT 活用工事の納品データや路面調査業務で収集したMS(モービル・マッピング・システム)による計測データなどを登録してきた。
3次元点群データは、飛行機やドローン、自動車などに搭載したレーザースキャナーを用いて地上にレーザー照射することで取得できる。地形はもとより建物や構造物の位置や高さもデータ化され、どこでも好きな方向、好きな場所でデータを切り出せ、距離を測れる。
国土地理院が公開している地盤データは5mメッシュだが、静岡県のPCDB では、1㎡当たり16点の高精度なデータが公開されている。その分、データ量は大きくなるが、軽くするよりも情報量が多い方が目的に合わせてさまざまな利用ができるという。例えば、取得した高圧線や電線のデータをICT 建機にインプットすれば、安全で正確な施工ができる。電線の地中化では景観シミュレーションによる合意形成や意思決定の迅速化に役立つ。
将来的には空飛ぶ車やドローン宅配への活用も可能だ。県では、データ公開にあたり、仕様書に県がオープンデータとして第三者に無償提供することを明記するなど、著作権の問題をクリアにしている。
「VIRTUAL SHIZUOKA」は、シンガポールの国土全体を仮想空間に再現する「バーチャル・シンガポール(Virtual Singapore)」と比較される。「コンセプトは同じですが、アプローチが違います」と杉本さんはいう。
バーチャル・シンガポールは、平面に建物などの高さ情報を入れてつくる3次元モデルだが、「VIRTUAL SHIZUOKA」は、高密度な3次元点群データを使った地形やまちのアーカイブだ。「建設の現場だけでなく、幅広い分野で使っていただきたい」と杉本さんは力を込める。
さらに「オープンデータにすることで誰もが自由に使える『遊び場』として、新たな価値が生まれます。日本の測量技術の優位性を生かしつつ、かつ生産性向上にも結びつき、全体の最適化を図ることが静岡県のアプローチです」。
「ICT 活用工事では、ICT 建機による施工での工期短縮がクローズアップされていますが、i-Construction は、測量、設計段階から維持管理まで3次元データを活用してPDCA を回していくものです。我々は点群データを使って測量の現地作業やその後の処理を楽にしようとしています」と杉本さんは県の狙いを語る。「土工の出来形管理の測量は3次元点群データですが、構造物の施工では、2次元の図面を納品する運用です。静岡県では独自方式として、工事完成図のかわりに点群データの納品としています」。
すばらしい技術でも簡単で楽に使えなければ普及しない。そこで県では、埋設工事を対象に現地調査を実施し、管を埋め戻す前に計測する作業時間や計測精度などを検証した。レーザースキャナーを使えば正確だが、位置情報を利用したスマートフォンでも点群データがとれる。県では性能規定として、手法は問わないとしている。計測が容易になれば、地下の埋設物のデータもPCDBに蓄積されていく。将来的には、電力などのインフラ系データも入ったプラットフォームを構築することが目標だという。
災害時には被害情報の把握のためにデータの蓄積が大きな意味をもつ。
防災先進自治体の静岡県では、3次元点群データを防災にも活用している。データ処理で建物や木を消した地表面のデータを使えば危険な斜面のスクリーニングができる。被災前後のデータを比較すれば崩壊土量の計算や横断面図の作成も容易になり、早期の災害復旧につながる。従来は土砂崩れなどが起きると、職員やコンサルタントが現地に行き写真を撮影するが、2次災害の危険もあるし、作業員も高齢化している。ドローンなどで被災地のデータが取れれば危険な作業も減り、建設の仕事は危険が伴うといったイメージも払しょくできる。
現地の測量がなくなるわけではないが、楽に早く測量できる技術を活用するべきだという。県では、今年7月の豪雨で被災した場所のデータを取得し有効性の検証を進めている。
自動運転に必要な情報を組み込んだデジタル地図「ダイナミックマップ」の開発は、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」のテーマのひとつだ。2016年、社会実装を目的に日本の自動車メーカー10社と大手地図メーカーによってダイナミック基盤株式会社が設立された。
静岡県では同社と協定を結び、県が取得していた伊豆半島の3次元点群データからダイナミックマップを作成し、自動運転の実証実験を行っている。「ダイナミックマップは高速道路や都市部で先行されていますが、自動運転に対する期待は地方の方が高いのです」と杉本さんはいう。「国土交通省や自治体には管理する道路のデータが蓄積されています。それらがオープンになれば、自動運転の実現まで時間が短縮できるかもしれません。我々の取り組みがそのきっかけになればいい」と杉本さん。
自動運転が目的ではなく、その技術を使って地域課題を解決したいという。特に高齢者の移動支援は大きな課題だ。運転技術を補い自由な外出を支援できれば、高齢になっても安全で質の高い生活が送れ、将来の医療費抑制にもつながる。自動運転やEV 化が進むと自動車産業の構造は大きく変わり、さらに道路やまちづくりのあり方も変わっていく。グーグルの自動運転車開発部門のウェイモ(Waymo)は世界一の自動走行実績を持つといわれている。「仮想空間で24時間365日ずっと走行データを取り続ければ遅れを取り戻すことも可能なのではないか。」と杉本さん。
3次元点群データを使えば、路面の状態もリアルに再現でき、しかも仮想空間ではさまざまな状況や条件でシミュレーションできるので仮想空間を走る車にAI を積んで学習させて、サスペンションやタイヤのタイプなども試せば開発コストを下げることも可能になるかもしれないという。杉本さんは「壮大な話をしましたが、今後も点群を取りつつ、土木や建設分野だけでなく、まちづくり、観光や防災にも役立てたいと考えています。点群データは基礎の技術ですが、いろいろな市場や産業に活用できれば社会課題の解決につながります」。
教育やまちづくりの分野での活用もはじまっている。遺跡や掛川城など、県内の文化遺産のデータ化も進んでいる。掛川城の点群データは、子どもたちに人気のゲーム「マインクラフト」にも展開された。ブロックを自由に配置し、ゲームの中にアバターとして入ることもできる。ゲームの一環として洪水や津波をシミュレーションするなど防災教育にも役立つ可能性がある。「若い世代が考える未来のまちを仮想空間につくるなど、今後のまちづくりにも生かせます」と杉本さんのいうとおり、VR(仮想現実)での疑似体験や見える化によってイメージが共有できる効果は大きい。
「点群データをきっかけに建設産業は面白いと思ってもらいたい。今までの建設産業の魅力を伝えるだけではなく、新たなアプローチが必要です。IT 業界など広い分野から注目を浴びて新たな担い手が集まれば建設業も変わります」と杉本さんはいう。さらに「現在は、あらゆる産業においてデジタル技術を活用したビジネスモデルが展開され、新規参入者によるゲームチェンジが起きつつあります。今こそ、建設業界が社会を変えるゲームチェンジャーになるチャンスです」と力を込める。
「日本は画像で3次元データを取る技術が進んでいます。世界中の風景が閲覧できるグーグルのストリートビューが出た時、日本の測量業界からは画像処理が雑だ等と批判されましたが、普段行けない場所に自由に行けるストリートビューの魅力に多くの人が気づき、あっという間に広がりました」。杉本さんはもし日本全国の季節ごとの景色を点群データにしたデジタルアーカイブができれば、社会にさまざまな価値を提供できると考えている。日本の測量技術で世界のプラットフォーマーになってほしいという。
「静岡県は、魅力ある建設産業を実現するため、強い意志を持ってi-Construction や3次元点群データの利活用を進めていきます」と杉本さんは今後の抱負を語る。兵庫県や北海道でも点群データをオープンデータ化するなど、他の自治体でも同様の動きが出てきた。
5G(第5世代移動通信システム)が普及し、大容量のデータをリアルタイムにやり取りできるようになれば、データの処理技術や地形判読技術の開発や技術革新のスピードも速くなる。
「建設業の方々は楽をするために現場で工夫をしてきたのにデジタルの世界になった瞬間に難しく考えすぎてしまう。3次元データにこそイノベーションのチャンスがあります。異業種からも人が集まる魅力的な産業にしていくべきです」と杉本さんはいう。建設業界のイノベーションには、未来を変える大きなポテンシャルがある。