大矢さんは19歳で正治組に入社。日々業務を重ねていく内に、現場監督が中心となって、協議や現場の段取り、材料の手配、工程管理などを行うが、これがうまく機能しないと自分の力が十分に発揮できないと感じた。そこから現場監理が上手い人を見てコツを習得していった大矢さんは、次第に自分で現場をコントロールしたいと思うようになった。当時、会社は地域の建設会社から受けた仕事をしていたが、利益を上げるために、元方事業所として工事を受注していくことになった。24歳の時に県の公共工事を受注し、現場を任された。しかし、会社には現場管理の経験や測量のノウハウがなく、教えてくれる上司もいなかった。手間を軽減し、スマートに目的とするものを構築するにはどうしたらいいか。そのためには3D 設計データの活用が必要だと考え、睡眠時間を削り独学で技術を習得した。
「やるか死ぬかの2択しかないと思った」と大矢さんは当時を振り返る。仕事をするからには、プロフェッショナルになりたい。当時は平社員だったが、社員とその家族を守らなければいけない、もっと利益を上げて、会社を良くしたいと強く思った。その後、3D データスキャナーやクラウドストレージを活用し、生産性を上げていき、2018年度 国土交通省 i-construction 大賞を受賞した。
「今のうちに、少ない人数で維持管理までできるように生産性向上を目指していくことが必要だ」と大矢さんは力を込める。正治組では維持作業、耐震工事も行っており、点検のための画像解析や赤外線診断の実証実験にも取り組んでいる。 最先端の技術を活用する一方で、現場の昔話に耳を傾ける。そこに施工のヒントがあるという。
「例えば昔は三又を組んで人力で重量物を上げていました。実際やったことはありませんが、いざという時に使えるし、選択の幅が広がります。自分の技量を増やし、それを伝えていきたい。これからは経験豊富なベテランのノウハウの価値が上がっていきます」と大矢さんはいう。
Webを使い積極的に情報発信してきた。「自分の経験や技術を話すことで、聞いた人が挑戦してくれて幸せになったらいい」。最近は、大学や高校で教えることも増えている。ICT 施工の先駆者として、これまでセミナーで2万人以上に話をしてきた。でも話を聞いて実践する人はわずか1% だという。その中で意識の高い人が集まり、交流が生まれている。
自分と同じ意識を持つ人のネットワークをつくりたいと2015年4月に「やんちゃな土木ネットワーク(YDN)」を設立。コロナ禍で直接集まることができないが、SNS やオンラインを通して交流が続いている。「基本的なイメージは学校です。全員が先生であり生徒です。建設分野はいろんなカテゴリーがあるので、部活みたいな感じでカテゴリーごとに勉強会や専門的な話をしています。一方的に教える詰め込み教育はやりたくない。設計、地盤改良、空撮、ロボットなど、得意な人がメンバーの悩みに答えてあげればスマートで、みんなのためになります」。
昔は先輩の背中を見て覚えて、一人前になるには10年かかるといわれてきた。しかし、技術革新が進む中で教育をどのように行うべきか。指導方法や教材などを含めて、人材育成は多くの会社の課題でもある。
「新しいツールが出て、やり方を変えると今までの努力を捨てることになると考える人がいます。でも自分の技量が増えるのだから、挑戦するべきです。若い人たちは新しいものがあるのだから、わざわざ古いものを使わなくていいと考えています」と大矢さんはいう。これまでは数十枚もある2次元の図面を読み込み、頭の中で3次元をイメージし、図面通りの物を現場で作ってきた。3Dモデルがあれば、平面位置や高さの関係性も把握でき、設計変更の協議もしやすい。「やることは一緒です。習得することが1から10までだとすると僕は10から教えます。先に完成イメージがあれば自分が何を作っていくのか理解しやすい」と大矢さん。
「うちの会社では、先輩の背中を見るのではなく、先輩のオンラインストレージからコピペできます」と大矢さんは笑う。業務では、オンラインストレージを使い、工事の進捗を共有したり、データのやりとりをしている。3D データとオンラインストレージを組み合わせることで生産性は大きく向上した。技術やノウハウを蓄積して OJTに活用できることもメリットだ。「オンラインストレージの中の『完了工事』というフォルダーに書類などをすべて格納し、社内の誰もが自由に見られるようにしています。自分がやらなきゃいけないという時に欲しい教材を欲しいタイミングで見られる環境をつくることが僕の仕事です」。同社の伊藤優貴さんは「実際のサンプルがあるので、記入の仕方や細かなところまで分かり、完成度の高い書類が早く作成できます」。
大矢さんは他社からの OJT も積極的に受け入れている。「僕が教えた人が教える立場になり、若い人たちも頑張っています。業界の技術革新は、昔は行政からのトップダウンでしたが、今はボトムアップに変わってきています」。
「土木は、使う人、発注者、設計コンサルタントや材料メーカー、協力会社という長い連携があり、たくさんの人が自分を通過していきます。そのすべての人を幸せにしたい」と大矢さんは思いを語る。材料代や下請けを叩いて自社の利益だけを追求するようなことはしたくないという。
効率的に仕事をして利益を上げる自信がある。「スポーツを楽しむためには時間、お金、空間の3つが必要です。仕事に置き換えてみると、時間とお金と気持ちに余裕のある状態でないと仕事が楽しめません。3次元データを活用することで、技術の向上とともに余裕ができ、自分だけでなく、隣の人まで幸せにしたい、日本を良くしたいと思うようになりました」。
大矢さんは松尾泰晴さんと共に定額制(サブスクリプション)の学校を計画している。「悩みを誰かに相談し、解決できれば次に進めます。3D活用のセミナーでは、どこかの現場の図面やデータが使われていますが、それよりも自分のプロジェクトの3D データをどう作って、どう使えばいいかを教えてもらう方が実践的です」と大矢さんはいう。
近年は、VR のシンメトリーやクラウド点群解析のスキャン・エックスなど、デジタルを活用してイノベーションを起こすスタートアップとの協働も増えている。大矢さんは「彼らは発想が違うし、面白い。土木の基礎を知らないことが逆に武器になることも多い。SNS にアップすれば、意識の高い人たちがすぐに見にきます」という。さらにサブスクが3D 活用の拡大につながると指摘する。「今まで点群データを触ったことのない人がいきなり高価なソフトを購入するのはハードルが高い。サブスクで試して、次の現場にも使えるようならば、継続すればいいのです」。
コロナ禍では、昨年5月に Web 会議システムを利用し3次元データを作成するゲリラライブを開催した。国土交通省、土木技術者、大学生など、さまざま人たちが40名以上参加し、異なる視点から意見が交わされた。好評で第2弾も計画されている。ツールが変わることで設計、施工のボーダーラインが変わり、垣根がなくなってきている。「静岡県のように現況の地形データもオープンになっています。施工業者でもできることが増え、設計コンサルタントの仕事も AI に置き換えられるでしょう。自分たちが次に何をするべきかを見定めてシフトしていくべき。設計施工分離という考え方も変わっていくでしょう。選択肢が増え、気付いている人たちが動き始めています」。
工業高校の電気科を卒業し、電気工事の仕事をしていました。大矢部長と消防団の活動を通して親しくなる中で、仕事の話を聞いて興味を持ち転職の機会をいただけました。趣味で3D モデリングを作成していたので、応用できるのではと思いました。今は設計データの作成や点群データの業務を担当しています。もちろん現場にも出ています。どうしても3Kのうわさが目立つ業種ですが、会社の人が皆いい人なので、思っていたよりは大変ではありません。
3次元データの活用はとても良いと思います。従来、測量は2人でないとできませんでしたが、3次元測量機器を使っているので1人で行きます。その分、責任も大きくなりますが…。これから比嘉さんをはじめに教える立場が増えると思いますので気合を入れて勉強しています。間違ったことを教えては申し訳ないし、自分の復習にもなります
4月から OJT でお世話になっています。実家が沖縄の建設会社ですが、美容師をしていました。父親がなくなり、会社の人や家族から父が僕と一緒に仕事をしたかったと話していたことを聞き、父が見たかった沖縄を造りたいという思いから建設業に入りました。生前、父と交流のあった正治組で研修を受けさせていただく機会を設けてくれた南洋土建と受け入れてくれた正治組には感謝しかありません。父はあまり仕事の話をしなかったので、土木がどのような仕事なのか分からなかったので、毎日新しい発見や刺激があり、楽しみながら勉強ができています。
入社してすぐに現場へ出て、測量や杭打ちなどといった外での仕事をイメージしていたのですが、事務所で大矢部長からパソコンの使い方を教えていただき、データ作成などのデスクワークも土木の一環ということに衝撃を受けました。データ作成や ICT 活用、さらに現場での動きなど吸収できることはすべて吸収して沖縄に帰っても即戦力になれるよう、会社からも帰ってきたら教えられるぐらい勉強してこいと背中を押していただけたのでがむしゃらに頑張ります。業務もそうですが、土木の魅了の伝え方も学び、今後この業界に入ってくれる人たちに伝えていけたらと思います。