2021年1月に竣工した小柳建設の加茂本店は「変化を楽しもう」がコンセプトだ。都心のIT企業のようなスタイリッシュなオフィスは、時間と場所を自由に選ぶワークスタイルABW(ActivityBasedWorking)の考え方のもと、さまざまな場が用意されている。路地に面したガラス張りの廊下からは、行き交う人の姿が見え、近隣の人が窓越しにあいさつをしてくれる。地域に開放しているコワーキングスペースでは、市内の人気カフェやベーカリーが出張販売に来る。
1945年に新潟県加茂市で創業し、総合建設業として地域に貢献してきた小柳建設が大きく変わったのは、2014年に小柳卓蔵氏が社長に就任してから。金融の世界にいた小柳社長は、担い手不足や高齢化が進む建設業を変革すべく、稲盛和夫氏が提唱しているアメーバ経営に着目し、独立採算で運営するチームをつくり、全員参加経営を自社に取り入れた。
常務の澁谷高幸さんは「我々経営層は、トップダウンの組織の弱さを知っています。みんなで仕事を楽しんでいこうというのが今の会社のスタイルです。そうした文化を醸成するために、楽しんで仕事をできる環境を用意し、意思決定をスピーディーにすることで信頼関係をつないできました」。アメーバ経営を導入してから社内は変わっていった。「社員自らが一番大事なのが時間だと認識し、少ない時間で楽しく、どう結果を出していくかをチーム単位で考えて成果を上げています。みんなが主役になれ、モチベーションも上がります」と澁谷さんはいう。
時間内に作業を終わらせるために他のチームから人を出してもらうことができるが、その分の経費も移動されるので、会社全体で仕事をどう効率化するかを意識するようになった。
その結果、残業時間削減、有休取得率や男性の育休取得率が向上し、2021年11月には、厚生労働省新潟労働局から、長時間労働削減に向けた取り組みが評価され、「ベストプラクティス企業」に認定された。
効率的に仕事をするためにはデジタル化が欠かせない。2016年に変化に対応するため新たな基幹システムを構築し、フルクラウドへ移行した。統括経営管理部長の和田博司さんは、全社的な業務の効率化と働き方改革を情報システム部門の責任者として進めてきた。
「この地域は、過去に何度か水害があり、データ保全が課題でした。クラウド化することで解決でき、さらにリモートでどこでも働けるというメリットもありました。現場と情報を共有するシステムを開発しましたが、これは災害時の初期対応を考えた社員からの提案でした。現場のメンバーが主導するプロジェクトが多いことも特徴です」と和田さん。ビジネスチャット導入も仕事に対する意識やアプローチが変わる大きなきっかけになったという。アメーバ経営で組織や社員の意識が変わり、IT化、デジタル化で業務が効率化され、その両輪でDXが進んでいった。
クラウド化を進める中で、小柳社長が米国でマイクロソフトのMR技術と出会い、導入を即決。この技術でどのような課題解決が図れるかを社内でアイデアを出し合い、プロジェクトチームを結成した。
技術部長の川﨑雅人さんは「現場代理人や監理技術者の課題解決に役立つのではないかと考え、米国のマイクロソフトの方と細かいところを詰めていきながらHolostructionを作っていきました」。3次元モデルや写真・設計図などのデータをMR(複合現実)技術を使い、実際の空間に現場の3次元モデルやドキュメントデータをホログラフィックとして投影するアプリケーション。「現場代理人の移動を減らし、経験則によらない、若手でもわかりやすいものを目指しました。なるべくシンプルにして誰でも扱えるような形を考えながら、現場で施工管理を主の業務とする部署(現場)、現場での技術力を向上させることを推進する部署(技術系)、IT・システム系の推進部署(innovation推進部)の者など、いろいろなメンバーでチームを組んで進めていきました」と川﨑さんは当時を振り返る。
Holostructionは、大きなスケールで直感的にイメージができ、模型も必要なくなる。プロセスの可視化や進捗の確認もでき、会議室にいながら現場を再現して打ち合わせができる。現在は一般提供され、大手ゼネコンなどで活用されている。今後も改善を加えていくという。澁谷さんは「自社の課題は、建設業全体の課題でもありますし、国土交通省が推進しているi-Constractionを後押しする活動にもなります」と思いを語る。
2020年9月には、国土交通省の建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト(PRISM)に採択された大河津分水路改修事業の山地部掘削工事でHolostructionの実証が行われた。工事現場・現場事務所・発注者の3拠点を結び、立体映像の3次元データをホログラムで確認し、テレビ会議で実測結果の確認を行った。「発注者も3次元データをどう活用できるかを検証しよういうことでした。その中で、Holostructionの可能性を示すことができたと思います。今はまだBIM/CIM工事自体が限られていますが、今後は当たり前のようにさまざまな現場で活用されていきます。
我々がまず道を進めることで、同じ道を歩いていただける人が増えていけばいいと思います」と川﨑さん。3次元データ作成の習得には時間がかかり、外部に委託している企業も多く、人財育成が課題になっている。川﨑さんは「弊社でも3次元データを扱える人財を増やすために社内教育等を進めています。現場代理人が、2次元CADと同じように使えないと効率化はできません。BIM/CIMで生産性を上げるためには、3次元データをベースにした話し合いや業務ができるようになることが必要です」。
さらに「3次元データで仮想空間の世界を作り上げることが目的ではありません。業務を改善することが重要で、すべてをMRにする必要もなく、プロジェクトの規模によっては工事の難しいところなど部分的に作成するのも一つの形かもしれません」という。
i-Constructionを進め、生産性を高めるために注目されているのがフロントローディングだ。設計段階で3次元モデルを活用してシミュレーションや検証を行うことで課題の改善や施工方法の検討などが可能になる。
澁谷さんは「若い入職者も減り、高齢化も進んでいますし、週休2日制など労働環境が変わる中で生産性を上げていくために手戻りや危険箇所などを直感的に把握し、それを現場の監督員に正確に伝えることが重要です。我々はフロントローディングの価値を重視しています」。フロントローディングというと施工が設計に入っていくようなイメージを持つ人がいるが、澁谷さんは「施工そのものを事前にキャッチしようというのが本来の意味です。設計と施工が一体となって品質の良いものを作っていくために、これからは共同作業が増えていくと思います。大きなプロジェクトではECI方式も進んでいくでしょう」。川﨑さんも「設計段階で詳細なデータがあれば、より現場に合った施工方法で設計することができるようになります。そうなれば現場はスムーズに施工を進められますし、協議の時間も減り、生産性も上がります」と期待する。
小柳建設では、学生や子どもたちに新たな建設業の魅力を積極的に伝えている。長岡工業高等専門学校での出前授業ではDXの推進や働きやすい環境づくりに向けた取り組みを紹介するとともに、Holostructionの体験を行っている。毎年、大学生のインターンシップを受け入れて、DXで変わる建設業の姿を実感してもらい、昨年は、新潟大学のインターンシップ生が新しいオフィスでの働き方を紹介する動画を制作した。小柳建設の企業理念や最新技術、働き方に興味を持つ学生が増え、インターンシップで来た学生が採用試験を受けて入社するケースもある。新卒採用では新潟県内はもとより、全国から応募があり、そのためオフィスの近くに社員寮としてアパートを建設した。
新潟県では県内産業デジタル化構想を進めており、小柳建設はそのモデルになっている。Holostructionやフルクラウドによる情報共有などが建設業のDXとして注目を集め、国土交通省や経済産業省をはじめ、行政や研究機関、経済団体、企業など、全国から多くの視察がある。またコロナ禍を契機にオフィスを地方に移転する流れも加速、東京のIT企業経営者が社員とともに見学に訪れたという。
小柳建設は、自社だけでなく、地域や建設業全体を変えるために貢献したいと考えている。5年ほど前に注文書を電子契約に切り替えた時には、約4,000社の協力会社に何度も説明会を開催し、Webでも配信し、導入のメリットを伝えた。今では多くの会社が電子契約を行っているという。「成果を感じると変わっていくきっかけになり次につながっていきます。1階のコワーキングスペースは日本の建設業で初となる地方DXの拠点MicrosoftBaseNiigata-Kamoになっており、このスペースを活用して当社のアイデアやノウハウを共有し、切磋琢磨して業界全体を改善したいと考えています」と澁谷さんはいう。社会の流れは大きく変わりつつある。
ソフトウェア業界は、自社の技術や情報をオープンにし、共創することで生産性を上げている。同様のビジネスモデルが新潟県の建設会社からはじまっている。