街路樹は、道路空間において、景観の向上、環境保全、緑陰の形成、交通安全、防災など多様な機能を有し、道路空間や地域の価値向上に寄与するとともに、都市における生物多様性の確保や緑のネットワーク形成の一翼を担っている。
一方で、近年は、街路樹の老木化や異常気象の頻発化により、倒木や落枝等による事故が発生している。また、街路樹の更新需要の増加や、周辺施設との競合による植栽空間の狭小化等、街路樹を取り巻く都市環境も変化しており、倒木・落枝等による交通障害や事故の未然防止が重要な課題となっている。
国土交通省の調査では、平成30年から令和4年までに、街路樹の倒木は年間平均で約5,200本確認されている。また、令和3年4月から令和6年11月までには、倒木・落枝等に起因する事故が801件確認され、そのうち人身事故は33件であった。
こうした事故を未然に防止するためには、日常的に行うパトロール車内からの遠望目視による巡回(以下、通常巡回という。)により街路樹の異状を把握するとともに、徒歩等による近接目視による巡回(以下、定期巡回という。)を実施し、樹木の状態をより丁寧に確認することが重要である。
しかし、通常巡回は概ね実施されている一方、定期巡回については、約6割の道路管理者で未実施となっており、点検の充実が課題となっている。(図-1)

このため、国土交通省では、令和7年9月に有識者検討会を設置し、街路樹点検の実施促進に向けた議論を重ね、令和8年3月に「街路樹点検の実施促進のためのガイドライン」を策定した。本ガイドラインは、これから定期巡回に着手する道路管理者に向けて、限られた体制の中でも可能な範囲から点検を始められるよう、定期巡回の優先順位や点検・診断の流れ、新技術の活用等の考え方を整理したものである。
街路樹管理に関しては、これまでも「道路緑化技術基準」や「道路緑化技術基準・同解説」、「街路樹の倒伏対策の手引き 第2版」などが公表されており、道路交通機能の確保を前提としつつ、質の高い道路緑化を進めるための考え方が示されてきた。
一方で、実際の道路管理の現場では、人員や予算の制約等により、すべての街路樹について十分な点検・診断を実施することが難しい場合がある。また、通常巡回は、主にパトロール車内からの遠望目視により把握可能な「樹木の生育状況・保護材」及び「交通障害」を確認するものであるが、亀裂、腐朽・空洞、キノコ、主幹と土壌の隙間、樹木保護材の食い込み、構造物との干渉等、近接目視でなければ確認が難しい異状もある。
このため、限られた人員や予算の中で交通障害や事故をできる限り未然に防ぐには、定期巡回を含め、点検対象に優先順位を付けるなど、メリハリをつけた点検が必要である。また、点検結果のデータ蓄積・共有、技術者の育成、専門的な診断や新技術の活用も重要であり、本ガイドラインは、既存の技術基準や手引きを補足し、点検・診断の参考となる考え方を示すものである。
本ガイドラインは、定期巡回を実施していない道路管理者に向けて、点検・診断の効率化・重点化の考え方を示し、倒木・落枝等による交通障害や事故、特に人命に関わるものをできる限り未然に防止することを目的としている。
適用範囲は、国、都道府県及び市区町村が管理する道路の高木であり、法面緑化及び防災林は対象外としている。また、街路樹管理のうち、点検・診断を対象とし、定期巡回を実施していない道路管理者向けに目安を示すものである。
街路樹の適切な維持管理を行うためには、定期巡回を実施することが重要である。現状において定期巡回を実施していない道路管理者については、今後、実施していくことが望まれるものの、すべての街路樹を対象に定期巡回を実施することが難しい場合には、「定期巡回における優先順位の考え方」に沿って、優先順位の高い対象から段階的に実施する方法もある。本ガイドラインでは、定期巡回における優先順位をA、B、Cの区分に整理している。(図-2)

*1 路線の交通量、植栽環境(植栽土壌や植樹帯の大きさ等)、周辺工事の有無、強剪定等の管理状況、その他地域・路線の状況に応じて検討する。
*2 点検を通じた当該路線のリスクを取り除くための目安期間として「5年」を設定。
*3 健全度調査を実施し、対策が不要と判断されたものは除く。
*4 同程度以上の樹齢・形状または同様の管理状況のものを想定。
*5 「本ガイドラインの参考資料」2及び12を参考に設定した。
区分Aは、倒木・落枝等の再発による事故の防止、災害時における緊急通行車両の通行の確保、通学における子どもの安全・安心の確保などの観点から、優先的に定期巡回を実施することが望ましい街路樹である。例えば、管理区域において過去5年間に倒木・落枝等による事故が発生した同一路線かつ同一樹種の街路樹、緊急輸送道路に指定された路線、通学路に指定された路線などが該当する。区分Aに該当する街路樹については、概ね年1回の定期巡回を実施することを基本としている。
区分Bは、過去5年間に事故が発生した同一樹種の街路樹や、市街化区域等の路線に植栽された街路樹、近年全国的に事故発生件数の多い樹種、一定以上の幹周を有するケヤキやサクラ類などを対象とするものである。ケヤキやサクラ類は全国の道路に広く植栽されている代表的な街路樹であり、一律に危険性が高いものとして扱う趣旨ではないが、植栽後長期間が経過し、大径木化したものは、倒木・落枝等のリスクが高まる場合がある。このため、本ガイドラインでは、樹齢40年相当の目安として、ケヤキは概ね幹周130㎝以上、サクラ類は概ね幹周170㎝以上を、判断の目安として整理している。
区分Cは、これらに該当しない街路樹であるが、道路交通への支障や道路利用者等の危険を未然に防止する観点から、必要に応じて点検対象としていくことが考えられる。
このように、本ガイドラインでは、道路管理者が管理区域内の街路樹を把握した上で、路線の交通量、植栽環境、周辺工事の有無、管理状況、その他地域・路線の状況等を踏まえて、定期巡回の対象を段階的に設定できるよう整理している。なお、既に定期巡回を実施している道路管理者については、引き続き各管理実態に応じた点検を実施することが望ましく、本ガイドラインは、各道路管理者において既に行われている適切な管理を妨げるものではない。
本ガイドラインでは、街路樹の点検・診断を、主に道路管理者が自ら行う第1ステップと、必要に応じて専門家を交えて行う第2・第3ステップの3つのステップに分けて整理している。(図-3)

第1ステップは「異状の把握」である。道路管理者が実施する通常巡回、定期巡回、異常時巡回の中で、交通障害や樹木の異状を把握する。通常巡回では、主にパトロール車内からの遠望目視により把握可能な「樹木の生育状況・保護材」及び「交通障害」を確認する。
定期巡回では、徒歩等による近接目視により、「樹木の生育状況・弱点」、「樹木保護材」及び「構造物との干渉」を確認する。確認項目としては、亀裂、腐朽・空洞、キノコ、樹体の激しい揺れ、主幹と土壌の隙間、支柱による損傷、樹木保護板の食い込み、舗装の不陸・段差、防護柵等の構造物との干渉などが挙げられる。
異常時巡回は、台風や大雪等の異常気象時や、地震等の災害発生時に、主にパトロール車内から、緊急性の高い樹木の被災状況や道路交通等への影響を確認するものである。異常発生前、発生時、発生後の3段階で異状を把握し、必要に応じて、災害に巻き込まれないことを前提に応急措置を行うことが考えられる。
第2ステップは「危険度の評価」である。定期巡回等により危険が想定される街路樹が抽出された場合には、必要に応じて樹木医等の専門家を交えた健全度調査を行うことが有効である。健全度調査では、定期巡回における確認項目を補完するとともに、目視による調査、木槌による打音検査、鋼棒貫入、双眼鏡による上部確認、専用機器による腐朽・空洞割合の測定等により、樹体の構造上の弱点を把握し、樹木の危険度を評価する。
第3ステップは「対策内容の判断」である。街路樹の異状やその兆候について、安全の確保の観点から、対策の必要性及び緊急性を考慮した上で、対策内容を検討し判断する。点検・診断で異状が発見された場合は、緊急対応や対策を適切に実施することが重要であり、剪定、支柱等の補修、病虫害対策、樹木の更新等、現場の状況に応じた必要な措置につなげていくことが考えられる。
また、本ガイドラインでは、定期巡回を実施する際の参考として、チェックリストの例を示している。(図-4)

チェックリストでは、樹種や幹周等の基本情報、確認すべき異状、外観診断・維持管理上の処置の必要性等を記録できる。異状が確認された項目は、写真を撮影し、内容や部位等を記録することで、その後の健全度調査や対策内容の判断につなげることができる。
点検・診断を効率的かつ継続的に実施していくためには、点検結果の記録が重要である。本ガイドラインでは、第1ステップで異状が確認された場合や、第2・第3ステップの各段階において、点検結果を記録することとしている。点検結果のデータを蓄積・共有することで、過去の点検結果との比較、危険木の経過観察、対策履歴の確認が可能となり、計画的な維持管理にもつながる。
また、街路樹の異状は、道路管理者による巡回だけでなく、道路利用者や地域住民からの情報提供により把握される場合もある。関係者との連携を図りながら、交通障害や樹木の異状を把握し、必要に応じて専門的な診断や対策につなげていくことが重要である。
一方で、剪定、伐採、更新等を行う場合には、地域住民から景観や緑陰への影響を懸念する声が寄せられることもあるため、点検結果や危険性、措置の必要性を丁寧に説明し、地域との合意形成を図りながら進めることが求められる。
街路樹の点検・診断を効率的かつ効果的に進めるためには、新技術の活用も重要な視点である。近年、画像解析、AI、センサー等を活用した点検支援技術の導入や検証が進められている。
例えば、街路樹を撮影し、画像解析やAIによりリスクを評価し、その結果をデジタル台帳に反映する技術がある。これにより、現地での点検結果を効率的に記録し、点検者による判断のばらつきを抑えることが期待される。
また、樹木にセンサーを設置し、傾きの角度や方向等を測定し、設定した閾値を超えた場合に管理者へ通知する技術もある。こうした技術は、従来の目視点検を補完し、リスクの早期把握や重点的な点検対象の抽出に役立つ可能性がある。
ただし、新技術は、目視による確認や専門家の診断を完全に代替するものではなく、点検の効率化や記録の高度化、危険な兆候の把握を補助する手段として活用することが基本である。現場条件や樹種、設置環境、維持管理体制に応じて適切に選択し、既存の点検・診断の流れの中で活用していくことが重要である。
国土交通省としても、こうした新技術の活用を支援し、効率的かつ効果的な点検の実施を後押ししていくこととしている。今後、道路管理者の現場での導入事例や検証結果を蓄積し、技術の有効性や活用上の留意点を整理していくことが重要である。
街路樹は、道路空間の価値を高める重要な資産である一方で、倒木・落枝等による交通障害や事故の未然防止が重要な課題となっている。今回策定したガイドラインは、定期巡回を実施していない道路管理者が、限られた人員や予算の中でも可能な範囲から点検を始められるよう、点検・診断の効率化・重点化の考え方を示したものである。
今後は、本ガイドラインを全国の道路管理者に更に周知し、定期巡回の実施状況をフォローアップするとともに、技術的知見の整理、データベースの整備、相談対応、専門家の紹介、新技術の活用支援等を通じて、自治体の取組を促進していくこととしている。
街路樹の安全確保は、景観や環境の保全と対立するものではなく、適切な点検・診断と計画的な管理により両立されるものである。本ガイドラインを参考として、各道路管理者における街路樹点検の着実な実施が進み、倒木・落枝等による事故の未然防止につながることを期待している。
