建設物価調査会

現場の技能者が、デジタル技術を活用して ものづくりの楽しさを実感して欲しい

有限会社高橋建設

有限会社高橋建設 取締役 高橋伸幸さん

四万十川源流の地、高知県津野町にある有限会社高橋建設は、高知県の発注工事で初めてICT活用工事を実施し2020年度にi-Construction大賞の国土交通大臣賞を受賞した。同社取締役の高橋伸幸さんに3次元データ活用のメリットや建設業のこれからについて伺った。

 

県の道路改良工事でi-Construction 大賞受賞

 高橋建設がi-Construction 大賞を受賞した工事は、社会資本整備総合交付金工事として高知県が実施したもので、地域住民の唯一の生活道である国道439号の改良工事だった。地質や地形、天候などの厳しい条件の中で正確な施工はもちろん、安全確保や週休2日制モデル工事として実質的な工期短縮も必要であった。

そこで高橋建設は、事前に地形の3次元測量データと設計データを重ね、完成イメージを共有しながら受発注者間の設計協議を実施した。複雑に変化する岩盤地形であったため、掘削に3次元設計データとマシンガイダンスを導入したが、当時はミニバックホウをICT建機として使った事例がなく、建設機械メーカーと連携し、サポートを受けながら進行した。

高橋さんは「実は、ICT 活用工事の対象ではなかったので、自主的に行ったのです」と当時を振り返る。

 高橋さんは、2017年から3次元データの活用やICT 施工の取り組みを始めた。現在ではインターネット上に多くの情報があるが、当時は、ほとんど情報がなかったという。「データのつくり方やそれをどう使うのか、国が推奨しているICT 活用の具体的な範囲もわからなかった」と高橋さんはいう。そのような中で、最初にソフトウェアとドローンを購入し、手探りで操作やデータ作成を行った。

「ソフトウェアには説明書もなく、直感だけをたよりに、このボタンを押すとどうなるのか繰り返すことを徹底的にやりました。そうしないと絶対にわからない、自分で動かしてみることが大切です」

という。当時は、土工数量が 5,000㎥未満の工事はICT 活用工事の対象外だったが、高橋さんは、導入を始めた時から現在まで、県や町の工事もすべてICT を活用してきた。

「すべて持ち出しでしたが、実際の工事で使うことが技術の習得や向上につながります。対象工事でないからといって使わないと忘れてしまいます」。

施工のための3次元データを自ら作成し、活用することで、現場作業が効率化し、プラスの効果が大きいという。

まずは最初の一歩を踏み出すこと

 i-Construction 大賞受賞後は全国から取材や講演の依頼が相次いだ。「ICT 活用で、当社のような地方の小さな会社が注目されるようになり、会社も私自身の人生も変わりました。いろんな人に出会い、仕事の幅というか世間が広がりました」と高橋さんはいう。

各地を講演する中で、人手不足や経営者の理解不足といった業界の課題も感じた。

「かつて私もそうでしたが、ICT は難しい、ハードルが高いというイメージがあり、それを乗り超えていかないといつまでも効率化は進みません。とりあえずはじめてみるべきです」という。

 経営者の中には、高価な建設機械の購入には積極的でもソフトやパソコンの必要性を感じていない人もいる。高橋さんは「いつもは事前に社長の承認を取るのですが、ICT に関しては、事後報告でした。とりあえず必要なものを買って使って成果をあげることを考えるようにとみなさんにもお話しています」。

 また先進的な取り組みをしている会社とのネットワークもできた。情報交換を通して、いろいろな気づきや発見があったという。しかし、地域性や工事の規模はそれぞれなので、まったく同じようにできるわけではない。

高橋さんは「他社に負けないようにしようという考えはないです」と明快だ。さらに「他社が使っているからと、必要ないものを買っても使わなければ意味がありません。建設機械も測量機も必要以上に買うことはありません」。

現場のモチベーションを高めるために

 高橋さんの思いを現場の社員は、どう受け止めていったのだろうか。

「新しいことを取り入れるのは誰にとってもハードルが高いと感じます。初めの一歩は難しいけれど、その一歩が踏み出せれば、仕事もスムーズにいきます。大変な仕事を極力減らしていけると思って欲しい」。

高橋さんは「何をしても壊れないし、データが壊れたらまた入れればいい」といってタブレットを渡した。最低限のルールだけを決めて、ソフトの使い方も現場で使う人が自由に決めればいいのです。

現場で作業しているのは、30代と40代の若手2人と60代の人が7人ほど。若手2人が中心になって仕事の流れを決めて、効率よく作業を進めている。僕は一切口出ししません。60代の人たちは昔ながらの腕のいい職人さんですが、ICT 建機を使いこなしています。細かい調整も得意です。昔の職人さんと若い子が一緒になって現場を進めている一番いいパターンです。

 現場からは、3次元データを現場で活用したいという要望があり、タブレットに取り込んでいる。自分たちで考えて創意工夫して楽になる方法を見つけています。以前は、測量機を使って電卓で計算して紙に書いていましたが、今はタブレットをかざすだけで3次元測量もできます。もう昔のやり方には戻れない。現場の人たちは、もう私よりずっと詳しくなっています。

現場監督と技能者のハイブリッド

 当社には現場監督はいません。役所との交渉や書類作成は高橋さんが一手に引き受け、現場の技能者が、タブレットを持って自分たちで測りながら工事を進めている。タブレットを使い作業員が自主的に働けるようにするということだ。

「口頭で説明されるより、自分たちがタブレットを見ながら確認する方がずっと効率的です。情報を伝える、監督だけの人は必要なくなります」と高橋さんはいう。技能者が現場監督の仕事を兼ねることで賃金もアップする。これこそが効率化であり、ICT で一番変わったことだという。

 現場監督は、役所の対応や検査のための書類作成に追われていますが、今は現場で使っているデータをそのまま活用して書類作成できるので、時間も大幅に短縮でき、「すごく楽になりました」。3次元データを基に掘削し、ICT 建機で土量が測定できる。構造物はすでに3次元モデルがあるのでコンクリートの数量もわかる。完成してから測るのではなく、3次元で出来たものを現地で照らし合わせるだけでいい。変更の設計書もすぐにできる。追加工事や新たな工事の提案なども早くできるようになり、売り上げにもつながっているという。

必要なものだけを3次元化すればいい

 国土交通省の直轄工事でのBIM/CIM 活用が原則適用になり、BIM/CIM や3次元モデル活用の機運が高まっている。3次元モデルを作ることが目的化しがちだが、高橋さんは「いろんなデータを作成することでスキルを上げることは大切ですが、時間と労力をかけて3次元データを作成しても現場で使えるものでないと意味がない」という。作成をやめたもののひとつに配筋の3次元モデルがある。作成に手間がかかる割に活用の範囲が少ない。それならば、やらないという発想も必要だという。

「3次元データに2次元の図面を取り込み、その図面と現地確認でもいいわけです。技術が進歩していくと、始めのうちは、すべてを3次元データにしようと頑張ってきましたが、慣れてきたら、現場で使わなくていいものは、だんだん作らなくなってきます。それも効率化の一つです。そういう意味では、実際にデータを作成して使ってみないとその気づきはない」と高橋さん。

 デジタル化や自動化が進むと確認するスキルが大切になる。間違えが起こらないように事前にルールを決めておくことが必要だという。例えば間違った座標で3次元モデルをつくってしまう間違いに気づきにくい。そのためのチェックを怠らないことが重要だという。

チャットGPT やMR の活用

 建設業を志す高校2年生に授業の一環として、3次元測量と座学を行った。「時代の動きはものすごく速いので、どんどん新しいことを学んでいかないと追いつきません。測量の基本を知ることも大切ですが、独学でも知識を得ることができます。今は新しい技術がスマートフォンやタブレットから簡単に拾えるようになっています」。

 座学で使ったパワーポイントの資料作成はチャットGPT を活用した。例えば、「DX とICTについてかわかりやすく説明して」、「地上型レーザースキャナーについて教えて」と問いかければ、瞬時に答えてくれる。高校生にもわかりやすく正しい情報を伝えるために、これまでは資料作成にも時間がかかっていたが、かなりの時間短縮になったという。チャットGPT のようなAI を使いこなすには、問いかけのスキルが必要になる。「時代に応じて求められるスキルも変わっていくのだ」と高橋さん。

一方で、ネット環境が整備され情報共有がしやすくなっているにもかかわらず、図面や書類はまだまだ紙ベースが多い。「紙は全体を一覧できますが、デジタルだとスクロールしなくてはならないのでその点は少し不便ですが、いずれどこかで転換期がくると考えています。デジタルを使えば視覚で判断できるし、構造物の出来形管理も容易になります」。高橋さんは、今後、ペーパーレス化を進めていくという。

 技術の移り変わりが速く、新しいものが次々と出てくる中で、高橋さんは日ごろから新しい技術をチェックしている。最近、マイクロソフトのホロレンズを搭載した施工現場用のヘルメット一体型MR デバイス〈Trimble XR10〉を購入した。現実世界の上に仮想の映像を重ねて映すMR( 複合現実) だ。これまでは、マイクロソフトのゴーグルはヘルメットがないので、現場では使いにくいと考えていたが、ヘルメット一体型が発売され、さらに誤差が3~5㎜までに精度が上がったことも購入の決め手になった。作成した3次元データを入れて、現場で確認したり、使い方をいろいろ試している段階だという。高橋さんは「今は、操作になれるために無料のゲームをダウンロードして遊んでいます」と笑う。

現場のものづくりの楽しさを伝えたい

 今後の建設業で一番の課題は、現場でモノを作る人がいなくなることだという。省人化の方策として自動化の試みも進んでいる。県内の建設会社は、護岸工事で3D プリンターで製作した曲線パネルを使い、国内初の活用事例として大きな話題になった。今はまだ高価で場所も限られているが、3D プリンターの活用が進めば人が少なくなっても現場の作業ができるようになるかもしれない。しかし、どのような作業でも必ず人の手や確認がれないが、現場でものを作る人が減っており、その対策が急務になっている。

 将来の担い手を確保するため、高知県内でも役所と地元企業が協力して現場見学会や出前授業を積極的に行っている。高橋さんは「作業する人がいないと現場が成り立たないので、現場監督よりも、現場で作業する人が欲しい。今まで現場監督がやっていたことを現場でタブレットを使いながら、ものづくりの楽しさや魅力を感じてほしい」という。

そのためには、従来からの現場監督、測量士、現場の技能者という構造を変えていくことも必要になる。これまでBIM/CIM や3次元データの活用事例を紹介してきたが、技能者のスキルを高め自立性を高めるためにデジタルを活用するという発想は新鮮に感じられた。「新しい技術を使いながら、土木の現場でものづくりが面白いと思えるようするためには、仕事の中にいかに遊び心を持たせるかがカギになります」と高橋さんは示唆する。MR のような技術にこそ可能性があるのではないだろうかと今は感じている。

建設物価2024年5月号