建設業の人手不足や高齢化は全国的な課題になっているが、山口県ではその傾向がより顕著になっている。2015年度の県内の建設業就業者数は5万7千人で、ピーク時(1995年度)の9万2千人から38%減少している(全国平均:ピーク時の1997年度から27%減)。また、2015年度の県内建設業就業者の55歳以上の割合は38.4%(全国平均33.8%)、29歳以下の割合は10.8%(同10.8%)となっており、高齢化が進んでいることが見て取れる。さらに、2019年1月における県内の有効求人倍率は、全産業平均1.65に対して、建設業全体で5.91倍となっており、深刻な人手不足が浮き彫りになっている。後継者不足による廃業も増えているという。
山口県では、2018年から2022年までを計画期間とする県の総合計画「やまぐち維新プラン」の重点施策のひとつに「持続可能な建設産業の構築」を掲げ、その実現のための取り組みを行っている。(一社)山口県建設業協会との共催による土木・建築系学科の高校生を対象にした現場見学会、女性を対象とした現場見学会、小中学生の親子見学会などを毎年実施し、建設業の魅力発信と多様な人材の就業促進に力を入れた結果、女性の新規就業者数が増加する等の効果が表れている。国土交通省と実施した女性対象の現場見学会では、VRを体験した高校や高専の生徒から大きな反響があった。「建設業に対する3K のイメージを打破し、クリエイティブで魅力的な仕事であることを知ってもらいたい。i-Construction は働いている人にも効果がありますが、これから就職する若者に対する PR 効果は絶大です。」と水廣さんはいう。
山口県では、2017年7月に ICT 活用工事(土工)の試行運用を開始した。対象工事は一般土木工事で、土工量1,000㎥以上かつ予定価格3,000万円以上を原則とし、発注方式は、契約後、受注者が施工を希望した場合に発注者との協議を経て実施する施工者希望型とした。県独自に工事成績評定における加点も行い、活用を促進する。2017年度から2019年度までに発注された47件(令和2年1月末時点)の ICT 活用工事のうち、実際にICT が活用されたのは27件に留まる。
生産性を向上させるための ICT が活用されないのは何故か。
県は、ICT が活用されなかった工事の受注者にヒアリングを実施した。その結果、3次元起工測量、3次元設計データ作成、ICT 建機による施工、3次元出来形管理等の多くの新技術を建設プロセスの全工程に導入することが、技術的にも費用の面でも高いハードルになっていることが分かった。特に、ICT 建機による施工を中心に考え、採算性の面から活用を断念するケースがほとんどであった。
「ICT 建機が使えないからといって、その他を全てやらないのはもったいない。現在の制度で ICT 活用工事の対象となるのは、県発注工事のほんのわずかです。ICT 活用工事の適用範囲を小規模な工事にまで広げ、3次元設計データの活用を中心に据え、必要に応じてICT の部分的な活用もできるように2020年度から要領を改正します。簡単なところから取り組んでいけるようにハードルを下げて、ICT 活用工事の裾野を広げていきたい」と水廣さんはいう。
2018年7月の豪雨で氾濫した島田川では、再度災害防止を図るために、2018年度から河道掘削工事を実施している。
下流域の約4km 区間では、十数万㎥の土砂掘削をICT 活用工事として実施した。3次元測量及び3次元設計は、工事に先立って業務委託で実施した。空中写真、UAV搭載型レーザースキャナ、地上レーザースキャナを従来の施工方法では難しかった水中の掘削も、マシンコントロールバックホウを使い施工情報が見える化されることで、出来形管理や進捗管理が容易になった。
また、山口県の南北を結ぶ小郡萩道路の美祢市から萩市までの延長10km の道路改良事業では、ICT 活用工事に対応するため、既存の2次元設計図面を3次元化する業務委託を発注した。
地元の建設コンサルタント会社に BIM/CIMに取り組んでもらうための試みでもある。測量設計業務の3次元化では、様々な課題も浮き彫りになってきた。今後、県では、施工者、コンサルタント、メーカー等と情報を共有しながら課題解決を目指して取り組んでいくという。
ICT 活用工事の普及を進めるためには、技術的な支援だけでなく、建設業の経営者や技術者の意識を変えることが重要だと水廣さんはいう。
2019年11月には県内の建設産業に ICT 導入を促進するため、「建設 ICT のすべてがわかる見本市」をキャッチフレーズに「建設 ICT ビジネスメッセ」を開催した。会場の山口南総合センターでは、建設 ICT の最先端技術を有する38の企業が、最新の ICT 建機、3次元測量機器、ソフトウェア、VR 等を展示した。グラウンドでは ICT建設機械の試乗体験やドローン測量などのデモンストレーションも行われ、ステージでは全国のトップランナーによる講演やパネルディスカッションが行われた。会場には県内の建設企業はもとより、県外からも多くの人が訪れ、3日間で2,000人の来場者があった。
イベントでは、来場者と出展企業及び出展企業同士のマッチングを意識したという。「ICT 活用工事の普及を推進していく中で、多くの方のお話を聞き、人と人との出会いの重要性を実感しています。新規分野に進出した県内企業が、ノウハウを有する企業と繋がることで大きく成長し、県内の ICT 活用工事を牽引していただきたい。」と水廣さんは力を込める。
さらに、「早い時期からICT 活用工事に取り組んできた全国のトップランナー企業は、独自のノウハウを培いながら使い勝手のよいやり方で進めています。また、自社のノウハウをオープンにして業界全体を良くしよう
という素晴らしい発想を持たれており、『ICT を活用してどんどん儲けている』というお話には説得力があります」。会場では、講演を行ったトップランナー企業に社員の OJT を依頼する地元企業が現れるなど、イベントをきっかけとして様々なつながりが生まれ、ICT 活用工事の普及に向けた機運が醸成されつつある。
県では、ICT を活用する人材育成にも力を入れている。これまでは ICT 活用工事の現場見学会などを数多く開催してきたが、2020年度からは建設企業向けの人材育成セミナーを実施する。
「ICT 活用工事では、測量データの処理や3次元設計データ作成等のコンピュータを用いた内業のウェイトが大きくなるため、これまでよりも幅広い人材が建設業界で活躍できます。女性の活躍の場を広げ、さらに情報系の専門学校の学生など異分野からも人材を取り込みたい」と水廣さんはいう。
セミナーでは、単なる基準書の解説ではなく、どんな工事でもどんな会社でも取り組むことができ、3次元データをフル活用できる応用力が養えるような内容にしていきたいという。
デジタルネイティブの若い世代は、最新の測量機 器でもスマホ感覚ですぐに使いこなし、i-Construction に取り組むことで自信をもって働けるようになるという。これまでの建設工事では経験と熟練した技術が必要だったが、3次元データを現場に持ち出せるようになることで若手が活躍できる機会も増えていく。
断片化された仕事にやりがいを感じられなかった若手が、3次元モデルを使うことで自分の仕事の成果が見えるようになり、貢献できていることを実感できる。そのためには、フルパッケージでなくても、最初は小さいところでやってみて効果を実感できるような流れをつくっていくことが大切だという。
ICT 活用工事は、決まりごとが細かく定められており、受発注者ともに抵抗感があるという。しかし、単に工事のやり方だけでなく、人材の採用や育成、経営改革の手段として長いスパンで考えることが求められる。「ICT 活用工事は生産性向上のひとつの手段であり、それ自体が目的ではない。」と水廣さんは強調する。
これまでの2次元平面図、横断図、縦断図等は、測点における情報しかなく、測点間の不足する情報は、技術者が座標や高さを計算して補ってきた。施工においては、最終的な仕上げは熟練した建機オペレーターの技術に頼らざるを得ない面も多かった。
水廣さんは「3次元データの便利なところは圧倒的な情報量があり、それを現場に持ち出して様々な使い方ができることです。紙に印刷された数字は単なる記号であり、現場では人を介して別の形に変換する必要がありますが、3次元データは、直接現場で活用できるスピード感があります」という。さらにクラウドサービスを活用すれば時間や距離を超えて仕事をすることも可能になる。建設業は忙しいというイメージがあるが、仕事が効率化できれば自由な時間もできる。ICT導入で働き方が変わり、週休2日制を導入する企業も出てきた。
「設計に基づいて所定の品質のものをつくることは同じですが、やり方が変わることで社員のモチベーションや企業の利益に反映されます」と水廣さんがいうようにトップランナー企業の中には、社員数名の会社でも3次元データをフル活用することで人材を生かし、売り上げを伸ばしている会社もある。製造業をはじめ、社会の ICT 化は加速している。やらされている感にとらわれることなく、チャンスと考え、積極的にチャレンジしていく企業こそが成長できるのではないだろうか。県の施策には、ICT導入を支援して、建設業の生産性や魅力的を高め、働く人にとって誇りと達成感を得られる業界にしたいという熱い思いが込められている。
今後も「担い手の確保・育成」と「働き方改革」を一体的に推進し、建設産業の活性化を促進していくとともに、県内企業を支援し、ICT活用工事の普及を推進していくという。