建設物価調査会

ゲームエンジンを活用したインフラ整備



国土交通省 九州地方整備局


国土交通省 九州地方整備局 企画部 技術管理課 インフラDX 推進室 
建設専門官 房前 和朋さん


国土交通省では、社会の変化に対応するため、インフラ分野においてもデータとデジタル技術を活用して、業務や組織、プロセスを変革するDXを推進している。データ利活用推進のため、国土交通省本省にインフラDX総合推進室が新設され、関東・中部・近畿・九州の地方整備局にインフラDXの推進組織が設置開設された。メタバース(仮想世界)を活用した合意形成や災害査定のデジタル化など、独自の施策を行っている国土交通省 九州地方整備局 インフラDX推進室の建設専門官 房前和朋さんに取り組みについてうかがった。



さまざまな分野で活用されているゲームエンジン

 国土交通省九州地方整備局では、早くからメタバース(仮想世界)を用いたインフラ整備に取り組んできた。メタバースとは「Meta(超越)」と「Universe(宇宙)」を組み合わせた造語で、オンライン上に構築された3次元の仮想の世界に自分の分身であるアバターが参加し、さまざまな活動ができる。

世界で最も規模が大きいメタバースといわれているのが、米国エピック社のゲーム「フォートナイト」。3.5~4億人が参加するコミュニケーションの場となっている。「ブロックチェーン技術などと相まって仮想世界内の土地や物の売買も可能となっており、メタバースの価値は相対的に上がっています」と九州地方整備局インフラDX 推進室 建設専門官の房前和朋さん。今やメタバースはゲームの世界だけでなくさまざまなサービスやコミュニケーションの場として捉えられるようになってきた。

 メタバースを構築するために使われるのがゲームエンジンといわれるもの。ゲームエンジンは、3次元のゲームを高品質、低コストでつくるシステムとして開発され、現在では、自動車やスマートフォンの設計、映画やアニメーション、宇宙開発など、さまざまな分野で活用されている。

 2018年に九州技術事務所にVR 研究室を設置し、ゲームエンジン利活用のための研究技術に着手した。BIM/CIM による設計データや3次元地形データなど建設分野で使われるツールとゲームエンジンはデータ形式が違い、互換性がなかった。そこで、これらをつなぐ技術を開発した。


汎用性の高い技術で人材不足に備える

 インフラ整備にメタバースを活用した理由を房前さんは次のように語る。

「BIM/CIM は、ソフトが高価で習得にもある程度の時間がかかります。主に建設業界でしか使われていませんから、人材を得ようと思っても建設業界の中で育てるしかありません。ですが、ゲームエンジンを使える人は全産業にいます。我々の仮想世界をつくったのは、ゲームソフト開発会社にいた方です。今は、自動車産業、航空産業などさまざまな業界で、ゲームエンジンを使っていますから、技術者も多い。2023年からのBIM/CIM 原則適用になると技術者が大幅に不足すると考えられ、従来の建設業従事者でない方の協力が必要になります」。

高度な技術では、技術者が集まりにくい。ゲームエンジンやAI の世界では、開発企業が情報を無料で公開することで、技術者を増やし、新たな技術へと進化させることがビジネスモデルになっているという。

さらに「これまでは建設業でキャリアを積んでも他業種には移れませんでしたが、ゲームエンジンを武器に、他のことにチャレンジすることも可能になります」と房前さんがいうように汎用性の高い技術を活用することで、人材の流動性、さらには建設業界の価値や魅力を高めることにもつながる。


合意形成に役立つメタバース

 2019年からは、土木研究所と連携して、ゲームエンジンを用いたインフラ整備の新たな設計手法の開発に取り組んできた。2021年7月には「河川CIM 標準化検討小委員会成果報告書」で、ゲームエンジンを河川CIM の標準化案の一部として提案した。

 住民との合意形成では、「フォートナイト」と同じゲームエンジン(unreal engine)を使いメタバースを作成した。これまで地元説明会では、完成イメージを共有するためにパースや模型が使われてきたが、房前さんは「3次元を用いた設計が進んでいますが、パースや模型を用いるとデジタルデータをアナログにしてまたデジタルに戻すことになります。データの一貫性が途切れると設計思想も担保されにくくなる。このような非合理的な仕事のやり方を変えないとDX は進みません」と指摘する。

 現実世界を計測し、BIM/CIM を用いて設計を行い、ゲームエンジンにデータをコンバートすることで高品質な仮想世界を低コストでつくることができる。VR 技術で完成後のインフラをよりリアルに疑似体験することで住民とより確かな合意形成を行い、さらに変更点などをBIM/CIM データに振り戻して、そのデータに基づいて機械施工をする。このようにプロセスをすべてデジタル化し、仮想世界を現実に上書きする形でインフラ整備を行うことが可能になる。

 2021年12月に福岡県吉富町で開催された「山国川かわまちづくり」の地元説明会には、約60人が参加し、大型スクリーンでの説明後、ヘッドセットを装着して仮想世界を体験した。「3次元CADデータをVR で表現しても、ゲームエンジンのようなリアリティは出せない」と房前さんはいう。BIM/CIM は形状を正確に表現できるが、例えば、太陽の光を受けた水面のきらめきの変化などは考慮されない。

ゲームエンジンでは、物理エンジンが組み込まれていて重力や慣性力といったものまで忠実に再現できる。さらに水辺の飛び石の間隔や水深、転落防止柵の高さなど、図面ではわかりにくいことも簡単にチェックできる。河川敷のドッグランの計画では、日陰の検討も簡単にできた。房前さんは「この技術の有効性は、人の目線で空間の把握や完成時の様子が確認できることです。完成形が表現できるので、初期段階での検討や完成後の確認にも有効です。インフラ整備でデジタルを活用する際に最適なツールを選び、組み合わせていくことが必要です」と房前さんはいう。

 九州地方整備局のホームページでは、メタバース作成のマニュアルとデータの変換に用いるプログラムを公開している。さらに日本の自然を表現し、景観設計などに生かせるように日本固有の植生や護岸の3D モデルも併せて公開している。




ゲームエンジンを用いた3 D モデル(山国川)




ゲームエンジンを用いた3 D モデル(山国川)


災害査定のデジタル化

 近年、災害が頻発している。特に九州では、2016年の熊本地震、2017年の7月九州北部豪雨、2018年、2020年にも豪雨等による大災害が発生しており、災害査定の件数も多く、自治体職員等の負担が大きくなっている。被災現場での計測や写真撮影には危険が伴い、2次災害のおそれもある。房前さんは「災害査定をデジタル化することで、省力化でき、より安全で正確に災害を把握して、地域の復興を助けたいと考えた」という。誰でも簡単に入手しやすい機械を使って高度なことができる手法として独自に開発したのが「災害用のバーチャルツアー」である。市販の360度カメラとバーチャルツアー作成ソフトを使うことで、広い範囲を短時間で記録できる。これで災害現場を確認すれば、撮り逃しもない。

 九州農政局や九州財務局とも連携し、災害査定の実証実験を2021年12月に鹿児島県さつま町と熊本県で実施した。実際の災害査定とデジタル化による模擬査定を行い、コストや時間、安全性や容易さなどを比較した。360度のバーチャルツアーで定性的な把握をして、点群データで定量的な把握をした。

遠隔で操作でき、移動や計測の時間も軽減された。情報量が大きい点群データの処理には高性能のPC や高価なソフトが必要だったが、クラウド上で処理するため、一般的なPC で作業ができる。国や県の災害復旧に長年携わってきた災害復旧技術専門家からも、災害査定に十分活用できるという意見を得た。

 さらに実証実験では、点群データを取るのにスマートフォンを使った計測も行った。iPhone13Proには、LiDAR センサーという高精度のレーザー計測装置が搭載されており、別途GNSS(全世界測位システム)と組合わせることで、高度な3次元計測ができる。「ポケットからスマホを取り出してビデオを撮るようにデータが取得でき、クラウドにデータが保存され、共有できます。

誰でもが使えるようにするためには、3つ程度の操作で作業が完了するぐらいの簡易さが必要です。特に災害現場では複雑な操作はむずかしい。だからボタンを押すだけでできるようにしました」と房前さんはいう。デジタルを活用して、便利な機能を用いることによって仕事を効率化できるが、これまでは高価な機材やソフトが必要だった。それに対し、房前さんは「我々が開発する技術は、F1自動車のようにお金かけて高性能を追求するものではなく、安価で、入手しやすい機材で誰でも取得が簡単できることが要件です。技術者がいない自治体などでも役立つように簡単に使えることが必要です」


i-Phone で3D データ計測スカイバーチャルツアー

計測機器:i-Phone12Pro とGNSS 機器
i-Phone にて堤防を計測(画面で堤防を一筆書きの様に撮影)

 房前さんは「九州は災害が多く、建設業界は、地域の復旧、復興のために力を尽くしていますが、高齢化や担い手不足といった大きな課題があります。これを少しでも補うためにデジタル化を進め、5G を使った遠隔操縦ロボットによる建設重機の操作技術なども開発しています。ドローンの活用もそのひとつです」。九州地方整備局では、2014年度にドローンの運用マニュアルを策定し、ドローンの免許を内部資格として職員の養成を行っている。職員によるドローン部隊が結成され、大規模災害時の被災調査、土木工事における測量や施工管理など、さまざまな場面で活躍している。

 災害時の被害把握や復興に役立ててもらうため、職員がドローンの360度写真を作成する機能を使って撮影した画像を「スカイバーチャルツアー」と名付けて、ホームページに無償で公開している。現在は、2020年7月の豪雨で氾濫した山国川の一部を公開。パソコンやスマートフォンで誰でも簡単に閲覧でき、災害発生時には画像と比較することで被災の規模や範囲を確認することができる。

 「私たちは、自治体や建設業の方々が楽に高度なことができることを目指しています。今の社会にあったコストパフォーマンスのいい技術、量産できる技術こそが、社会を変えていけると思います。いろんな分野の技術を幅広く知って、優れた技術を取り入れていくことが必要です。そのためには多分野の方とも積極的に交流することも大切です」と房前さんはいう。今年2月には吉野ヶ里歴史公園バーチャルツアーも公表した。操作性を重視して現場で使える技術を開発し、普及させていく九州地方整備局の取り組みが、建設業のDXの推進につながっている。



山国川におけるスカイバーチャルツアー




スカイバーチャルツアー

点群データ




吉野ヶ里歴史公園のバーチャルツアー
https://www.yoshinogari.jp/introduction/virtualtour/