国土交通省のi-Construction に先駆け、西口さんがICT 施工に取り組んだのは2013年のことだった。その理由は「人がいなかったから」だという。2012年に会社を立ち上げ、重機オペレータの社員と2人で土木工事の下請けを始めた。丁寧な仕事が評価され、仕事がどんどん入るようになったが、自身の施工現場を終えてから他の施工現場に測量に行くのも大変だった。即戦力になる人を集めるのが難しい中で、品質やスピードを落とさずに仕事をこなすためには、兼ねてから検討していたICT 機器を導入するしかないと考えた。重機購入は初期投資が大きいので、まずは測量用の自動追尾トータルステーションとGNSS 測量機を購入した。
導入判断は間違いなく、即時に効果を発揮した上に1人で測量でき取得したデータを活用することで仕事が格段に早くなることを実感し、さらなる効率化を図るため重機自体のICT化もあわせて進めていった。生産性は3~4倍になり、受注も増え、現在では、油圧ショベルやブルドーザなど60台もの重機を保有し、リース会社では扱っていない最新の大型ICT 重機もある。
「通常施工では1か月かかる仕事もマシンガイダンスやマシンコントロールを搭載した大型ICT 重機を使うことで現場条件にもよりますが、確実に工期を短縮できます」と西口さんはいう。ICT 施工は、大規模な工事でないと利益が出ないと考える人もいるが、西建工業では、水路の掘削といった小規模な工事を含め、自社が請け負う全ての工事でICT 施工を行っている。
ICT 施工は事前の段取りが重要になる。新しい現場にはまず西口さんが足を運び、現況を調査する。自動車のカーナビと同じで、電源を入れると地図の中で自分がどこの場所にいるのかを正確に示してくれ、設計データに合わせれば設計図面のだいたいの形が分かる。「実際の勾配などは現場にいかないと分かりませんし、紙の図面を見て考えるのとはまったく違います。使い勝手がよく、スマホと一緒で、一度使って便利さが分かると以前のやり方には戻れません」と西口さんはいう。
施工前の測量や丁張設置、さらには施工中の品質管理や施工後の出来形管理が省略できるといったメリットもある。西口さんは作業手順も変わってくるという。「水路を施工する時には最初に丁張をかけますが、僕らは掘削データを作って一気に大きい機械で掘削してから据付用の丁張をします。そうすることによって生産性が格段に向上します」。
大小合わせて20カ所ほどの現場では、15人のオペレータが建機を操作する。ICT 施工の活用で、現場数に対して「少人数・工期短縮・高品質」を得ることができる施工が可能になった。現場において、毎回の機器設置や測量データを重機オペレータに伝える手間などを省略できるため、作業効率が格段に上がる。「施工データの入った USBを渡せば、勘のいい子ならある程度は任せられます」と西口さんはいう。
さらに「若い子は世代メリットもあると思いますが、そもそも様々な機器を扱うのが得意です。他社の人から、若いのにすごく測量ができると褒められますが、実は測量知識が高いのではなく補完してくれるICT 機器の使い方を知っているからなのです」と笑顔で話してくれた。
ICT 施工の現場で一番効率化が図れるのは、現場監督だという。これまでは、オペレータへの指示や確認が多く必要であったが、ガイダンスなどで正確に施工することができるようになり、工程管理や品質管理の手間が軽減された。そのため、複数の現場を同時に見ることもでき、本社のオフィスから指示を出すこともできる。「近い将来には、本社にいながら他府県や海外の現場のICT重機を遠隔操作ができるようになると期待しています」。
3D の施工データは社内で作成している。自社で手掛けることで、急な変更にもすぐに対応でき、使い勝手のいいデータを作ることができる。
「夕方、僕が方針を決めて、1時間でデータを作ることもあります。簡単なデータだったら30分で作れます。事務職で採用した女性社員がシステムエンジニアをしていたと聞き、データ作成を手伝ってもらうことにしたのです」。測量の知識はなかったが、仕事をしながら独学で勉強して1年ほどでデータが作れるようになった。現在では、3D データ作成の業務が主となり、その傍ら後輩の指導も行っている。西口さんは昨今よくいわれている土木女子(ドボジョ)に理解と共感をしているため、自社においても女性が活躍できる取り組みを実践している。
ICT 施工が、建設業において女性の職域創出のきっかけになるともいう。もう一方で、データも作れて重機も動かせるオペレータ人材を育てていきたい思いもある。「今は35人の社員がいますが、重機のオペレータはまだまだ足りていません。当社は設立より独自の経験ノウハウ蓄積により利益の生み出し方を得て、保有機械数を増やすことはできましたが、さらなる人材の確保~育成に取り組むことで他社と差別化された企業を作り上げ、建設業の魅力を伝えていきたい」。
西口さんのもとには、先進的な取り組みを参考にしたいと全国から建設会社の経営者がやってくる。「現場を見学した上で、機械の選定~工期や工事の進め方~現場における収益構造についても伝えます。僕の話に共感してくれて、その日のうちに重機を2台注文した人もいます」。西口さんは経験やノウハウをオープンにすることで、ICT施工が広がっていけばいいという。
2019年5月に幕張メッセで開催された「建設・測量 生産性向上展(CSPI-EXPO)」のセミナーでは、実践に基づいたICT 導入の効果や今後の課題について講演した。 ICT 施工のトップランナー同士の交流もある。この展示会前日には、先進的な取り組みをしている全国の経営者や関係者が20人ほど集まり、意見交換をした。昨年はコロナ禍で延期なってしまったが、電話やSNS でいつでも連絡はとれる。「経営者の一番の関心事はi-Construction の技術や加点も大事ではありますが、本音のところはいかに効率よく仕事をして、利益を生み出し、会社を成長させるかということが共通してあると感じます。ICT 施工には初期投資が必要です。当社が重機土工に特化したのは、これだけの重機が活躍できる現場の適正を独自で精査して受注しているからです」。
当社と同じような取り組みをしている他府県のICT 先進企業は事業を拡大し、ICT 建機や機器を買い増しているという。一方で新規でICT 重機を購入する企業等は、まだまだ少ないという。「導入に対しては各社様々あると思いますが、仮にこれからICT 施工を始めるのであれば、3D データが使える測量機器から入るのもハードルが低く効果が実感できるのではないか?」という。それで利便性や効果が実感できれば重機へと展開しけばいい。何より大事なことは、変化なくして進化がないという事の理解や経営者自身の意識を変える試みが、重要」と西口さんはいう。
早い時期からICT 施工に必要な新技術に携わってきた西口さんは、これまで経験してきた知識や蓄積があったから、3D やICT にも対応できたという。メーカーから試作段階の重機やソフトウェア改良について意見を求められることも多い。メーカーの開発者は、機械やICT テクノロジーの専門家だが、実際の土木の現場や作業手順を知らない人もいる。「メーカーは開発や改良を日々どんどん進めています。機能や性能はほぼ完成されていると感じますが、一番大事なのは現場感と使い方です」と西口さんは指摘する。
マシンコントロールを使えば、技術や経験がなくても動かすことができるが、それだけではよい仕事はできない。西口さんは、長年、重機に乗っているオペレータでも基礎を知らない人が多いという。「いくら良い重機を持っていても能力を100%発揮できません。ICT 施工の普及により得られる利便性や効果を最大限に発揮するためにこそ、改めて基礎を学ぶ教習所的なものが必要だ」という。この教習所が必要と考えるもう一つの意味としては、自社に貢献してきてくれた重機オペレータの定年後再雇用を見据えた機会創出や自社を含めた地域の雇用拡大、合わせて人材育成にもつながると考えている。
「自分が生まれた和歌山で仕事をし、地元には愛着があります。大型重機を持ち、機動力もあるので災害復旧工事などを通して地域に貢献していきたいという思いがあります」と西口さんは話してくれた。さらに将来について尋ねると「今は仕事がたくさんありますが、今のような状況がずっと続くのかどうかは分かりません。チャンスがあれば他の地域にも積極的に出ていきたいと考えています」。将来的には国内だけでなく、海外も視野に入れていくという。「すでに遠隔でできる技術があります。今までイメージできない現場との関わり方や日本にはない条件や広大な敷地で新しいことに取り組みたい目標もある。それらを実現するためにICT 施工を独自に高次化し続けることにより収益を高めて組織や仲間を増やして拡大したいと考えています」。 西口さんのような経営者がICT を積極的に導入し、施工の現場が大きく変わり始めていることを実感した。その原動力はICT の強みを活かして収益を高め、建設業界の新たな魅力を広げたいという熱い思いである。