団地の再生・リノベーション
神奈川県住宅供給公社 賃貸事業部 団地再生課
二宮団地は、昭和40年代に神奈川県住宅供給公社(以下「公社」という。)が神奈川県中郡二宮町に開発した住宅団地である。高度成長時代の住宅不足の中、平塚などの工業団地や、横浜、川崎、東京に勤務するサラリーマン世帯が憧れる新興住宅地、いわゆるベッドタウンのひとつとして人口が定着、二宮町の人口が一気に増加した。
それから約50年。住宅の老朽化に加え、都市部の住宅価格の下落や産業構造の転換による若年勤労層の流出等により、二宮町の人口は減少、二宮団地の公社賃貸住宅も空室が4割を超えた。
そのような状況の中、公社は二宮団地周辺の豊かな里山や、公社が保有する団地内商店街、未利用地等を活用した共同(コモン)施設等を基に「団地と地域の魅力づくり」を推進する団地再編プロジェクト「湘南二宮 さとやま@コモン」を平成28年4月よりスタートした。
本プロジェクトも開始より3年目を迎え、町内外からの移住者も増加、この地域だからこそできる暮らし=「暮らし方リノベーション」を実践する居住者が増えている。
今回は、本プロジェクトの取組みと「暮らし方リノベーション」の事例を紹介する。
本プロジェクトの舞台である二宮町は神奈川県西部に位置し、明治以降、落花生の品種改良から始まり、マスクメロンの温室栽培、みかん栽培などに取組む生産者を輩出し、恵まれた季候と土壌のもと、かつては県立園芸試験場や東大果樹園など研究機関が立地し、青果市場も存在した。研究機関は果樹栽培技術の開発と生産者育成に成果をあげたが、公社の団地開発をはじめとするベッドタウン化やみかん減反等による農地の減少、生産環境の変化などにより閉鎖されることとなる。しかし、この地域の気候・土壌は不変であり、特に二宮団地のある百合が丘周辺には農家や農地が今 なお残っており,「果樹の里・園芸の町」としての伝統が継承されてきた。
また,明治時代に東海道線二宮駅が開設され,大正時代に湘南軽便鉄道が運行を始めるなど,二宮町は物流の中継地点としても活気を帯びた。
その後,小田原厚木道路,西湘バイパスのインターチェンジが設置されたことにより,現在でも、への交通の便に優れた町である。
町域9平方キロ程度の二宮町には、現在、約28,000人が居住しているが、2000年頃をピークに人口の減少傾向が続いている。
町の人口減少と少子高齢化は着実に進み、消費減退が加速するとともに、空き家・空き店舗等が増加することで町全体の衰退が懸念されている。2014年、日本創生会議・人口減少問題検討分科会の推計による「消滅可能性都市」896自治体の一つとなった。
また、二宮団地のほぼ中央にある一色小学校の児童数は、ピーク時の17%にまで減少。特にこの10年間で児童数が417人から207人(49.6%減)と急激に減少している。このままでは小学校の‘廃校’という問題が現実化しつつあり、地域の衰退に拍車をかけることが懸念されている。
そのような状況の中、空室が4割を超えた公社賃貸住宅のある二宮団地を核とし、周辺地域の存続をかけ、平成28年4月から正式に本プロジェクトを稼動することとなった。
計画の策定にあたってまず考えたことは、50年前に二宮町におけるベッドタウンの先駆けとして開発されたこの団地の存在意義や周辺資源の魅力を見直すことであった。
入居者の第一世代は周辺の工業団地や横浜・東京などに通勤する、いわゆる団塊の世代の人たちであったが、この50年の間に経済のグローバル化や産業構造の転換による空洞化が進み、周辺の工業団地などに第二世代を受け入れる雇用先が減少してきた。また併せて団塊ジュニアの出生率が低下したことなどが複合的に影響して若年世代の流出や少子化が進行したものと考えられる。
東京から電車や車で1時間余りの立地条件にありながら、ベッドタウンとしての役割は薄まり、湘南の最西端にあって、海や里山の景観を保持し、農村集落に隣接するこの団地の魅力は自然や農業などに親しむ「さとやまライフ」を満喫できることである。この魅力は世代を超えて我々日本人の感性に訴える。また近年、若年層の中には環境志向や社会貢献志向などの高まりが見られ、仕事中心で「働くために住む場所を選ぶ」のではなく、「暮らしを楽しみながら働く」というライフスタイルを選ぶ傾向も多く見られるようになった。こうした二宮の魅力の再発見と近年の若年層の志向の変化などから、ベッドタウンに代わる新たな二宮スタイルという暮らし方や住まい方の提案ができるのではないかと考えた。
基本コンセプトは、「暮らしを楽しみながら働く」、「ほしい暮らしをみんなで創る」といった「さとやまライフ」に魅力を感じる人たちが住んでくれる二宮団地に再編していくことである。
再編プロジェクトの取組みの一つとして、公社賃貸住宅を集約するコンパクト化も実施している。
二宮団地の公社賃貸住宅は28棟856戸あるが、これを18棟580戸に集約する。(10棟276戸は賃貸を終了予定)
空室が多い状況では維持管理を効率的に行うことが難しく、入居住戸を集約することにより計画修繕や耐震改修等の投資を集中し、適正な維持管理を実施しやすくするほか、隣人が居る環境をつくることでコミュニティの維持・形成にも寄与し、安心・安全な住宅を今後も提供し続けられるようになる。
ただし、コンパクト化は本プロジェクトの取組みの一部分であり、主な目的は町や地域住民と連携して地域の再生を図ることである。
町全体の人口が減少している中、公社だけが効果的な取組みを行ったとしても、一時的に賃貸住宅の居住者が増えるだけであり、持続性のある地域再生や活性化を維持していくことは困難である。
地域再生の実現は二宮町としても取組まなければならない最大の課題であり、平成28年3月に二宮町は総合戦略を策定した。それを受け、同年5月に地域住民・二宮町・公社からなる「一色小学校区地域再生協議会」が組成され、それぞれが連携して地域課題の解決への取組みを進めることとなった。
音楽祭等の文化イベントや町が管理する古民家の活用、公園・散策路の整備など、地域住民が中心となりそれぞれ部会を立ち上げ、取組みを行っている。公社は各部会の活動へ協力する他、開発残地として保有していた未利用地を共同農園として利活用、農業体験イベントを開催するなど、町や地域住民と連携し、地域資源を活かした活性化や魅力の発信に取組んでいる。
本プロジェクトの大きな取組みとして、公社賃貸住宅のリノベーションがある。二宮団地のリノベーションでは、他の取組みとともに「さとやまライフ」の楽しさや魅力を創出できる、「住まい」と「暮らし」を提案している。利用者の希望に応じたメニューを提供し、「イメージする“暮らし”を自らつくりあげる(選択する)層」を取込むことで、地域を巻き込んだ公社の取組みに参画し、また担い手にもなる人材の地域への流入を図っている。さらに、地元企業、地域資源(地域産木材等)を活用することで、地域経済の発展に寄与することも目指している。
【セレクトリノベーション】
設備の向上、間取りの変更など多様なリノベーションのメニューから入居者の好みのプランを選択でき、選択したメニューに応じた加算額を基本家賃にプラスする。
二宮団地公社賃貸住宅の従来プランには洗濯機置場がなく、また給湯器もない(浴室はバランス釜、台所は瞬間湯沸器)ことも敬遠される要因となっていた。それらの設備を変更し居住性能を向上させる一般的なリノベーションのほか、隣接する小田原市産の杉材を使ったリノベーションも行っている。これにより、無垢のフローリングやキッチン流し台など個性的な住戸に生まれ変わるとともに、地域経済に寄与するという地方創生の考え方も取り入れている。
【セルフリノベーション】
部屋のデザイン設計や工事を入居者自身で行うことができ、原状回復も不要となる。
部屋の状態は2タイプから選ぶことができ、施工経験のある方向けには、押入や襖、畳等を撤去し、床下地合板張りのワンルーム化した状態で賃貸し、入居者の好みで仕上げていただく。また、施工経験の少ない方向けには、従来プランの前入居者が退去した状態のまま(清掃、設備の確認は実施)賃貸し、壁の塗装やフローリング化など好きなところだけリノベーションして住んでいただくことも可能である。
公社は賃貸住宅以外にも団地周辺に土地、施設を保有している。居住者や地域住民に里山の魅力を感じてもらうため、公社の所有する法面、空地、水田、竹林を利用して農業体験や里山体験などを 楽しむイベントを開催している。
水田を活用して田植え、稲刈り体験を行ったり、空地を整備して野菜を栽培する共同菜園も開設した。ただ、お米や野菜を収穫しても、食べられないと面白くない。みんなで収穫して、みんなで食べる。これもまた「さとやまライフ」の一つの楽しみである。
公社はそれを実現するために、団地中央にある商店街の空区画をリノベーションし、「コミュナルダイニング」を整備した。ここでは食をテーマとしたイベントや地域住民が集える場所とした。ランチタイムに無料で開放したり、貸しスペースとしても活用され、地域の人たちが気楽に集まれる居場所となっている。
二宮駅は(東京都)品川駅から60分、通勤時間帯に二宮に到着するJR 東海道線は空いているため、ほとんどが座ることができ、二宮町から都心
への通勤をする方も多数いる。
本プロジェクトにおいては、そういった通勤利便性などのオンタイムに重点を置く方に加え、オフタイムの「暮らし方」に重点を置く方にも来ていただきたいと考えている。
仕事の場所を選ばないIT 系、リモートワークを実践している方はもちろん、海・山といった自然の近くで子育てをしたい、休日をゆったりすごしたい、といった方にとって、都心への通勤が1時間前後の二宮町はピッタリだと考えている。
これまで公社では認めてこなかった「在宅ワーク」、「二地域居住」、「2住戸契約」といったニーズに対しても、二宮団地では試験的に門戸を開くこととした。
リノベーションにより住宅内部の魅力をアップするだけでなく、地域に目を向け、一緒に暮らし方をイノベーションしていく方の受け皿となることを目指して「暮らし方リノベーション」を導入している。
平成28年4月のプロジェクト着手から2年以上が経過した今、リノベーション住戸への入居も増え、コミュナルダイニングの利用数、田植え等の農業体験イベントの参加者数なども徐々に増えており、継続して取組んだ成果が見られるようになってきた。
これらの成果に大きく影響しているものは、地域住民、団地居住者等による口コミであると考えられる。
今は情報社会である。SNS 等で個人が発信した情報もすぐに拡散される。実際にそこに暮らしている方の情報はリアリティが高く、地域の魅力がよく伝わり、それをきっかけに移住される方も増えてきた。平成29年4月からは二宮団地居住者により、インターネット上で普段の暮らし「さとやまライフ」の様子の発信が始まった。
また、地域住民、二宮町、公社で組成した「一色小学校区地域再生協議会」についても、いくつもの取組みを経験し、連携しながらお互いに刺激し合える関係になっている。国土交通省の平成30年度事業として、空き家対策の担い手強化・連携モデルに事業採択され、現在この取組みも遂行中である。
・地域と連携した団地再生
これまでの団地再生の経験からさらに1歩踏み出し、賃貸資産である団地の利活用とともに、地域の魅力アップを地域住民、行政(二宮町)と連携し行っている。
・賃貸住宅のリノベーション
「さとやまライフ」を楽しむための「住まい」を居住者が選べるよう複数のリノベーションプランを提供している。また、リノベーションにあたっては、地元企業、地域資源(地域産木材等)を活用することで、地域経済の発展に寄与することも目指している。
・共同(コモン)施設の整備、運営
団地内、またその周辺にある商店街や未利用地などの資産を活用し、農園やダイニングなどの共同の施設を整備。人と人が繋がりコミュニティが豊かになる場を提供している。
・暮らし方リノベーション
海・里山といった自然の中で、豊かな暮らしを多くの方に満喫してもらうため、「在宅ワーク」、「二地域居住」、「2住戸契約」といった新たな暮らし方を提案している。