左官の魅力や可能性を伝え、若手を育成する
有限会社原田左官工業所を訪ねて
左官の仕事は、床のモルタル打設から装飾的な左官壁、住宅の漆喰仕上げなど幅広く、その多くが人の手で行われ、高い技術力が求められます。昭和24年創業の原田左官工業所は主に店舗や住宅の仕事を手掛け、さまざまな素材や技法を使い、空間コンセプトや顧客の要望に合わせた提案力の高さに定評があります。
文京区千駄木にあるショールームSAKAN LIBRARYの内装には、多くの左官素材と技法が使われており、100種類以上のサンプルや資料が並んでいます。原田左官工業所の代表取締役社長 原田宗亮さんはホームページやブログを通して左官の新たな可能性を発信されていて、その楽しさや魅力が伝わってきます。女性活躍に限らず若手の育成など、現場を変えていく取り組みをされている原田社長と現場の女性社員のみなさんにお話を伺いました。
事業を引き継ぎ新たな挑戦
これまで左官の仕事には少し地味なイメージがありましたが、原田さんは左官の素材や技法を広く紹介し、左官の仕事の魅力を伝えています。お父様から事業を引き継いだ時は、下請け仕事で仕事が安定しないことが悩みだったそうです。スケジュールの遅れや天候により予定通りに仕事が入らないこともたびたびあり、逆に仕事が重なって対応できないことも。
「仕事が安定しないと職人の収入も安定しません。とにかく、引き継いだ時は必死でした」と原田さんは当時を振り返ります。そこから新たな挑戦がはじまりました。左官の可能性を追求し、独創的な仕事を通して、左官の仕事の存在感を高めていきました。
30年以上前から女性活躍を推進
現在、社員は49人。そのうち12人が女性です。新卒で入社する人、現場監督から転職した人、子育てしながら仕事をする人など、年齢やバックグラウンドもさまざまです。30年以上前に女性の職人チーム「ハラダサカンレディース」を立ち上げ、女性の働きやすい職場づくりに力を入れてきました。女性が増えたことで女性用の更衣室ができ、それに伴い男性用の更衣室もできました。
「違う目線が入ったことで会社の中が変わっていきました。最初はベテランの職人さんからの抵抗もありましたが、だんだん慣れていきました」。徐々に職場の意識が変わり、育児休暇などの制度面でも女性の働きやすい環境が整っていきました。「今は女性だから、男性だからという感じはあまりないですね。当然、体力差はありますが、一人ひとりの個性や適性に合わせた適材適所が大事」と原田さんはいいます。
左官の仕事は面白そうと多様な人が入社
「建設業では、職人さんの高齢化が進んでいます。当社には、20代から60代の職人さんがいますが、20~30代が多く、40代が少ないですね。新人ばかりが増えても育成ができないので、バランスを考え毎年3~4人を採用しています。この4月に入社する3人のうち2人が女性で、1人は高卒で青森から来られる方、もう1人は大卒の方です。男性も含めて、専攻は建築系だけでなく、美術系、文系など、さまざまです。
それ以外にも左官の仕事が面白そうだと、営業職など違う職種から転職する人もいます」。原田さんの革新的な仕事や取り組みは、テレビや雑誌など、いろいろなメディアで紹介されています。それを見て左官の仕事に興味を持ち、応募する人も多いそうです。
壁塗り体験を通して仕事の面白さを知る
技術を習得するのには時間がかかりますが、独自の人材育成で、離職する人が少ないことも特長です。「突き詰めると、壁を塗る仕事は一生かかっても終わりはありません。ベテランであればあるほど100%満足した仕事はないのです」というように左官の仕事は奥が深く、職人さんは、常に向上心をもって向き合っています。シンプルなものほどむずかしく、スピードも必要になります。「壁塗りはむずかしいけれど、覚えてしまえば、他の人には真似されない自分だけの技術になります」。
技術は、背中を見て覚えろというのが、これまでの職人さんの世界でしたが、今の若い人にそれでは通じません。原田左官工業所ではベテランの職人さんの作業を動画にして、人材育成に活用しています。「動画を見せる方法は、同じ業界の方から教えてもらい、やってみると手応え感じました。動画なら繰り返し見ることもできます」
ユニークな人材育成はこれだけではありません。「昔は、下積み期間が長く達成感を感じられないまま、何年も耐えていく…というのが当たり前でした。うちでは入社後、最初の1カ月は、まず塗る楽しさを体験させます。最初に左官の世界の面白さを味わうことで、もっと上手くなりたい、頑張りたい、という気持ちが出てきます。」
現代風の「年季明け披露会」
新人は1カ月の体験期間が終わると「親方」と一緒に現場に出ます。親方は、昔の徒弟関係ではなく、仕事や現場について親切に教えてくれる頼れる存在です。現場にトイレがない場合には、近くのトイレを教えたり、冬の屋外作業では携帯カイロを用意するなど、細やかな心配りをしています。この信頼関係が今の若い世代にも響くようです。
4年間の見習い期間が終了すると、職人として一人前になった人を会社全体でお祝いする「年季明け披露会」が開催されます。職人さんのご両親も招待する盛大なパーティで、これは昔、職人の世界にあった「年季明け」の制度を現代風にしたものだそうです。
「大昔は、丁稚奉公というものがありました。住み込みで働く見習いさんは、教えてもらうのが仕事で、盆と暮れにお小遣いをもらって実家に帰省していました。年季が明けて一人前になると給料がもらえるようになり、年季明けには盛大にお祝いをしました。それを今風にお祝いするのが、私たちのスタイルです。4年間の成長を記録したフォトブックもプレゼントします」。クリスマスには、社員のお子さんにクリスマスケーキをプレゼントされることもあるとか。一緒に働く人達を大切にしている、原田社長の気持ちが感じられます。
コロナ渦での新たなチャレンジ
緊急事態宣言が発令された時は現場がストップし、ここ1年半はコロナの影響で仕事も安定しなかったそうです。社員全員で集まり、コミュニケーションをとる機会もなくなりました。「現場での仕事が主ですから、在宅勤務はできませんが、自宅で見本づくりにチャレンジした人がいます。材料を運んだり準備が大変だったようですが…」。
苦労がある一方で、調湿作用があり、日本の気候風土や暮らしになじんできた漆喰は、ウイルスを除去する効果もあることが検証され、コロナ禍で注目されているそうです。
広く左官の仕事を広めたい
有名なタレントさんがDIYをするテレビ番組にも協力されている原田左官工業所。テレビのバラエティ番組は、幅広い世代の人が見るので、左官の仕事を広く知ってもらうきっかけになります。原田さんは、ブログもこまめに更新して情報を発信しています。「左官の良さや面白さを知ってもらうことで、目指す人が増えて、仕事がつながっていくと思います」といいます。
最近では、温もりのある手仕事の良さが見直され、左官の仕事も注目を集めるようになりました。原田左官工業所でも、建築だけではなく、テーブル天板などの仕上げや、「版築」という技法を用いた卓上のかまどといったオリジナル製品の開発、さらに左官の体験教室開催など、左官の魅力を伝え、現代の暮らしに生かすための活動をしています。左官の仕事を広げることで、女性はもちろん、男性にも、ベテランの職人さんにとっても多様な働き方ができるようになります。ベテランから若手まで、男性も女性も多様な人たちが共存できることが強い組織をつくるのだと思いますし、人材育成や女性活躍には、若い人たちの価値観にあった方法が必要だと感じました。
張山 綾さん
入社5年目です。身体を動かす仕事をしたかったので、原田左官工業所に入りました。左官の世界は、次々と新しい材料が出てくるので飽きないですし、常に勉強が必要です。
小野 琴乃さん
左官のことは知りませんでしたが、母がテレビで原田社長を見て教えてくれました。調べてみると、おもしろそうだったのでやってみようと思いました。大学は文系だったので、友人からも驚かれました。ものづくりが好きでお菓子屋さんになりたいと思っていましたが、左官の仕事にはお菓子づくりと共通するところが多く、やってみてはまってしまいました。親方が優しく親切でどんなことでも教えてくれます。
カーリー クシュケさん
南アフリカ出身です。早稲田大学で6年間、建築を学んで修士を修了しました。現場を知りたいと考えていたところ、街の中にある古い塀を見て、日本にしかない左官の仕事に興味をもち、2021年11月から原田左官へ。今は研修中で小野さんと同じ親方について仕事を覚えています。親方は頼りになる存在でかっこいいです。南アフリカでは建設現場に女性が入ることは危険だといわれていますが、日本では安全です。
チームひまわり 現場レポート
メディアへの出演やSNSを使って「左官」の魅力を発信し、社員を家族のように想い様々な取り組みをされている原田社長。そんな原田社長の元へは、左官の魅力に惹きつけられた職人さん達が集まります。年齢も性別も国境も超えて、原田左官工業所へ集結した皆さんの表情は本当にステキでした。
ベテランも新人も男性も女性も、それぞれの魅力・強みがある。そのバランスの取れた会社はきっと、ますます成長していくことでしょう。私も、自分だけの魅力や強みをいかして前に進んでいきたいと思います。