建設物価調査会

建設物価2016年7月号

女性が働きやすい就労環境に関する 調査研究報告

「建設業での女性活躍を支援するプロジェクト」

当調査会では、「建設業での女性活躍を支援するプロジェクト」として、女性職員を中心としたプロジェクトチーム(愛称“チームひまわり”)を立ち上げています。プロジェクトの一環として、「女性が働きやすい就労環境に関する研究会」を設け、建設業で女性が働きやすい環境作りを促進させるための建設産業での方策をテーマとした調査・研究活動を行いました。第12回目は、その調査研究報告を紹介します。


女性が働きやすい就労環境に関する研究会
東洋大学理工学部 理工学部都市環境デザイン学科
国際建設プロジェクトマネジメント研究室
一般財団法人 建設物価調査会 第一土木調査部積算技術課
総合研究所経済研究部

はじめに

平成27年10月に政府は、GDP (国内総生産)を600兆円にするという目標を掲げ、国民全員が活躍できる社会とする一億総活躍社会の実現を掲げています。少子高齢化の流れに歯止めをかけ、誰もが活躍できる社会の実現に向けて、政府を挙げて取り組みが行われています。その中で、女性の就業に関する事項は、一億総活躍社会の中核をなすものとして位置付けられており、内閣府「男女共同参画白書(平成25年6月)」¹⁾によると、人口減少と少子高齢化の下にある我が国が、力強い経済成長を取り戻すためには、女性視点による新しい市場の開拓に期待が寄せられています。

 図1は就業者中に占める女性の割合を産業別に示したものです。我が国の建設業における女性の就業率は、2014年で14.9%、製造業29.8%、非製造業45.0%と比較しても就業率の低さは顕著である事が分かります。建設業における若手等の就業者の減少要因には、収入の低さ、社会保険等全産業 福利の未整備、仕事のきつさ、休日の少なさ、作業環境の厳しさ、職業イメージの悪さ、仕事量の減少への不安などがその理由として指摘されています²⁾。国土交通省では、中長期的な若手技術者・技能者等の担い手の確保・育成に向けて、女性の技術力投入を推進する「もっと女性が活躍できる建設業行動計画」(2014年8月)³⁾を官民共同で策定しています。最近では、国土交通省等が発注する公共工事では、女性の登用を促す目的で、女性技術者を入札参加要件とする工事が試行される⁴⁾など、建設現場の環境改善やその広報活動の取り組みが始まっています。当調査会でも、「建設業の女性活躍を支援するプロジェクト」を立ち上げ、その一環として、「女性が働きやすい就労環境に関する研究会」を設けました。研究会では、建設業で女性が働きやすい環境作りを促進させるための建設産業での方策を検討としたテーマに対して調査・研究を目的とした活動を行いました。本稿は、研究会で様々な視点で議論された内容のうち、香港の女性が働く建設現場の就業状況や建設工事の契約図書(入札図書)から建設現場における女性に関する設備や契約に関する要求事項について、資料の収集とヒアリングを主体とした調査を行った結果について報告致します。本研究会に関する詳細な調査・研究の結果については、当調査会発行の「総研リポート Vol.15」に掲載を予定しております。
建設Navi(http://www.kensetu-navi.com/)

【図1】就業者中に占める女性の比率
【図1】就業者中に占める女性の比率

我が国の建設業における女性就業者の状況

(1)女性職員の在籍及び採用状況

図2は、我が国と諸外国の女性就業者の比率について、年齢階層別に示したものです。15-24歳において日本の比率は、49.5%であり他の諸外国の女性就業者の比率と同様な数値を示しているものの、女性の結婚や出産の機会が多くなる年齢層では、25-34歳43.1%、35-44歳42.0%と低い比率となっています。日本においては、結婚や出産期に就業を中断する女性の割合が多いことが要因の1つとして考えられます。逆に香港においては25-34歳55.4%、35-44歳52.7%と高い比率を示している傾向が見られます。

図3は、全国建設業協会で実施された「女性職員の在職及び採用状況調査(平成27年)結果」⁵⁾から、我が国の建設業を営む企業が最近1年間の採用者の男女比と採用した女性の職種について示したものです。採用者の男女比は、 前年同期14.3%に対して、15.6%と増加が見られます。さらに職種別に見ても、女性技術者の割合は前年同期15.3%に対して22.7%、女性技能者も前年同期3.2%から7.4%と増加していることが分かります。

【図2】年齢階層別女性就業者の比率
【図2】年齢階層別女性就業者の比率
【図3】女性職員の在籍及び採用状況
【図3】女性職員の在籍及び採用状況

(2)女性が在籍する現場設置状況

図4は、女性が在籍する現場の女性専用のトイレと更衣室の設置状況です。女性が配置されている現場のある企業のうち、女性専用のトイレをすべての現場で設置している企業は9.9%となっています。その他の回答は、一部の現場で設置14.6%、公園等借用している現場11.4%となっており、女性専用のトイレを配置していない(男女共用)と回答した企業は64.1%です。さらに、女性用の更衣室をすべての現場で設置しているとの回答は5.2%であり、トイレの設置状況よりも低い結果となっています。近年は、女性職員の増加が見られるものの、女性が現場で働くために必要な設備については未だ、十分とは言い難い状況であると見ることが出来ます。

【図4】女性が在籍する現場のトイレと更衣室の設置状況
【図4】女性が在籍する現場のトイレと更衣室の設置状況

香港の建設業における女性就業者の状況

本研究会では香港における女性の就業状況や設備等について、日系建設会社香港営業所の協力を得て、香港での公共工事などについて実態調査を行いました。

(1)女性就業者の状況

香港の建設現場で働く女性職員の割合は、現地で確認できた範囲では、女性が配属されていない現場の方が少ない状況が見られました。現場によっては半分以上が女性となっているところもありましたが、平均的にみると現場に従事する女性職員の割合は約2割である事が確認できました。我が国の建設業に従事する女性の割合が事務系の職員数を含めて約15%(図3)であることと比較すると、香港では女性の就業者の割合が若干多い状況であると見る事が出来ます。職種別には、やはり事務系の職種に就いている職員が多く、技術系の職員は少ないようです。このことは我が国の状況と同様であります。
 就業についてはその国の財・サービスの質、労働に関する制度や雇用慣行などの違いにより一概に比較できないところもありますが、香港の生産年齢人口(15歳以上64歳以下)の男女の人口分布は、男2,443千人、女2,926千人(計5,369千人)⁶⁾と女性が男性よりも多く、共働きが一般的であるといわれる環境を考えると、女性の社会進出が活発であり、それを受け入れることのできる社会環境整備が進んでいると見ることができます。

(2)女性に関する設備の状況

 香港の建設工事の契約図書(入札図書)から建設現場における女性に関する設備や契約に関する要求事項について、資料の収集とヒアリングを主体とした調査を行うことが出来ました。香港の建設工事で用いられる契約図書などは、英国土木学会(ICE)の契約約款に準拠しています。わが国のODA(政府開発援助)でも採用されているFIDIC契約約款は、国際コンサルティング・エンジニアリング連盟(FIDIC)が、1957年に欧州建設業連盟(FIEC)と協同でICEの契約約款を母体として作成したもので⁷⁾、シンガポール、インド、タイ国などの東南アジア諸国でも同様に契約図書はICEに準拠しています。特記仕様には現場事務所の設備に関する事が細かい内容で明記されています。工事の現場事務所のレイアウト図では、女性用のトイレについても配置が記載されていることが確認できました。香港の建設工事においては、着工指示書や発注確認書(Letter of Accep-tance)を受理してから14日以内に特記仕様書(PS:Particular Specification)の内容を満たした事務所のレイアウトを提出し、エンジニア(発注者)の承認を受ける事となっています。
 今回調査を行った全ての工事現場で用いられていた特記仕様書には、男性用と女性用のトイレについて記載があり、設置されていることが確認できました。さらに、香港の建設現場ではトイレのみに限らず建設で用いられるモノの仕様を細かく示す事となっていました。設備の他にも最近では、森林破壊防止のためにFSC(The Forest Stew-ardship Council)の証明書の提出を義務付ける事が記載されており、自然環境保全問題にまで踏み込んだ仕様書とされる工事も見られました。

我が国と香港の建設工事積算の考え方

香港では、契約書・入札条件書から女性用設備のみならず、工事に関する要求事項について詳細に明記されていることが確認できました。これは我が国の当初の工事契約までに行う積算方法とは異なった考え方であると思われます。細かく要求仕様を示すことは、一見手間のかかる行為と思われますが、どのような意図があるのか検証を行いました。
設備にかかる費用は、数量明細書(Bills of Quantity)の第1章に記載されている施工業者の現場事務所(Contractor s’ Accommoda-tion)及びエンジニアの現場事務所(Engineer s’ Accommodation)の項目に含める事となっています。要求仕様は、エンジニア(発注者側)からの指示がない限り変更されることはありません。このことは、着工指示書や発注確認書(Letter of Acceptance)を受理してから短期間(14日以内)で現場事務所も含め、すべての仕様を満たしたレイアウトを提出し、エンジニアの承認を得なければならない事から、現場事務所の工事着工までの時間を考えた場合に、仕様を変更する事は難しいと考えられます。仮に変更が要求された場合は、受注者は必ず工期の延長(Extension of Time)とそれに伴う追加費用のクレーム手続きを行って対応することが予測されます(現場事務所の設置は準備工に含まれ、工程のクリティカルパス上に存在するように計画されていることが多く、工期延長の可能性があるため)。また、工期の延長が認められると、その延長された期間の管理費用等も発注者が負担しなければならず、議会や納税者に対する説明が困難になると考えられます。さらに、香港の建設工事では、土地が狭く、極めて都市化されている地域にも関わらず、現場事務所を立てる土地や建設資材を保管できる土地を確保して工事発注が行われています。建設工事で使用される資材については、全て事前に提出し試験を受け、承認された資材は現場内で保管することが義務付けられます。資材を敷地内で保管することは、承認を受けていない低品質の資材の使用や資材損失の可能性を防ぎ、工事品質と工程を確保するうえで必要であると思われます。建設資材の材料費については、現場到着後の試験結果が確認されれば、材料代金のみMaterial on Siteという形で定期的な月次での支払を受けることができます。このように香港の発注者の考え方は、工期厳守と工事品質の確保を優先させ、工事コストに関しては市場の競争原理に委ねていると見ることができます。逆に考えると、過剰な競争による品質の低下や工程遅延を、詳細な要求仕様とそれにもとづく監督・検査で担保しているともいえます。
 工事積算の考え方には、我が国と諸外国との文化的な相違が潜在しているものと考えられます。様々な文化や民族の人々が1つの建設工事に挑む国際プロジェクトでは、クレームなどの問題に発展するリスクを抑制するために詳細に仕様を示したルール(決め事)を契約条件書に記載している事があります。このように、工事の要求内容から最終精算方法、紛争解決方法までを細かく記載する文化は、Low Context Cultureに基づいた考え方に起因しているものと考えられます。一方、我が国の計画に伴う公共工事における現場事務所などに関する費用は、営繕費(共通仮設費)の科目に該当し、共通仮設費率に含まれる内容として計上されます。この場合には、現場事務所に関する詳細な仕様までは示されない事が多いとされ、女性用のトイレ・更衣室などの設備については、受注者が実際に現場で設置した設備の仕様を示し、その設備について受発注者間で協議したうえで費用を計上し精算が行われる事が一般的と考えられます。また、施工に必要となる用地(現場事務所、資材置場など)についても、設計図書に明示している場合を除き受注者が確保することが原則であるため、現場事務所の利便性や費用などを考慮しながら決定します。つまり建設現場の条件によっては近隣する貸事務所を利用するなど、必ずしも現場内に現場事務所を設置しない場合もあると考えます。我が国の詳細な要求事項を示さない仕様書は、僅かな記述内容でも多くの意味合いを伝達できるHigh Con-text Cultureに基づいたものとなっていると見ることができます⁸⁾。

【写真1】建設現場の様子
【写真1】建設現場の様子
【写真2】尖沙咀(チム・シャー・
チュイ)
【写真2】尖沙咀(チム・シャー・
チュイ)
【写真3】ビクトリア湾
【写真3】ビクトリア湾

おわりに

本研究会では、我が国の女性就業者の現状と積算の考え方を整理し、香港の建設現場の事例と比較検討を行いました。我が国の建設現場において最低限必要とされる女性に配慮している設備は、トイレと更衣室である事が認知されていました。我が国の公共工事において香港の事例のように、仕様を含めて女性用設備を示して計画を行うことを想定した場合に、仮に女性職員が配属されない場合があったとしても、女性の就業機会を拡大させるために働きやすい建設現場の環境を整備することが、将来的に国益となると見込まれるものとして判断することが出来るか、建設コストに対する説明が重要になると考えます。
 香港の建設現場では女性職員は、マネジメント職としてQS(Quan-tity Surveyor、積算士)、設計管理、会計担当などの室内業務を主体に勤務している状況を見る事が出来ました。将来的な建設業界の方向性からも、地域の建設業における女性職員の参入も望まれます。今後は、地域を対象とした建設会社や建設現場のマネジメント職(QS、設計監理、会計担当)としての女性が活躍できる就労環境などに視野を広げた研究活動も行っていきたいと考えております。

謝辞:本研究にあたっては、東洋大学理工学部都市環境デザイン学科鈴木信行研究室により多大なご支援を頂きました。ここに深く感謝申し上げます。また、本研究に際し、調査にご協力いただきました方々に深く御礼申し上げます。

参考文献

¹⁾ 内閣府男女共同参画局 Gen-der Equality Bureau Cabi-net Office
²⁾ 国土交通省建設産業活性化会 議:中間とりまとめ 平成26年6月26日
³⁾ 国土交通省:もっと女性が活躍できる建設業行動計画 平成26年8月22日
⁴⁾ 国土交通省中国地方整備局:女性技術者の登用を促進する試行工事を発注します! ~もっと女性が活躍できる建設業を目指して~
⁵⁾ 全国建設業協会:女性職員の在職及び採用状況調査(平成27年)結果
⁶⁾ 独立行政法人労働政策研究・研修機構:Databook of In-ternational Labour Statis-tics 2015(データブック国際労働比較2015)
⁷⁾ 国土交通省土地・建設産業局国際課:国土交通省 海外進出ガイダンス 第Ⅱ-2部 現地法人や支店等を設立して事業展開
⁸⁾ 鈴木信行(2014):新しい建設プロジェクトのマネジメント -海外の建設プロジェクトにおける物価スライドと品質確保-, Vol.11, pp.6~28.


チームひまわり 編集後記

「建設業での女性活躍を支援するプロジェクト」の一環として私たち“チームひまわり”は2015年6月に結成し、建設物価2015年8月号から巻頭に特集記事を掲載してきました。実際の現場で作業をする女性技術者へのインタビューや、関係各機関やメーカーの取り組み等、様々な角度から建設業で活躍する女性たちの紹介が出来たのではないかと思っています。

1年の節目を迎え、今回の建設物価2016年月号をもって定期的な連載は終了となります。私たちの活動が少しでも建設業で活躍する女性たちを後押しできたなら嬉しく思います。私たちも建設業で働く女性の一員として、この業界を盛り上げていくという決意を胸に、これからも前へ進んでいきたいです。
 ご協力いただきました関係各所の皆様に、厚く御礼申し上げます。引き続きチームひまわりの活動にご期待ください。

伊沢

チームひまわり 編集後記 伊沢