建設物価調査会

建設物価2020年8月号

建設ディレクター®
リモート時代の新しい働き方

一般社団法人建設ディレクター協会
京都サンダー株式会社

新型コロナウィルスがもたらした新しい様式

 2020年1月1日、今のこの状況を誰もが予想しなかったのではないでしょうか。新型コロナウィルスの影響は日常生活を脅かすと共に、新しい生活スタイルを生み出しました。出社して、デスクトップのパソコンの電源を入れ、仕事に取り組む毎日が根底から覆され、交替勤務やテレワークを急遽導入された会社も多いと思います。弊社も感染防止対策として、全社員対象にテレワークに踏み切りました。以前からノートパソコンに切り替え、就業規則にテレワークを盛り込むなど準備を進めていましたので、大きなトラブルはなかったのですが、スタッフ間のコミュニケーションや電話の転送、情報のセキュリティ対策はどうするのか等、様々に考える必要がありました。初めて経験する事態にあらゆる情報を集め、整理し、手探りながらも実施をしたことで新たな課題が多々見つかりました。
 中でも、物理的に距離が離れた中で質の変わらぬ仕事をするためには、「コミュニケーション」と「ルール」が大切だと改めて実感しました。
 建設業界では一部工事が中断するなどの影響を受けたエリアや業種もありましたが、他産業に比べると落ち込みは小さく、基幹産業である建設業の強みを見せつけた形になったと思います。もちろん、その陰には関係各所できちんとした対策がとられるなど、多くの方々の努力や周知徹底があったからこそだと思います。私たちのお客様にも色々とお話を伺いましたが、有事の際にも関係者に周知徹底し、実行する。それが建設業の強みであり大きな魅力であると改めて認識しました。このように、ものづくりや基幹産業としての魅力に溢れた建設業界に新しい働き方を作り出し、多様な人材が働く職場環境を整えたいと考え、生まれたのが「建設ディレクター®」です。

ミーティング後はキッチンスペースでランチ作り

建設ディレクター®育成事業スタート

 弊社は30年以上にわたり、電子入札や電子納品など地域建設業のお客様のITサポートをしてまいりました。その中で公共工事を管理する現場担当者の業務は現場50%、書類50%と言われるほど、書類業務が負担になり、長時間労働の慢性化に気づきました。現場担当者の本来の業務は品質管理や人材育成、工事成績向上、最新技術の習得など未来に向けたものだと考えています。しかし、書類作成業務に忙殺される現状では、コア業務に集中することは難しく、現場担当者自身も歯がゆく感じているのではないでしょうか。
 そのような時に書類作成業務を担うパートナーがいて、互いに役割分担をすることができれば、長時間労働の軽減やバックオフィスの人材のキャリアパスにつながると考えたのが2010年頃です。その後、ヒアリングや準備を重ね2017年1月建設ディレクター®育成事業をスタートさせました。

従来の現場と事務の業務

建設ディレクター®とは

 ITスキルとコミュニケーションスキルでオフィスから現場支援を担う新しい職域。それが「建設ディレクター®」です。現場担当者は現場管理と平行して、施工体制台帳や安全書類、日々の出来形管理や品質管理に写真整理、日報集計、打合せ簿、図面修正などの書類業務も進めていきますが、工事書類は細かな基準が定められている上、量も膨大です。円滑な現場管理を行うためには、情報収集や関係各所とのコミュニケーションは欠かせませんし、若手の教育にも時間を取りたい、さらに利益管理も必要。しかし、工期が迫る以上、義務づけられた業務遂行が最優先となり、現場マネジメントを振り返る時間が少なくなることに危惧を抱く現場担当者も多くいらっしゃいます。そのような現場担当者と共に業務にあたり、現場に積極的に関わる建設ディレクターがいれば、職場環境が大きく変わると思いました。また、今まで建設業界に縁のなかった人材が活躍するフィールドが生まれるのではないかとも思いました。さらに私たちの背中を押してくれたのが、建設ディレクターとして無限の可能性を秘めているバックオフィスで働く女性達でした。彼女たちは会社や現場の状況を冷静な目で見ています。また、自分なりの改善案を持って日々仕事をされているので、経営者も彼女達の存在を信頼し、頼りにしている場面も目にしました。
 建設ディレクター®育成講座を受講される企業は、経営者が建設業の現状に大きな危機感を抱いていらっしゃるという特徴があります。2024年に実施される働き方改革やICT導入などを検討・導入した結果、人材育成の重要性を認識したという方が多いです。最新のソフトや機器を導入しても、使いこなせる人材がいないと宝の持ち腐れになりますし、得意・不得意も存在します。新制度導入時には従来の役割を超えて、可能性を秘めている人材に業務を任せるといった発想の転換も必要です。当初は工事書類作成サポートと想定した建設ディレクターですが、社内のハブのような存在に育成したいとおっしゃる経営者も多いです。しかし、新しいことを始めようとすると大きな反動もあります。建設ディレクターの場合、現場担当者との関係性と役割分担が課題として浮かび上がりました。

建設ディレクターの業務

建設ディレクター®と現場担当者

 現場とバックオフィス、それぞれ働く職場が離れていることが建設業界の大きな特徴です。会社の規模によって違いますが、現場担当者と事務担当者が顔をあわせる機会も少ないため、お互いどのような業務に携わっているか把握している方は少ないのではないでしょうか。オフィスから現場に関わる建設ディレクターにとって、現場業務と書類作成業務の知識が必要です。加えて、現場担当者との密なコミュニケーションが求められます。そのために、建設ディレクター導入検討時には現場担当者にもヒアリングや役割分担、業務の割り振りを確認するなど、互いの存在への理解を深めておくことは必要不可欠です。ですが、業務への思い入れや独自の進め方を守るため、心情的に建設ディレクターを受け入れることができない現場担当者も存在します。建設ディレクター®育成講座でスキルアップし、他の受講生からも触発され、モチベーションがアップしていても、肝心の現場担当者とのコミュニケーションがスムーズにとれず、思うように成果が出ないといった事例もありました。
 そのため、経営者の方にはそれぞれの業務の見直しや洗い出しを行っていただき、適材適所に人材を配置すること、現場担当者には自分がすべての仕事を丸抱えしなくても良いという気持ちを持ってもらいます。例えば、「一緒にやってもらったら気持ちが楽になる業務」「バックオフィスからでも十分対応できる業務」「現場の自分にしかできない業務」というように業務を段階的に整理し、優先順位をつけておくだけでも、双方の役割分担を決める第一歩につながります。このような時、自分の意向の伝え方、相手の言葉の受け止め方といったコミュニケーションが分岐点になることが多々あります。きちんと真意を言葉にして伝えたほうが相手に伝わる確率は高くなります。建設ディレクターと現場担当者のコミュニケーションは長さではなく密度が大切です。決められた時間で、多くの情報を伝える。そのために「こんなことを言ったらダメなんじゃないか」「言ってもわからないだろう」といった心の声に邪魔されず、言葉にして伝えることが大切だと思います。コミュニケーションが苦手な人は面白いことが言えない、思うように言葉が出ないといった思い込みに支配されているケースが多いです。今はLINEやMicrosoftteamsなどチャットツールも豊富です。「ありがとう」と面と向かって言うのが恥ずかしければ、笑顔のスタンプを送って気持ちを伝えることができる時代です。「苦手」と重々しく考えるより、「つながる」「広がる」楽しさを実感していただきたいです。

建設ディレクター®育成講座について

 2017年1月からスタートした建設ディレクター®育成講座から多くの建設ディレクター®が誕生しています。講習カリキュラムは経営者や現場担当者、バックオフィススタッフへのヒアリングを重ねたうえで作り上げました。
 現在は建設業の知識を理解し、現場コミュニケーションの幅を広げることを目的にし、初級編を実施しています。建設企業で働かれている方でも、受講して初めて、建設業全体のことや、自分のしている仕事の意味を理解できたとおっしゃる方も少なくありません。そのため、工事の流れや施工管理の考え方、積算、工事書類といった基礎知識をお伝えするだけでなく、建設ディレクターとしての心構えの醸成にも力を入れています。
 今まで京都、東京のみで開催していましたが、昨年は一般社団法人佐賀県建設業協会様の協力をいただいて初の出張講座を開催しました。建設ディレクター候補には子育てや介護の最中で時間の制約がある方も多く、地元で受けていただく機会を作りたいと考えていたところ、一般社団法人佐賀県建設業協会青年部の皆様に共感いただき、ご当地開催が実現しました。今年は長崎、長野、鹿児島でも各建設業協会様、港湾漁港建設業協会様のご協力を得てご当地講座を実施する予定でしたが、新型コロナウィルス感染拡大の影響により、全てオンライン形式に変更し、オールインワンミーティングボード等を使用しながら順次実施しております。また、今年はより実践的な知識と最新のICT情報を盛り込んだ中級編の開催も予定しています。

オンライン講習の一コマ
オールインワンミーティングボード使用風景

コミュニケーションセンターの存在

 建設ディレクター®育成講座修了後は建設ディレクターとしての独り立ち、技術者との連携など多くの課題に出会います。そのような時、一人で悩むことなくよろず相談ができる存在としてコミュニケーションセンターを開設いたしました。フォローアップ講習の開催やリモート交流会を通して建設ディレクター同士が切磋琢磨できる場作りや、メールマガジン形式での情報提供、また、建設ディレクターと記載した名刺を作っていただくなど企業のPRとしてもお使いいただいています。昨秋開催したコミュニケーションセンターオープンフォーラムでは、冒頭のご挨拶の中で一般財団法人建設業振興基金佐々木理事長から建設ディレクターや地域の建設企業が持つ可能性について期待の言葉を寄せていただきました。今後はオンデマンド配信や集合/オンライン講習の実施を予定しています。また、技術者や経営者を対象としたIT、マネジメント講習等も配信していきたいと考えています。

コミュニケーションセンターオープニングフォーラム

「ケンセツ未来のコンパス」プロジェクト

 例えばi-Constructionと言っても捉え方は様々なように、建設ディレクターの捉え方も人それぞれです。女性技術者の復職ポジション、バックオフィスのキャリアパス、そして何かしらの事情で現場からバックオフィスに転向をされた方など、想定する建設ディレクター像は企業の数だけあると思います。そこで、経営者の方々には各々の社員の業務範疇を明確にし、制度や体制を整えるなどベース作りを進めていただくことをお願いしたいと思います。例えば、コロナウィルス禍だからこそ、就業規則にテレワークの一文を盛り込むといったことです。そして、そのことをHPなどでアピールしていただきたいと思います。人材不足に悩む建設業ですが、「ものづくり」の魅力とともに、働く「職場」の魅力をアピールすることで、人の目にとまる機会も増えると考えています。そのうえで、建設ディレクター定着に向けて「わが社の建設ディレクターの仕事と役割」を明確にし、社内に周知していただくことを願っています。
 地域の建設企業には、柔軟に変化できる可能性が詰まっています。現在は内製化を最優先に取り組んでいますが、今後は建設ディレクターの新規雇用に力を入れていきたいと考えています。電気工事施工会社の事例を出すと、今回新型コロナウィルスの影響を受けて失業した人に向けて建設ディレクター募集と求人を出されたそうです。そうすると、ページの閲覧数が10,000アクセスを超え、応募数は800にも上ったそうです。職場の魅せ方や伝え方で心象も大きく変わります。しかし、専門スキルを身につけて長く仕事をし続けたいと願う方が多くいる一方、企業側からも求人募集をしているが、応募がないとのお嘆きの声をよくお聞きします。なくてはならない役割を担う建設業は、マッチングの可能性を広く有しているとも言えます。
 私たちは建設ディレクターを通して、建設業界の魅力をPRすると同時に、地域建設企業の可能性を広く伝えていきたいと考えています。「ケンセツ未来のコンパス」プロジェクトと題し、建設ディレクターの育成、技術者の学びの場、経営者の交流の場を作り、導入事例を共有していきます。何かを変えたい、変えようとした時に参考になる身近な事例を集めた場所、それが「ケンセツ未来のコンパス」と言っていただけるよう、気持ちを引き締めて取り組んでまいります。


チームひまわり 現場レポート

 当会の仕事は、建設現場担当者からの取材のご協力が不可欠です。その取材を通じ現場担当者が多忙な毎日を過ごされていることを身近に感じていました。そんな中、現場支援を行う建設ディレクターの仕事の存在を知り一刻も早く導入できないかと思いました。建設ディレクターの導入に当たっては、現場担当者の多種多様で膨大な管理の仕事に加え、現場と事務所は距離も遠いという特殊条件をクリアーするため、ディレクター、現場担当者双方のコミュニケーションが課題となることを知りました。協会では、そのような課題をふまえ建設ディレクター育成、技術者の学びの場、経営者の交流の場等「ケンセツ未来のコンパス」プロジェクトを通じて多岐にわたる活動を推進し建設ディレクターの活動の場を広げています。建設ディレクターの取り組みにより適材適所で働く女性の活躍の場が広がり、建設現場に活力を吹き込み日本の基幹産業である建設業界がさらに元気になってほしいと感じました。

鈴木