建設物価調査会

建設物価2018年11月号

女性が長く働き続けられる建設業界を目指して ㈲ゼムケンサービス 籠田社長にインタビュー 

「建設業での女性活躍を支援するプロジェクト」

当調査会では、「建設業での女性活躍を支援するプロジェクト」として、女性職員を中心としたプロジェクトチーム(愛称“チームひまわり”)を立ち上げています。第34回目は、住宅会社「㈲ゼムケンサービス」の代表取締役 籠田淳子さんへインタビューを行いました。


福岡県北九州市に、社員の働き方の工夫や人材育成に取り組み、ワークライフバランスや女性活躍推進に関する様々な賞を受賞している少数精鋭の住宅会社「㈲ゼムケンサービス」があります。今回は、代表取締役を務める籠田淳子さんにインタビューしました。

創業者である父母の背中と職人さんと私

当社は、私の父と母が昭和37年に創業したハゼモト建設㈱が始まりで、主に営繕工事を請け負う小さい会社を作ろうということでゼムケンサービスが誕生しました。

父は昔の職人気質で、「こちらから頭を下げて仕事をもらいに行くな。来た仕事を一生懸命やればいい。」と。また、見積をせず「払っただけもらえればいい」と言うスタンスだったので経営面は全て母がやりくりしていました。父は職人を厳しく育てる役目、母は気を遣ったり食事を用意したり職人を労る役目を担っていました。

私の近くには、いつも父の下で働く職人さんがいたのですが、昭和50年以降、日本の景気と比例するように職人さん達の仕事が無い時代が続きました。職人達が寂しそうな表情で倉庫の片付けや道具の手入れをする姿を見て、私は幼いなりに「このおじさん達が喜ぶような仕事をさせてあげたいな」と思うようになりました。今振り返るとこの思いこそが私を建築の道に導いたのだと思います。

夫が残してくれた言葉を胸に

父が亡くなった時に、父が命がけでやってきた会社をこのまま畳むことはできないと思い夫と一緒に後継しました。しかし、いざ職人さんと向き合おうとすると、父のような圧倒的な信頼はないですし、父と同じやり方ではできないと実感するようになりました。

父が亡くなった後、立て続けに母、そして夫が亡くなり、父と母が喜ぶために頑張っていたのに、もう気張れない状態になります。そんな失意のなか、夫が亡くなる前に「職人も女性がいれば喜んで働くけど、あなたの周りにはすごい女性もたくさん集まってくれているじゃないか。だったら女性建築デザインチームを作ればいいんじゃないか?」と少しだけ進むべき方針を示してくれたことを思い出しました。言われた当時はあまりピンときていませんでしたが、亡くなった後にその言葉を思い出して、女性が中心となり活躍できる会社へ方向性をシフトしていきました。

女性だって夢を持ってほしい

父と母が二人三脚で会社を経営していたように、夫と私も二人三脚で子育てや母の介護、看病をしていたので、常に私自身や夫のワークライフバランスを当たり前なものとしてやってきました。しかし私が経営者だから特別にそれが実現できるのではなく、社員もそうあるべきだと思いました。

籠田さんと女性社員の方々
籠田さんと女性社員の方々

当時、この社長なら色んな家庭の事情を理解してもらえるのではないかと、子育て中や介護中でパート勤務している一級建築士の女性が社内で多くなり、「女性も一生働いて、裁量をもって自由に働いて欲しい。もっと夢を持って、資格取得を目指してみよう!」と、社員と月一回、面談で話す機会を設けました。最初は乗り気ではなかった彼女たちですが、5~6年たつと「夢を持ってやってみようと思うんです。」「子供が成長していく姿を見ながら、家に居ることが子供にとって良いと思っていたけど、私の背中を見て子供は育つのだなと思うようになりました。「」帰宅して仕事のことを話せる自分がいることで、家庭の中だけじゃなくて社会の中で自分が存在していることに意味がある。」などと胸を張って話せるようになった社員もいました。夫の扶養家族から外れ、パート勤務から正社員、裁量労働制へと変え、自分で年収を決めて、それに応じた成果を徹底的に追求する体制へと変わっていきました。今は8人中3人が社員で5人が取締役です。個人的には全員取締役になってもらい、後々、独立してほしいと思っています。そして助け合える関係を続けていけたらと思っています。

当社社員の年齢層は、30代から50代で半分以上の方が家庭を持っています。結婚が正解かはわかりませんが、「この業界だから結婚しない」とか「結婚して子供を産むからこの業界から離れる」というのが答えじゃないというのは明らかです。有事の時は誰かに頼める、話せる仲間がいるということが女性の建設業で一生働き続けられる環境かなと思います。現場のトイレや更衣室などハードの環境整備も必要ですが、それ以上に「安心」という「心の環境」整備が大事だと思っています。


ゼムケン赤本の活用

当社では、就職したら一人一冊渡している自社作成の冊子「ゼムケンノート」があります。ゼムケンノートは「ゼムケン赤本」が元となっているのですが、その特徴はまず第一章に女性社員の夢を書いてもらう。第二章には、なぜゼムケンが存在しているのかという理念が書いてあり、就業規則・経営方針などを知ってもらいます。また会社の歴史や、建設業の色んなしきたりの知識も載っています。起業家精神を持ってほしいので、決算書もオープンにして、会社のことを全部共有しています。その後10年ビジョンのページに今年の結果を振り返った上で来年、再来年はどう動くのか、家族を含めた未来予想図を具体的に書いてもらいます。例えば「インターネットビジネスをやる」と書いている人がいて、今の経験を活かすとどうなるのかな?と想像するのが楽しいです。毎月開く会議で、目標の進捗状況を発表してもらっています。

毎年違う色で作成しているゼムケンノート表紙にはその年の干支をあしらっている
毎年違う色で作成しているゼムケンノート表紙にはその年の干支をあしらっている

以前は一人一人に口頭で伝えていたのですが、効率良く伝わり、かつ時間的に制約の多い女性でも自宅で学べるよう、手帳化することにしました。これがゼムケン赤本を作るきっかけです。

ワークライフバランスについても記載してあります。例えば、一つの物件を一人の所長が最初から最後まで責任を持ってやるのは家庭を持つ人には荷が重すぎてできません。そのため、責任者は他者を含めて2~3人で担うというのがワークシェアリングです。親の介護が大変なので少なめで調整したいとか、逆に子供が大学生になって家庭が楽になったらバリバリ働きたいなど、誰しも人生の中でワークライフバランスは変わっていくものなので、お互い様でやっていこうということです。

また、新卒の社員には、今後の資格の取得など仕事に関する「ワーク」のキャリアのみならず、22年間生きてきた今までの「ライフ」のキャリアも細かく書いてもらいます。自分の強みや特徴をしっかり把握し、ワークとライフのキャリアをバランスが取れる状態にしていかなければいけないと教えています。建設業は暮らしの基盤づくりなので、ライフのキャリアも仕事と相乗効果があると考えています。

けんちくけんせつ女学校のHP
けんちくけんせつ女学校のHP

けんちくけんせつ女学校についての構想

北九州市市民講座の一つ「女性のための市民建築大学」が元となり様々な講演を頼まれるうちに、一度仕事を辞めた女性がリトライするにはどうしたらいいか、「女性力」がビジネスになっていくにはどうしたらいいのかを考えるようになりました。

そこで、市民建築大学や講演の内容を元に、建設業に携わる女性のため、インターネットと研修所併用の学校を創ろうと考え、女性に特化した複数のコースを設けました。

その中の一つが女性インスペクターを育てるコースです。インスペクターとは現場の様々なチェックをする人です。現場代理人や監督のアシスタントとして現場写真管理士補や五感設計士補(ゼムケンサービスが商標登録を取った『五感設計』に基づくもの。女性の感性を建設業で活かすことを目的としている)を学べるコースです。結婚や子育てなどで一度仕事から離れてしまった有資格者が現場に戻れるよう学び直すコースとしています。

う一つはマルチクラフター(デコレーター)を育てるコースです。リフォーム市場の伸びとともに、丸一日かからないような仕事が増えています。職人不足が叫ばれる今、半日で終わる仕事は大工職人の手配がしにくいのです。そこで、DIYや電気の配線など、ものづくりが好きな女性を対象に全15回のeラーニングで学んでもらい、公的資格が要らない小規模な仕事をしてもらおうとしています。

eラーニングでまずは「建設業っていいなぁ! 稼げそう!」と思ってもらいたい。そして受講後は職人としての適性面接を受けたり、「つちのこもりた」※を読んでもらったり、ITツールの使い方や「ほう・れん・そう」の仕方を学んだりしてもらいます。

以上のことを終えた後、研修代理店にインターンで働いてもらいます。研修代理店とは、女学校の運営側からの視点で、社風や現場、 IT化やワークシェアリングの考え方、コミュニケーションのシステムなど女性が働きやすい環境かどうかをチェックし、女性をインターンとして受け入れるのに問題ないと判断した専門工事業者を指します。インターンで働きそのまま就職してもらうのが理想です。運営側としては女性が更にバージョンアップして独立していけるよう応援していきたいです。ただ、eラーニングは全国どこでも受けられますが、研修代理店をどこから仕掛けていくのか、また、「けんちくけんせつ女学校という取組がある」ということをどうやってアピールしていくかが課題です。国土交通省に設立コーディネートをしてもらい、今年スタートしましたが、徐々に組織を作っていきたいです。
※けんちくけんせつ女学校の内容は今後変わる可能性があります。

※「つちのこもりた」とは…籠田さんが建設業で体験したネタ話を掲載した本。男性が当たり前だと思っていても女性は驚くようなエピソードを中心に、これから建設業に就職する女性に、「こんなこともあるけど笑い飛ばしてもらってイイよ」という思いで作成。

最後に

色んな苦労や失敗を経て、私はゼムケンサービスを実験台に女性中心でも売り上げを倍増させてきました。8人でもこれだけできる、女性の年収も3倍に上げることができることをみんなに胸を張って言えます。

一方、建設業者が、女性や高齢者、障害者誰でも働きやすい会社となるにはハード・マインド両方からの環境整備が必要です。私もこれからも全身全霊で取り組んでいきたいと思います。


チームひまわり 現場レポート

㈲ゼムケンサービスをより良いものにしよう、家庭と両立しながら働く社員をバックアップしようと「ゼムケンノート」を作ったり、数々の講演会を通して、自身の想いや取り組みを発信する籠田社長の姿に、とてもパワフルで前向きな印象を受けました。インタビューの中に出てくる「つちのこもりた」の本も読ませて頂きました。建設現場で働くご自身のエピソードや、女性が建設業で働くうえで伝えたいことなどが盛り込まれており、とても面白い内容です。

次回は東京からお届けします。
次回は東京からお届けします。

チームひまわりとして、たくさんの建設業界で活躍される女性にインタビューをしてきましたが、私自身、まだまだ建設業が男性社会であると感じることも少なくありません。籠田社長も仰るように、ハード面の整備も重要ですが、誰もが仕事とプライベートを両立しながら活躍するための職場環境の整備が進み、今以上に多くの女性が働くことが出来る業界になればいいなと、改めて思いました。